169.鑑定士、神の力を手に入れる
俺が、天使の大群を倒してから、10日ほど経過したある日のこと。
俺は【彼女】とともに、隠しダンジョンを訪れていた。
「【セラフィム】……こんなところで何をするんだ?」
俺の目の前には、6枚の翼をはやした天使がいる。
彼女は【熾天使セラフィム】。
天界とやらにすむ、天使たちのリーダーだそうだ。
先日、セラフィムは俺の元へ謝罪に来た。
今まで襲撃は、神による命令があってのこと。
自分たちは俺に敵対する意思はないこと。
そして、可能ならば庇護下において欲しいこと。
以上を頼まれ、俺は了承したのだ。
天使たちに敵意はなさそうだったし、何より神にこき使われているというのがかわいそうだったからな。
「アイン様には【霊装】を早急に身につけて欲しく思ってます」
「れいそう?」
セラフィムはうなずく。
「早晩、神はあなたの元へ殺しにやってくるでしょう。現状、あなた様は神との戦いにおいて非常に不利な状況下に置かれているのです」
「どういうことだ?」
「神は高位の存在。すなわち、我々のような下位の存在では、視認することすら不可能です」
「トールは見えたぞ?」
「あやつは下界に降りたことで神としての格付けがランクダウンしていたのです。だからあなた様にも見ることも触れることもできた」
しかし……とセラフィムが続ける。
「これより先は、トール以上の神々からの襲撃が待っています。今のままでは神を見ることも、触れることも、そして何よりダメージを与えることができない」
「相手の存在の方が上だから?」
「そのとおりでございます。逆に神はアイン様のことを視認できますし、攻撃できます」
「なるほど……現状は、透明人間を相手に戦うのと同じってことか」
「ええ。そこで【霊装】が必要となるのです。【霊装】を習得できれば、神と対等に渡り合えるようになります」
今後、霊装の習得が必須であることはわかった。
「そもそも霊装ってなんなんだ?」
「霊的な存在をその身に宿すことで、一時的に神と同等になる技術のことです」
「霊的な存在って?」
「肉体を持たず、しかし実在する上位存在のことです。あるいは神。あるいは天使。あるいは……精霊」
精霊……か。
「霊装には霊的存在と心を一体化させる必要があります」
セラフィムは腰に据えた剣を手に取る。
「実践して見せましょう。この剣には剣の精霊が宿っています。はぁっ!」
ごぉ……! と剣から炎が発生する。
炎は剣とセラフィムとを包み込む。
やがて炎は薄れ、そこには真っ白な、不思議な服を身に纏ったセラフィムがいた。
「これが霊装です。身体能力が神と同レベルにまで引き上がります。そして神に有効打を与えることも可能ととなるのです……くっ!」
ぼしゅっ……! とセラフィムの霊装が解ける。
「はぁ! はぁ! はぁ! はぁ!」
セラフィムはその場に倒れると、荒い呼吸を繰り返す。
汗をびっしょりとかき、筋肉をけいれんさせていた。
「わ、私の霊装持続時間は……10秒……です」
「それくらいしか持たないのか?」
「霊装には莫大なエネルギーが必要となるのです。一介の天使である私にはこれが限界。……ですが、様々な敵と戦い、莫大な量の禁術オーラをその身に宿すあなた様なら、おそらくより長く霊装を持続させ、神と戦えるようになるでしょう」
霊装の概念、必要性は理解できた。
後は実践あるのみか。
「でも精霊と心を一体化って……いったいどうすればいいんだ?」
そのときだった。
パァ……! と俺の左目が輝く。
8人の精霊たちが、俺の前に現れる。
「そりゃ~一体化っていったらアレだね☆」
「ひゅ~。あれか~。やだ~んお姉さんはずかし~」
にやにや、とピナとクルシュが意地悪く笑う。
「クルシュ、ねえさま。アレって?」
ユーリがきょとん、と首をかしげる。
「「アレって言えばあれでしょ~」」
「むぅ、いじわる、です」
ぷくーっとユーリがほおを膨らませる。
「んじゃま~。ゆんゆん以外は撤収~」
「そうだねー。今のところ、お兄さんと一番相性が良いのはユーリおねえちゃんだもんね☆」
「「「ええー!」」」
「ほかのみんなは徐々にね~」
クルシュが妹たちを連れ、俺の左目に戻っていく。
後には俺と、そしてユーリだけが残された。
「あれ、とはなんでしょー?」
むぅ~とユーリが腕を組んで小首をかしげる。
「な、なんでしょー……」
俺はユーリから目をそらしてしまう。
一体化。
つまりそれは……その、そういうことだろうか……?
「はっ! アインさん、知ってそう、です!」
ビシッ! とユーリが俺に指を向ける。
「そ、そんなこと、ないっすよ」
「うそです。目が、泳いで、ます!」
とととと、とユーリが俺の目をのぞき込もうとする。
「アイン、さん。わたしの目……ちゃんと見てっ」
ユーリの翡翠の目は、まるで宝石のように美しい。
その目に吸い込まれそうになる。
「んー♡」
彼女はうれしそうに目を閉じると、唇を俺に向けてくる。
「ゆ、ユーリさん、なにしてるんすか?」
「ピナちゃん、に、おしえてもらいました。男の子と、女の子、目と目が合うとき、こーするって」
あの小悪魔妹にはあとで厳重注意しておこう。
「ユーリ……こういうのは、その……特別な関係じゃないとな……その……」
どう言って良いものか。
「わたしと、アイン、さん。特別、な、関係……じゃ、ないの?」
悲しそうな表情を、ユーリが浮かべる。
「ただの、お友達?」
「いや……それは違うよ」
ただの友達では、決してない。
「俺にとっておまえは、特別な女の子だよ」
「わたし、も、アインさん、特別な男の子、です♡」
ユーリが自分の胸に手を置いて、目を閉じて言う。
「アインさん、のこと……考えると、胸がドキドキするんです。あなたと、一緒にいる、だけで……毎日が、ハッピーになれるんです」
ユーリが俺の手を取る。
微笑んで、ん……と目を閉じて、顔を近づける。
俺は彼女の細い肩に手を置いて、唇を重ねる。
そのときだ。
パァアアアアアアッ……!!!!
ユーリの体が、エメラルドの輝きを放つ。
俺の体も輝きだし、二つの光が混じり合う。
ややあって。
俺が目を開ける。
「どう……なったんだ?」
「すごいですアイン様! 大成功です!」
セラフィムが魔法の鏡を取り出す。
そこに写っていたのは……普段と違う俺の姿だ。
俺の髪の毛は金色になり、腰のあたりまで伸びていた。
長い金髪を、武士のようにまとめている。
俺の身に纏っているのは、真っ白な、しかし目をこらすと淡く翡翠に輝く衣装だ。
エメラルドの瞳に、長い金髪は、ユーリを彷彿とさせる。
「霊装状態を完璧に保てています! 一発で成功するなんて! さすがアイン様です!」
かくして俺は、新しい力を手に入れたのだった。