17.ゾイド、鑑定士が生きてたので、嘘がバレる
鑑定士アインが死亡した。
その知らせは、冒険者ギルド内で、広く伝わっていた。
アインの死を広めた人物がいたからだ。
彼を見殺しにした張本人……ゾイドだ。
ある日の、冒険者ギルドにて。
ゾイドは同僚たちと、ギルドの酒場で、巨大鼠のダンジョンで発見された【隠しダンジョン】について話していた。
「あそこはマジでやめといた方が良い。なにせ地獄犬がうじゃうじゃいる。行くなら死を覚悟した方が良い」
ゾイドが酒をごきゅッ、と飲む。
「しかしゾイドよぉ。よく地獄犬のいるダンジョンから帰還できたよな」
「ああ……アインがさ、言ったんだ。ここは俺に任せて先に行けってよ」
「あのゴミ拾いアインが?」
「おいやめろよ。アインをそんな名前で呼ぶな。あいつは……勇敢なやつだ。仲間のためを思って、俺たちの盾になってくれたんだ。いいやつだったよ……ほんと」
「す、すまん……」「口が悪かったよ……」
話を聞いていた冒険者たちが、申し訳なさそうにしている。
それを見てゾイドが、内心でにやりと笑う。
……あの隠しダンジョンでの真実を知るものは、ゾイドと、そして仲間の魔女ジョリーンしかいない。
今の口ぶりでは、アインが率先して、ゾイドたちのおとりになったことになっていた。
だが真実は違う。
アインを魔法で麻痺させた。
地獄犬が餌を襲っている隙を突いて、逃げてきた。
……端から見れば、最低な行為だ。
真実がバレてしまえば、ゾイドは激しく非難されるだろう。
それを回避するために、ゾイドは美談をでっちあげたのだ。
「すまねえアイン……俺に、力が無いばかりに……おまえの犠牲は……絶対に、忘れないからな」
ゾイドは眼に涙をためて言う。
何十、何百と繰り返してきたため、嘘泣きのタイミングはバッチリだ。
ゾイドを不憫に思った冒険者たちは、あまり深く事件について追及してこない。
狙い通りだ。こうしてゾイドは自分の地位を守るのだった。
「しかし隠しダンジョン、やばいらしいな」
ゾイドの話を聞いていた冒険者の一人が言う。
「浅い階層に地獄犬だけじゃなくて、雷狼までいたってよ」
「マジか。Cランクだっけ? うひー、やべえ。絶対近寄らないでおこう」
「ああ、やめといたほうがいいぜ。そこが死地だと教えてくれた、アインの死を無駄にしちゃいけねえ」
……と、今日も今日とて、ゾイドはアインの死を語りまくっていた。
こうすれば、話を聞いて同情した冒険者が、ゾイドに酒とメシをおごってくれるから。
ああ、今日もただ飯食えてラッキー、とゾイドはのんきに思っていた。
……だがそれも、今日までだった。
「おい。誰が、死んだって?」
ゾイドの肩を、誰かが掴む。
振り返った先にいたのは、鑑定士の少年。
「あ、ああああ、あい、アインんんんんんんんんんんんんんん!?!?!?!?」
死んだはずの……アインだった。
「な、なんで!? どうしててめえが生きてやがる!? 死んだはずだろッ!!」
口をついたのは、そんな乱暴な言葉だった。
それはとっさに出たセリフだった。
全くの予想外のことだったから、取り繕うことが、できなかったのだ。
……致命的な、セリフの選択ミスに、ゾイドは気づけていなかった。
「死んだ? 見てわかるとおり、俺は生きてるよ」
……幽霊じゃない。実体はある。
目の色が若干前と異なるくらいだが、五体満足だ。
「ど、どうやって帰ってきやがった!?」
「普通に、モンスターを倒しながら、歩いて」
「バカ言うんじゃねえ! あんなバケモノ級モンスターがうじゃうじゃいる中、生きて帰ってこられるわけねえんだ!」
ゾイドが声を荒らげ、アインの襟をねじり上げる。
アインが強力なモンスターを倒して、帰ってきた。
自分が敵わないと判断して、しっぽを巻いて逃げてきた敵を、見下していたヤツが倒してきた。
ゾイドはそれが許せなかったのだ。
「おいゾイド。なんだよ、その言い方……?」
ゾイドの話を聞いていた冒険者が、肩を掴んで、アインから引き剥がす。
「ああっ!? なんだよってなんだよ!」
「だっておまえ……」
冒険者が、決定打となる一言を言う。
「ゾイド、命の恩人であるアインが生きて帰ってきたのに、なんで喜ばないんだよ」
……一瞬で、冷静になった。
背筋に氷を入れられたようだった。
しまった……! とゾイドは大量の汗とともに、自らの過ちに、やっと気付いた。
ゾイドは、アインを命の恩人だと、言って回った。
なら、アインが帰ってきてまず、ゾイドがすべきだったのは……彼が帰ってきて喜ぶフリだったのだ。
「あ、いや……これは……その……」
ゾイドが目を泳がせる。
「命の恩人? どういうことだよ。俺は、ゾイドに置き去りにされたんだぞ?」
アインが首をかしげる。
それを聞いた、周囲にいた冒険者たちが……え? と目を丸くした。
「ゾイドに、置き去りに……?」
「ああ。こいつとジョリーンに麻痺の魔法をかけられた。地獄犬の餌にされたんだよ」
アインのセリフを聞いた冒険者たちが、いっせいに、ゾイドを見やる。
「おいゾイド……どういうことだよ!」
「おまえを助けるために、アインは自ら進んで犠牲になったんじゃなかったのかよ!?」
冒険者たちが、ゾイドを詰問する。
彼らの顔には疑心がにじんでいた。
「まさかゾイド。おまえ……嘘ついたのか?」
「違う! 嘘ついてるのはアインの方だ!」
とっさに、ゾイドはまた嘘を重ねる。
だが周囲は、明らかに、ゾイドへの侮蔑の表情を浮かべていた。
「なんでアインが嘘つく必要あるんだよ?」
「そ、それはアインが、俺を貶めるためにだなぁ!」
「なんでアインがゾイドを貶めるんだよ。おまえ言ってたよな。アインは、仲間であるゾイドのために身を犠牲にしたって」
アッ! とゾイドはまた自分の失態を悟った。
「なんで仲間を守るために犠牲になったアインが、命をかけて守った仲間であるゾイドの名誉を、傷つけるような嘘つくんだよ」
……冷静に言われてみると、ゾイドの言っていることは、完全に破綻していた。
「あ……ああ……」
ゾイドがその場にへたり込む。
「おいゾイド! おまえ嘘ついてたのかよ!」
「うわ最低!」「このクズ!」「てめえが死ねば良かったんだよ!」
冒険者たちが、ゾイドに罵声を浴びせる。
ゾイドは、周りから侮蔑の表情と、汚い言葉で罵られるのを……耐えることしかできないのだった。