178.神々、鑑定士の封印を計画する
鑑定士アインが、豊穣の女神デメテルを撃破した、翌日。
天界。
宮殿の会議室には、オリュンポスの神々が集結していた。
12いた神も、残すところ7柱となった。
ーーどうした?みな、表情が優れないようだが?
主たる神は、残り6柱の神々を見渡して言う。
ーー主よ。それは仕方のないことだ思います。
ーーかの死神を抹消することは、不可能だと証明されたからです。
死神とは、アインの通称だ。
遭遇した敵対者はみな死んでいく。
そこからついたあだ名だ。
ーーやつには尋常ではない戦闘能力に加え、蘇生能力、そして星を人質にとっても無駄なことが判明しました。
ーーまさに規格外。
ーー逆にアインは、何ができないというのだ。
6柱の神々の表情は非常に暗い。
5柱目の神をアインが討伐したことにより、彼らは死神をはっきりとした脅威と認定したのだ。
ーー主よ。もはやアインの強さは、全盛期のミクトランを軽く超えていることは確実です。
ーー主よ、アイン抹消は諦め、封印に注力すべきかと。
主たる神はしばし黙った後、こう告げた。
ーーアインは抹消すべきだ。
ーーそんな!
絶望の表情を浮かべる6神たち。
ーーだが、おぬしらがどうしても……というなら、仕方あるまい。
主神は重々しく告げる。
ーー【六芒星封印】の使用を、許可する。
ほっ……と安堵する神々。
アイン抹消に向かえば、待っているのは死だったからだ。
ーーしかしこの決定は、わしの意思ではないことは、はっきりさせておこう。わしは反対した。だがおぬしらの意見をないがしろにするわけにはいかず、仕方なく命じるのだ。
主神は6柱を見下しながら言う。
ーーだから、決して主神であるこのわしは、被造物である人間ごときに恐れをなしたわけではない。過剰に怯えたのはおぬしらだ。わしの寛大な処置に、みな感謝するがよい。
どの口が……と1柱の神が言いかける。
そう、この主神もアインを恐れていたことは事実。
だがそれを認めてしまえば、神々の長である彼の格を落とすこととなる。
ゆえに、あくまでも自分が下した決定でないことに、こだわったのだ。
残りの神々からすれば不服この上ないことだが、それよりも自分の命の方が大事だ。
ーーでは、主よ。さっそく【天使】に【六芒星封印】の用意をさせます。
と、そのときだ。
ーーその必要はない。おぬしら6柱で、封印を実行せよ。
主神の命令を聞いて、一瞬残りの神々が、ぽかんとした表情になる。
ーー聞こえなかったか? 封印はおぬしら6柱の神々が下界へ降り、おぬしらの手で直接アインを封印せよと命じたのだ。
ーー主よ! それは……それはあまりに酷すぎます!
神の1柱が、主神の前に出る。
ーー封印なんぞ下級天使にやらせればよいではないですか!
ーーそうですよ! なぜ危険を冒して、われら6柱がアインの前に姿を現さねばならぬのですか!
神々が封印を推奨したのは、それが神でなくてもできるからだ。
しかしこれでは結局のところ、アインと戦うことと何も変わらない。
だから神々が憤っているのだ。
ーーおぬしらは、主神であるわしに逆らった。それは許されざることだ。相応の罰を与えねばならぬ。本来なら死罪だが、特別に封印任務実行を見事達成すれば、特別に無罪にしてやろう。
そう……あくまでも主神の決定は【アイン抹消】。
残りの神々が主神に逆らったこととなる。
これに対してお咎めなしでは、やはり神としての格が落ちてしまう。
ゆえに、主神は6柱に重めの罰を与えたのだ。
ーーそれでは死ぬのと同じではないか!
ーーふざけるな!
当然のごとく、怒り出す神々。
ーーほう。
すっ……と主神の目が細まる。
ーーこの主神【ゼウス】に、これ以上口答えするのか?
ゼウスは、すっ……と手を前に突き出す。
その瞬間、神々はその場に強制的に平伏した。
ーーぐぇ!
ーーなんてプレッシャー! 身動き一つとれない!
ゼウスの見えざる力によって、神々は地面に押しつぶされそうになる。
オリュンポスの神々は、全員がとてつもない力を持っている。
比較対象であるアインが規格外の力を持っているせいでわかりにくいが、彼ら1柱で、世界を一つ壊すことが可能な力を持っているのだ。
……その神である6柱全員の動きを、無理矢理封じることができる。
それほどまでに、ゼウスの力は強い。
オリュンポス12神の主の座は、伊達ではないのだ。
ーー今、おぬしらの生殺与奪権はわしに握られている。このまま死ぬか?
神々を押しつぶす力がより強くなる。
ゼウスが何をしているのか、ほかの神々には理解できなかった。
自分たちにはない何か特別な力を、ゼウスは持っているのだ。
……じゃあおまえがやれよ! と神々が心の中で泣き叫ぶ。
だがここでそれを言ったところで、ゼウスが頷くわけがない。
主神はあくまでも、神としての地位にこだわりを持っている。
ゼウス自らが出向くことは、神が人間ごときを恐れたことの証左になってしまう。
神とは人間を恐れない。
ゆえに、手を出さないという理屈だろう。
ーーわかりました! ゼウス様からのご命令に従います!
ーーうむ、そうか。おぬしらの忠誠心、褒めて使わそう。
ぎり……と神々が歯噛みする。
無理矢理やらせている癖に……と心の中で吐き捨てる。
ーーしかし主よ、【六芒星封印】発動には時間がかかります。その間にアインに攻撃されては封印が解除。失敗に終わります。
ーー心配するでない。【助っ人】を用意しておる。
ーー助っ人?
「お呼びでしょうか、ゼウス様」
宮殿に、一人のダークエルフが入ってきたのだ。
ーー主よ! そやつは【エキドナ】! 叛逆の勇者の仲間ですぞ!
ーー何を考えておられるのですか!
ーーこやつの恋人を封じたのは、我々なのですよ!
エキドナの恋人、つまりミクトランを封じたのは天界の神々だ。
誰がどう考えても、エキドナは恋人をひどい目に遭わせた神々を許していないだろう。
ーー案ずるな。今回の作戦に限って、エキドナは我らの忠実なるシモベよ。
「ええ、ゼウス様のおっしゃるとおりです。あなた方の命令に100パーセント従いますわ」
……その場の誰一人として、エキドナの言葉を信用していなかった。
ーー主よ、エキドナが力を貸すという根拠を教えていただきたい。
よほどの強い理由がない限り、エキドナが裏切るのは、火を見るよりも明らかだからだ。
ーーおぬしらが、それを知る必要はない。それとも、わしの立てた作戦に、異を唱えるのか?
神々は爆発しそうな気持ちを、グッと押さえる。
「ご安心ください、神々の皆様。我々で協力し合えばこの作戦、100%成功することでしょう」
エキドナはそう、微笑んだのだった。