177.豊穣神、星を人質を取るも敗北
鑑定士アインが、4柱目の神アテナを討伐した、数日後。
天界の宮殿は、オリュンポス12神が集い、アイン対策の会議を開いていた。
――大変ゆゆしき事態が、起きている。
主たる神が、重々しく口を開いた。
――ただの人間が、神盾を破壊した。
――ばかな。ありえぬ。
――天地開闢以来、どんな攻撃を受けても傷一つつかなかった、神の盾がやぶられただと?
――反逆の勇者すら、神盾の前に歯が立たなかったというのに!
残る8柱の神々が戦慄する。
――まさかアインは、本当にミクトランを超える力を持ってるのか。
――だとするとマズいぞ。もしもアインがわれらに矛先を向けたら……。
やはりミクトランの恐怖が、神たちの脳裏にはこびりついているようだ。
――アインもミクトラン同様の処置をとったほうが良いのではないか、主よ。
――確かに、【封印措置】は必要かもしれぬ。
――ミクトランを封じた時のように、われらが力を合わせる時ではないでしょうか、主よ。
数人の神は、重々しくうなずいた。
威厳を保とうとしているがしかし、内心の動揺が表情ににじみ出ている。
――ならぬ。
主たる神が、首を振る。
――みな、見苦しいぞ。われらは神。生きとし生けるものの創造主だ。それが、被造物である人間ごときに、なぜ怯える必要がある?
余裕たっぷりに、主である神が言う。
「確かに、そのとおりですわ」
一柱の女神が、主に同調するように言う。
「相手はただの人間、わたくしたちよりはるかに下等な生物ですわ。そんなものに心を乱されるなど、神として恥ずかしいとは思わなくて?」
アイン封印に賛成していた神々が、うつむいて黙り込む。
――【デメテル】の言う通りだ。
主たる神が満足げにうなずく。
――みな、デメテルを見習うのだ。われらは神、その矜持を忘れてはならぬ。
リーダーである彼の言葉は絶対だ。
しかしアイン封印がなされぬとわかった神々の不安は拭えない様子。
――デメテルよ。アイン抹消、行ってくれるか?
「ええ、もちろん」
デメテルは自信たっぷりにうなずく。
――随分と余裕そうではないか。
「ええ。人間ごときに敗北した神々、そして先ほど怯えていた神とちがって、神にふさわしい力がありますからね」
うぐっ、と神々が言葉を詰まらせる。
――【豊穣の女神】であるデメテルよ、おぬしは一体どうやってアインを抹消するというのだ。
――そうだ。おまえは穀物などの植物を増やすのは得意だが、戦闘技能はそなわっていなかったはず。
「豊穣をつかさどるわたくしを、あまり舐めないでもらいたいですわ」
デメテルは胸を張って、主たる神の前にひざまずく。
「では、アインを見事抹消し、その魂をここに連れてまいります」
――うむ、足をすくわれぬようにな。
「お心遣い、感謝します。ですがわたくしに限って、敗北はありえませんわ」
デメテルはスカートのすそをつかんで頭を下げると、その場から消えた。
ややあって。
デメテルはアインの元へやってきた。
場所は彼の所有する領地【レーシック領】の森のなか。
「人間。おとなしくその命、神に返すのです」
ビシッ、とデメテルがアインを指さす。
「なんだそれは。俺の命は、俺のものだ」
「人間とは神が作りしもの。その肉体も魂も、もとはと言えば神の所有物。だからあなたは、神に返せと言われれば、おとなしく死ななければいけないのですわ」
「めちゃくちゃな暴論をなすりつけるな」
「なるほど、噂通り、神に反逆する愚か者なのですわね。では、神の力をもって、自らの愚かさを知るといいですわ」
デメテルは傘を取り出す。
その先端を、地面に突き刺した。
ざぁあああああああああああああああああああああ!!
突如として、木々が枯れ始めた。
異常な速度で、森の緑が茶色へ変色していく。
しおれた草花はあっという間に塵へと変わっていく。
「わたくしは豊穣の女神。植物を成長させることができる。しかし成長しすぎた植物はやがて朽ち果てるのですわ」
デメテルの豊穣の力は、レーシック領の緑地を死の大地へと変えた。
「わたくしの力の効果範囲は、領地だけではありませんわ。まもなくこの大地に根付く緑は、すべて枯れ、死の星へと変わることでしょう」
勝ち誇った笑みをデメテルが浮かべる。
アインは無表情を貫いているが、内心ではきっと焦っていることだろう。
「おとなしく命を差し出せば、この星の植物をまた元に戻してあげましょう。しかし抵抗するというのなら、あなたのせいでこの星の緑は戻らず、飢えて全滅することでしょうねぇ」
にやにやと意地悪くデメテルが笑う。
「死ぬ気はない」
「はっ! 愚かな男。わが身可愛さで、この星を見捨てるなんて!」
「星を見放すつもりもないし、問題もない。メイ、ユーリ、いくぞ」
その瞬間、アインの髪の毛が金髪に輝く。
青いメッシュの入った長い髪へと変貌した。
「なにをなさるおつもりですの?」
「この星の死んだ大地を元に戻す」
「ははっ! なにをばかげたことを! 豊穣をつかさどるのはこのわたくしデメテルのみ! この星が緑豊かなのはわたくしがいるからですわ!」
「おまえがいなくても、問題ない」
アインは聖剣を取り出して、大地に突き刺す。
そのときだ。
アインが突き刺した大地を中心に、枯れたはずの植物が元通りになっていく。
「そ、そんなばかな!?」
新しい植物が次々と生え、枯れた森は元の姿へと戻り、あっという間にレーシック領の草原も元通りになった。
「ユーリの再生能力に、メイの植物の力をかけあわせた。これで大地を活性化させ、枯れた植物をすべて元通りにした」
「う、嘘だ嘘だ嘘だ! こんなのありえない! 豊穣の女神と同じ真似を、たかが人間ができるわけがないのです!」
デメテルが髪を振り乱す。
「もう終わりか?」
「ひぃいいいいい!」
デメテルは悲鳴を上げて、その場に膝をつく。
彼女はあくまで豊穣の女神。
直接的な戦闘力は持っていない。
規格外の強さを持つアインと戦って、勝てるわけがなかった。
人質作戦が効かなかった時点で、デメテルは敗北しているのである。
「ごめんなさぁい!!!」
デメテルは頭を地面につけて、命乞いをする。
「ごめんなさい! もう二度と逆らいません! 命だけは! 命だけはご勘弁ください!」
……先ほど、神の矜持がどうのとのたまっていたくせに。
この女神はプライドをかなぐり捨てて、自分の命にしがみついていた。
「あなた様の奴隷になります! だからわたくしだけは助けてください! わたくしはあなたのお役に絶対に立ちますから! だから助けてください!」
アインはデメテルの言葉を聞いて、剣を下げる。
「ばかめ! 調子乗るから死ぬのよ!」
神器である傘を、アインの目に向けて突き刺そうとする。
だが彼はそれを軽く避け、聖剣で一撃を加えた。
ずばぁあああああああああああああああああん!
アインの攻撃により、女神は消滅。
『さすがじゃ、アインよ。死んだ大地すら救うとは、おぬしの力は神を超えておるな』