180.ゼウス、エキドナに裏切られる
鑑定士アインが、封印を破った、その日の夜。
天界。
宮殿では、一人となった主神ゼウスが、頭を抱えていた。
「嘘だ……わしが作った【六芒星封印】を打ち破るなんて……!」
ガリガリガリ……とゼウスが自分の頭をかく。
「わしが人生をかけて作り上げた、最高傑作の封印術式だぞ! どうして人間ごときが破ることができるのだ……!」
ゼウスは激しく自分の髪の毛をかきむしる。
「あのアインは何者なんだ……! 最高神であるわしの作った結界を、どうして被造物であるたかが人間ごときが破れる……!」
ゼウスが投げかける。
だがこの場にいた神は、全員死亡した。
「あんな規格外の化け物……存在してはならぬのだ! わしが……わしが力の頂点に君臨せねばならぬのだぁ!」
ゼウスは立ち上がる。
「こうなったらわしが……! 直接あのガキを殺してやる……! わしが……わしが最強であることを証明するの!」
と、そのときだ。
「それは無駄ですわ」
「エキドナぁ……!」
美貌のダークエルフが、会議室へと入ってきたのだ。
「貴様ぁ……! なぜ逃げた! 約定では鑑定士とともに封印術のなかにとどまる予定だったではないか!」
怒髪天のゼウスが、エキドナに近づく。
主神の体から、圧倒的な闘気を発していた。
だがエキドナは微笑んでいた。
「貴様のせいで、わが最高傑作である封印術がやぶられてしまったではないかぁ!」
「ちゃんと約束通り、術が発動するまでの時間稼ぎはしてあげたじゃないの」
やれやれ……とエキドナがあきれたように首を振る。
「なんだ貴様その態度はぁ! 恋人が復活できなくてもよいのかぁ!」
ゼウスが凶暴な笑みを浮かべる。
「おぬしの恋人であるミクトランもまた、わしの作った最高封印術【六芒星封印】によってその身を封印させられている! それを解く代わりにわしに従うという約束だろうが!」
かつて存在した叛逆の勇者ミクトランを封じたのは、ほかでもないゼウス。
神々の誰もが恐れた元勇者を、封印して見せた自信が、今のゼウスの精神を支えていた。
「ああ、それ」
エキドナが、ゼウスを、まるでゴミを見るような目で見やる。
「もう、いいわ。だって私、自力であの御方の封印、破ったのですもの」
それを聞いたゼウスが、その場に力なく崩れ落ちる。
「馬鹿な……! あり得ない! わが人生をかけて作り上げた最高傑作を! 2人も破ったというのか!?」
「ええ……まぁ、大したことなかったわ」
にんまりと、実に愉快そうに、エキドナが笑う。
「そ、その証拠は!? ど、どどどどこにその証拠があるというのだ!?」
パチンッ……! とエキドナが指を鳴らす。
ゼウスの前に、ゲートが開く。
「ここは……魔界か?」
「ええ。ゲートで魔界の様子を映しているわ。見て……」
うっとりとした表情を、エキドナがゲートに向ける。
「なっ!? み、ミクトランぅうう!」
魔界にひときわ巨大な樹木が1本、佇立している。
それは魔界全土に枝や根を伸ばし、住民である魔族たちを取り込んでいた。
その巨大な木は、世界樹。
世界樹の幹に、叛逆の勇者ミクトランが、上半身だけを出して、力なくうつむいていた。
「光の牢獄から抜け出し、あの御方が力を取り戻すまでに随分と時間がかかってしまったわ……。けどもうすぐよ。この地に、彼が復活するわ」
ゼウスは眼前の光景に、ただただ打ちのめされていた。
「そんな、ばかにゃぁー……。わしが……わしが完璧に、ミクトランは封じたはずなんじゃぁー……」
ゲートの向こうで、ミクトランが顔を上げる。
そして、ゼウスと目が合った。
「あ……あぁ……あぁ……」
じょぼぼぼ……。
「あらあら、ハシタナイ。彼ににらまれただけで、恐怖でおもらししちゃうなんて。主神が聞いてあきれるわ」
ミクトランを封じたことは、ゼウスの誇りだった。
神としての威厳も自信も、世界最大の巨悪を封じたことから来るものだった。
しかし、ミクトランは生きており、封印は破られてしまった。
「あひゃ……あひゃひゃひゃひゃぁあ!」
ゼウスは狂ったように笑い転げる。
「この世はおしまいじゃぁああああああ! 人間もぉ! 神もぉ! ミクトランにすべてを蹂躙されるんじゃぁああああ!」
涙と鼻水を垂れ流しながら、ゼウスは泣き叫ぶ。
「惨めな姿。これが本当に最高神のなのかしら。たかが人間ごときに恐れをなしてね」
ピタッ……とゼウスが動きを止める。
「そうじゃ……そうじゃそうじゃった!」
ゼウスが立ち上がる。
「ミクトランもアインも人間じゃぁ! 元はといえばわしらが作り出した命に過ぎぬぅうううううう!」
ゼウスがふらりと右手を前に突き出す。
その先には、ゲート、そしてミクトランの姿がある。
「わしが、一番なのじゃ! 貴様ら被造物は、わしの手のひらで踊っていればよいのじゃあぁああああああ!」
主神の体から、何かが吹き出した……そのときだ。
スパパパパパパッ……!
「あ……? あぁああああああ! 腕が! 腕がぁあああああああああ!」
ゼウスは突如として悲鳴を上げて、その場に転がり込む。
「【神の見えざる手】……ね。闘気で作った見えない腕を無限に作り出し、伸ばすことができる能力。こすい能力ね」
エキドナの隣には、【眼帯をした少女】が立っていた。
彼女の手には、恐ろしい大きさの両手剣が握られている。
刃は血でぬれていた。
この少女が、【見えざる手】を切ったのだろう。
「馬鹿な! ありえぬ! わしの手は不可視! そしてわし以外の存在は触れることすらできぬのだぞぉ!」
「それを凌駕する力を、私の【魔王四天王】は持っているのよ」
「この主神を超える力……だと!?」
エキドナの周囲に、4人の魔神が出現する。
確かにひとりひとりが、凄まじい力を秘めていた。
「ば、馬鹿な……魔神が本物の神を超えることなど、あり得るわけがない!」
あくまで魔神とは、魔を極めた生物が、神のごとき力を持った存在へと進化した者。
つまり、本物の神ではないのだ。
「ただの魔神ではないわ。ミクトランの血肉を分け、私が自らの手で作った最高傑作の魔神よ」
「ミクトランの力……それが、4人も……」
ゼウスがぐりん、と白目をむいて、その場に倒れた。
ぶくぶく……と口から泡を吹いて気絶する。
「えきどなさま。どうします?」
「殺しなさい」
両手剣を持った少女が、ゼウスの首をはねる。
主神の力は、少女のからだの中へと取り込まれた。
「さて。天界の神は死に、死者を管理する天使はいなくなった。そして、地上には神々の力を吸収した【器】がある……」
すべて、エキドナの計算通りだ。
「さぁ、アイン。舞台は整ったわ。いよいよ、ショータイムよ」
魔王復活の、幕が上がる。