18.鑑定士、かつて苦戦した敵を軽く蹴散らす
地上へ帰還してから、1週間が経過した。
俺は、再び巨大鼠のダンジョンへと、足を運んでいた。
「なんだかここに来るのも、すげえ久々な気がするな」
薄暗いダンジョンの通路を、俺は思い出に浸りながら歩く。
『貴様はここへ何をしに来たんじゃ?』
「まあ……地上に戻って結構経って、落ち着いてきたしな。ちょっと隠しダンジョンがどうなったかの確認にな」
俺がウルスラと会話していた……そのときだ。
「ギギッ! ギーッ!」
大型のネズミが、俺の目の前に現れた。
鑑定するまでもない。
巨大鼠だ。
『アイン、さん! 敵さん……です! 戦わない、と!』
「大丈夫だろ」
俺は自然体で、巨大鼠の前に立つ。
「ギーッ!」
巨大鼠が俺めがけて、飛びかかってくる。
俺は左腕を前に出す。
腕に巨大鼠が噛みつく。
ガキィイイイイイイインッ!
「ギィーーーーーーーッ!?」
ネズミは驚愕しているようだった。
人間の腕に噛みついたのに、まるで金属を噛んでるみたいに硬いんだからな。
俺が使っているのは、【不動要塞】。
岩巨人が持っていた能力だ。
一歩も動けなくなる代わりに、体が岩のように硬くなり、攻撃を完全に無効化する。
「前はこんなネズミでも、倒すのに一苦労だったなぁ」
たった1ヶ月ちょいくらい前、俺は本当に弱かった。
このネズミにすら全然勝てなかったからなぁ。
「ほんと、ユーリさまさまだよ」
『あう~……♡』
『そうじゃ! ユーリはすごいのじゃ! もっとあがめたたえるが良い!』
俺らが和やかに会話していると、巨大鼠は噛みつくのをやめて、逃げようとする。
「させるかよ」
俺は無詠唱で火球を使用。
火の玉はネズミめがけて跳んでいき、ヒット。
「ギー…………」
バタッ。
「は……?」
近づいてみると、巨大鼠は丸焦げになって絶命していた。
「嘘だろ? こんな弱い魔法1発で死ぬなんて……」
奈落にいたSランクモンスターたちと比べて、あまりに巨大鼠は弱すぎた。
いや、慢心は良くない。
「俺が強いんじゃなくて、ユーリが強いおかげで俺も強くなっているだけだからな。ありがとう」
『うれし、すぎて……死んじゃいそー♡』
『小僧。その調子じゃ。ユーリをもっと敬え。喜ばせろ。ただしユーリが嬉し死にしたら貴様も殺す』
「いやどうしろと!?」
そんなふうに会話しながら、俺は隠しダンジョンの入り口へと到着した。
ここまで数匹の巨大鼠とエンカウントしたが、どれも超余裕で一蹴できた。
「入り口はまだあるんだな」
『迷宮核が失われたからと言ってダンジョンがまるごと消滅するわけではない。人間も心臓が止まって死んだとしても、肉体は残るじゃろ?』
それもそうだ。
俺は隠しダンジョンの中へと侵入する。
少し進んでいった、そのときだった。
ガキィイイイイイイイイイインッ!
突如、俺の足の方から、金属同士がぶつかり合う音がした。
「なんだ?」
『地獄犬じゃな。貴様の右足に噛みついておる。不意打ちを狙ったようじゃな』
「いやおまえ気付いてただろ?」
『まあな。だが脅威でないと判断し言わなかった』
地獄犬は俺の足に噛みついて、困惑しているようだった。
そりゃそうか。
自慢の牙で噛みついたのに、人間は痛くもかゆくもなさそうにしてるんだからな。
「わりいな。俺に不意打ちは効かないんだ」
使っているのは、【不意打ち無効化】という能力だ。
これも岩巨人からコピーした。
俺は右手で、犬っころの頭に触れる。
【金剛力】を発動。
そのまま地獄犬の頭を、まるでお菓子のように、握りつぶす。
頭部を失った地獄犬は、ビクンッ! と体を硬直させ、絶命した。
『地獄犬が離れたところで10匹。貴様を食おうと虎視眈々と狙っておるぞ』
ウルスラが敵の位置を自動鑑定してくれたらしい。
俺は右手から精霊の剣を取り出す。
「ほら、かかってこいよ」
敵に気付かれたと思ったのだろう。
地獄犬の群れが、俺に近づいてきた。
人間くらいの大きさがある、巨大な犬の群れ。
血走った目に、鋭い牙。
かつては、1匹でも震え上がっていた。
10匹でてきたあのときは、死を覚悟したくらいだったのに……。
「なんか全然怖くねえな。ウルスラの方がまだ怖いわ」
『小僧、消し炭になりたいようだな?』
『おかー、さんっ。だめっ、めっ!』
ふたりの会話に気を取られていると、地獄犬の群れが、俺めがけて走ってきた。
まずは3匹か。
動きを鑑定するまでもない。
Sランクのモンスターたちと比べて、地獄犬の動きは……あまりに遅い。
地獄犬たちが、俺に飛びかかってくる。
『!』
犬の頭の上に、攻撃反射のタイミングを知らせるマークが出現。
俺は精霊の剣を、犬たちめがけて、軽く横に振る。
パリィイイイイイイイイイイイインッ!
ガラスが割れるような音。
「ぎゃうんっ!」「がふっ!」「ぎゃあっ!」
剣に弾かれ、犬たちは凄まじい速さですっ飛んでいった。
そのままダンジョンの壁に激突。
投げつけたトマトのように、ぐしゃっ、と犬たちが潰れて死んだ。
「え? 嘘? 今ので死ぬのかよ……? そんなに強く剣振ってないのに……」
『攻撃反射は、受けた攻撃を倍の威力にして返すようじゃぞ』
だから簡単に死んだのか。
地獄犬たちはその場にピタッと立ち止まる。
「どうした? かかってこないのか?」
地獄犬たちはきびすを返すと、そのまま全速力で逃げていく。
『どうやら犬ども、彼我の実力差を悟って、逃走を選んだみたいじゃな』
「まあ逃がさねえけどよ」
俺は犬たちめがけて、右手を差し出す。
「【重力圧】」
広範囲に重力場を作り、相手の動きを制限する能力だ。
しっぽ巻いて逃げる地獄犬7匹を対象に、やつらの動きを止めようとした……のだが。
ぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃっ……!
「は? なんか死んでるんだが……?」
『犬どもは重力場に耐えきれず圧死したようじゃぞ』
「マジかよ。足止めの能力で押しつぶされるとか……弱すぎないか……?」
ぐっちゃぐちゃになった地獄犬の死体を見ながら、俺は不思議な気持ちになった。
ちょっと前までは、俺はこいつらが死神に見えた。
だが今の俺には、子犬よりも、か弱い存在に見える。
『当然じゃろうが。文字通り目が変わったからな。見える景色も違ってくるだろう』
「そりゃそうか。なにせ俺には、ユーリ様がくださった最高の目があるんだからな」
『最高、だって♡ えへへ~♡』
そんなふうに、かつて脅威だった敵を楽勝に蹴散らしながら、俺は隠しダンジョンの奥へと向かうのだった。




