171.鑑定士、月の女神に圧勝する
俺が太陽神アポロンを討伐した、数日後。
【霊装】を身に纏った俺は、王都上空にいた。
「おぬしがアポロンを葬り去ったアイン・レーシックか?」
目の前には、銀髪の美女がいる。
その手には【長弓】が握られており、俺を文字通り射殺すばかりににらんできた。
『月の女神【アルテミス】。アポロン同様【オリュンポス12神】の1柱であり、弓を得意とする。【月神の星弓】は星を矢として放つことが可能のようじゃ』
鑑定能力も、【霊装】を身につけたことで強化されているようだ。
神の攻撃法も鑑定できるらしい。
「兄貴の敵討ちか?」
「ハッ! あんな軽薄男、死んだところでどうとも思っておらぬ。人間ごときに負けよって。同じ神族として恥ずかしいことこの上ないわ」
その顔には侮蔑がありありと浮かんでいた。
「しかし……間近で見れば見るほど、貧弱な下等生物ではないか。アポロンがなぜ、こんな人間ごとき負けたのか疑問でならぬ」
アルテミスが俺を見下して言う。
「なぁ、アルテミス。おとなしく引いてくれないか。無駄な戦いはしたくない」
「……立場をわきまえよ。本来なら絶対的な上位存在である妾の前に立つことすら許されぬと言うのに。その不遜な態度、万死に値する!」
どうやら会話は成り立たないようだな。
アルテミスは弓を手に取り、弦を弾く。
「月の神の手自ら殺してもらえること、光栄に思いながら死ぬがよい!」
ビィンッ……! とアルテミスが弦を弾く。
『……アイン君。上空から流星群が墜ちてくるわ』
ほどなくして、上空から無数の光が、ふり注いでくる。
それはよく見ると流星だ。
数え切れない星々が、超高速の矢となって、俺めがけて墜ちてくる。
ゴォオオオオオオオオオオ…………!
「貴様がいかに剣の達人であろうと、宇宙に存在する無数の星々の矢をすべて切り払うことは不可能!」
「どうかな。カノン、いくぞ」
『……ふぁぁ~……ねみぃ~……りょーかーい』
その瞬間、俺の髪の毛に、オレンジ色のメッシュが入る。
カノンの持つ能力【念動力】が、発動した。
「この流星の矢を人間ごときがどうにかできるとでも思っているのか? 思い上がるな下等生物が!」
ビタッ……!
「なっ!? なんだとぉおおおおお!?」
アルテミスが、驚愕に目を見開く。
「ばっ、馬鹿な!? 妾の星の矢を、う、受け止めただと!?」
流星群は上空で動きを止めていたのだ。
「あり得ぬ! 星の落下を、この数すべてを止めることなど、神である妾にも不可能なのに!」
『さすがじゃ、アインよ。霊装は禁術と同様、能力を飛躍的に向上させることができる。強化した念動力ならすべて止めることはできるじゃろうが言うは易し。本当にできるとな』
ちなみに、前回のアポロンの一撃を防いだのは、黒姫の【結界】能力を霊装で強化し受け止めたのだ。
「これで終わりか?」
「くっ……! 星よ! 砕け散れ!」
アルテミスが再び弓を引く。
ドパァアアアアアアアアアアアア!
弓から放たれた銀の矢は、無数に枝分かれして、上空の星々を射貫く。
破壊された星の破片は、俺めがけてすさまじいスピードで殺到した。
『……アインちゃんごめーん……。なんか受け止められない』
『どうやら向こうもより強い念動力で星の破片を操っているようじゃな』
四方八方から、星々の破片が、俺に押し寄せる。
「わが弓で射貫かれた物体は強力な自動追尾矢となる! 死ね! 死ぬがよい下等生物!」
ズドドドドドドドドッ…………!
「ははっ! 少しヒヤッとさせられたが所詮は人間! 神にかなうわけがないのだ!」
「そんなこともないがな」
「なにぃいいいいいいいいいいい!? む、無傷だとぉおおおおおおおおお!?」
俺はかすり傷一つ負っていない状態で立っていた。
「なんだ!? 一体何が起きてるんだ!?」
『ふっふーん。それはね~。お姉さんが関係してるんだなぁ~』
『なっ!? あ、アイン貴様! いつの間に髪の色を変えたのだ!?』
そう、俺の髪の毛は、先ほどまでは金髪だった。
だが今は、燃えるような炎の色をしている。
それは次女クルシュの【虚無の邪眼】と、同じ色だった。
「クルシュと一体化したんだ」
『すごいよね~。まさか霊装する精霊を変えることで、その精霊のもつ目の能力を身に纏うことができるなんてさ~。さっすがアイちゃん』
俺は今、クルシュの【虚無】の力をその身に宿している状態だ。
体に纏う【虚無】により、星々の自動追尾矢が当たった瞬間、消し飛ばされたのである。
「な、なんてことだ……星の矢を受け止め、その身に攻撃を受けてもダメージが通らぬなど……もはや人間業ではない……」
アルテミスが声を震わせて言う。
「これが……アイン・レーシック。これが……父上が恐れた、人類最強の男、その実力だというのか……!」
「おとなしく降参するなら見逃すぞ。できれば女は斬りたくない」
ブチッ! とアルテミスの額に青筋が浮かぶ。
「神に情けをかけるだと……調子に乗るのもいい加減にしろよ、下等生物風情が!」
アルテミスがその場から消える。
「逃げたのか?」
『違う。より強力な一撃をお見舞いするつもりじゃ』
千里眼を発動させる。
アルテミスは宇宙空間にいた。
そのそばには月がある。
月の女神が弓を番えると、それに呼応するように、月が青く光り出した。
『どうやら月を、おぬしめがけて落とすつもりみたいじゃな』
「そんなことしたら俺だけじゃなく、生物が全滅するだろ。神のくせに、そんな馬鹿なまねするのか?」
【うるさい! 神は人間に負けてはいけぬのだぁああああああああ!】
アルテミスの声が脳裏に響く。
彼女が弦を放つ。
月が、移動を開始する。
通常ではあり得ないスピードで、月が上空の俺めがけて墜ちてきた。
【死ねぇええええ! 虫けらのように死ねぇええええええええ!】
「そうはさせない」
俺は聖剣を構える。
体に蓄えてある闘気。
神となったこと、そしてアポロンを討伐したことで、俺はさらなる闘気量を手にしていた。
その尋常ならざる闘気を、聖剣が吸うことで、七色に輝く。
聖剣を上段に構える。
剣から放たれる光は、極光の柱となりて、遙か上空へと伸びていく。
そして俺は、剣を振り下ろした。
ズバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!
巨大な光の柱は、月をまるごと飲み込んだ。
【ば、馬鹿なぁ……月を消し飛ばすなんて……人間にできていいことじゃない……もはや……アインは神を……】
ジュッ……! と光の本流に飲み込まれ、アルテミスも消滅。
あとは青嵐の【複製】能力を使って、新しい月を元の位置に作り、完了。
『さすがアインじゃ。まさか月を切り裂くとは。見事じゃ』