172.軍神、鑑定士に攻撃をすべて捌かれ敗北
鑑定士アインによって、月の女神アルテミスが撃破されてから、数日後。
天界の宮殿にて、神々が集い、アイン抹消の会議を開いていた。
ーーアポロン、アルテミスの2名がやられたそうだな。
座長である神が言うと、各所でため息が漏れる。
ーー同じオリュンポス12神として、恥ずかしい限りだ。
ーー人間ごとき下等生物に負けるなど、言語道断である。
ーーやつらの魂は転生させることなく抹消させる。異議はないな?
ーー異議なし。
ーー人間に負ける神などいてはならぬ。やつらは最初から神ではなかった。
ーーこれで神は人間より格上であることが保たれた。
神々が満足げな吐息を漏らす。
彼らが最も恐れること。
それは神としての【格】が墜ちること。
神はこの世界の創造主。
人間の遙か上をゆく存在でなくてはならないのだ。
ーーさて。恥さらしが消えたところで、アイン抹消を誰が行うか協議しよう。
ーーやつの戦いぶりを見たものは、誰かいるか?
問いかけに、誰一人として応えない。
ーーまあ、そうであろうな。
ーー当たり前だ。なぜアインと神の戦いを見る必要がある。
ーー然り。我ら神にとって人間など虫けら同然。
ーー戦いを見るまでもない。勝って当たり前なのだからな。
……神々のなかでは、先ほどの戦いで負けた神を、すでに仲間ではないと見下しているようだった。
ーーでは誰が、アインを抹消しにゆく?
「おれに行かせろォ!」
会議室の中心部に、2メートルの巨体を持つ美男子が現れた。
ーー【軍神アレス】、か。
「応よ! オリュンポス随一の戦いの神である、このアレス様が! ガキをぶっ殺してきてやるぜぇえええええええ!」
アレスは手に持った長槍をかかげる。
「殺らせろ! おれに殺らせろぉ! こちとら天界に幽閉されて血と戦いに飢えてるんだよぉ!」
ーーなんと下品な。
ーーしかしやつの武芸の才は折り紙付きだ。
「戦だ! 殺戮だ! 蹂躙劇だぁああああああああああああ!」
アレスが狂気の笑みを浮かべて槍を振り回す。
ーーではアレスよ。下界へ転送する。我らが神の威信にかけて、絶対に負けるではないぞ。
「うるっせぇええええええ! おれに命令すんなくそ親父! おれが負けるだとぉ!? ふざけたこと抜かすんじゃねぇ!」
アレスは長槍を、座長たる神に向ける。
「天地神明にかけて、おれが人間ごときに負けるわけがない。見てろ! 戦いの神の強さを!」
ひゅっ、とアレスが槍を軽く振る。
ズドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
宮殿の壁に、巨大な穴が開いた。
天界の建物は絶対に壊れることのない素材でできている。
それを貫くほどの威力の一撃を、アレスは放ったのだ。
「いくぜアイン! この最強の矛である神器【軍神の長槍】で串刺しにしてやるぅうう!」
かくして、アレスは地上へと降り立った。
ややあって。
「ハァッ! ハァッ! く、クソッ! ど、どうなってやがる!」
アレスは困惑していた。
現在、アレスは下界におりたち、アインと戦っている。
眼前には、人間アイン・レーシックがいる。
だがきいていた格好と大分違っていた。
天使たちのような、真っ白な装束に身を纏っている。
そして最大の違いは、彼の髪の毛の色だ。
彼は黒髪をしているはず。
しかし眼前のアインの髪は、【紫水晶色】をしていた。
「どうした? もう攻撃は終わりか?」
「くっ、くそガァ!」
アレスは槍を持って、アインに突撃をかける。
ズドドドドドドドドドドドッ……!
その槍の一撃は、天界の城の強固な壁をうがつほどの強烈なもの。
それが光を超えた速度で、一秒間に1万回、繰り出されている。
人間は攻撃されたことすら認識されず死亡する……はずなのだが。
スカッ……!
スカスカッ……!
「馬鹿な!? どうしておれの攻撃が一度も当たらないんだよぉおおおおおお!」
下界に来て、戦闘を開始し、何度も攻撃を繰り返したアレスだが。
アインは槍の攻撃を、すべて紙一重で回避するのだ。
「おれは戦いの神だぞ!? オリュンポス随一の槍の名手だぞ!? なんで人間ごときがおれの槍をよけられるんだよぉお!」
『……さすがね、アイン君。わたしを霊装として身に纏うことで、より強力な未来予知と回避能力を手に入れるなんて』
「アリスのおかげだよ。ほんと、ありがとうな」
「ぜえ! はぁ! ちくしょう! こんなこと! あり得て良い話がないんだ!」
ぎり……とアレスは槍を握る。
「おれは戦の神だ! 武芸において、誰にも負けるわけがないんだよぉおおおお!」
アレスは神の闘気を練り上げる。
先ほどは質より量を重視した刺突だった。
だが今度は、量より質。
「これを人間相手に使ったのは初めてだ! あのミクトランにすら使わなかった! この一撃を受けて死ねることを、誇りに思って死にやがれ!!!!」
体の力をすべて、この一撃に乗せる。
アレスは地を蹴り、アインめがけて突撃をかけた。
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
軍神の突進は、地を穿ち、空気を切り裂き、空間すらもねじ曲げる。
彼の進む先にあるものすべてがえぐられていく。
その速度、威力は流星なんて生やさしいものじゃない。
この星を貫き、ドーナツ状にすることすら可能な一撃。
それを光の一〇〇〇〇倍という、とてつもない速度で繰り出そうとしている。
不可避の、一撃必殺の突撃……の、はずだった。
アインはアレスの攻撃を、完璧に見切っていた。
そして、手に持った聖剣で、アレスの槍を弾いたのだ。
パリィイイイイイイイイイイイイイン!
「う、うわぁああああああああああ!」
最大の攻撃を弾かれ、その勢いで、アレスは天高く吹っ飛んだ。
「そんな馬鹿なあり得て良いわけがない! なぜあの一撃を見切れる!? どうして攻撃を食らっても体も、武器も無傷なのだぁ!?」
「アリス霊装状態の俺の動体視力は、この程度の攻撃を完璧に見切れる。そしてこの聖剣は、霊装で強度が向上している」
すさまじい勢いで吹き飛ぶアレスの背後に、アインがいた。
「ひぎぃいいいいいい! ば、化け物ぉおおおおおおおお! こっちに来るなぁあああああああああ!」
泣きべそをかきながら、アレスはめちゃくちゃに槍を突き出す。
アインはそれらを軽くよけて、しまいには槍をパシッ……と掴んだ。
ぐっ……!
ぱきぃいいいいいいいいん!
アインは槍を握りつぶすと、聖剣の一撃を繰り出す。
ズバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
「なんて……強さ。生き物としての、格が違う……」
『さすがじゃアイン。神すらも今のお主にとっては、相手にならないとはな』




