164.鑑定士、第8精霊と契約する
ピラミッドを攻略した俺は、いよいよ、ユーリの妹【カノン】のもとへやってきた。
スフィンクスが守護する部屋の向こうに、広大な部屋があった。
見上げるほどの巨大な光る樹がたっている。
これは【世界樹】。
世界に魔力を生み出す不思議な木だ。
ユーリたち世界樹の精霊は、全部で9人。
そのうちの1人がここにいる。
「【カノン】、ちゃん! ユーリ、だよ!」
俺の隣に顕現した金髪美少女が、笑顔で世界樹に駆け寄る。
世界樹はぱぁっ! と光ると、一人の女の子の形になった。
「猫耳の……寝間着?」
小柄な女の子だった。
獣耳フードのついたパジャマにホットパンツ。
「ふぁぁ~~~…………はれ? おねえちゃん……?」
フードの下には、眠たげな橙色の瞳があった。
髪の毛も同じオレンジ色。
小脇には猫の抱き枕を抱きかかえていた。
「カノン、ちゃん!」
「ふぁぁ~……なんだ夢か。ねまーす……ぐぅ~……」
ぺたん、とカノンはその場で座ると、抱き枕を持ったまま眠った。
「カノンちゃん、おきて! 夢じゃない、です!」
「ぐぅー……がぁー……むにゃむにゃ……わたしもうたべれないよー……ぐぅー……」
ユーリはカノンを抱き起こして、かくかくと揺する。
だがカノンは目を覚まさず、ひたすらに寝ていた。
「マイペースな子だな」
ユーリはその後も、カノンをかくんかくんと揺する。
すると……。
「あーもう! やめろやユーリ!」
くわっ! とカノンが目覚めて、しゃー! と歯をむいた。
「あうん」
ユーリは驚いて尻餅をつく。
「うちのガキが寝てるだろうが! じゃますんじゃねえ。わかったか? あ?」
「は、はひ~……」
ユーリが涙目になる。
「カノンはどうしたんだ? 急に人が変わったみたいになったけど」
「あん? てめどこのもんだ?」
カノンは据わった目で俺をにらみつける。
さっきまでのマイペースさはなりを潜めていた。
そこで、俺は彼女の目の色が違うことに気づいた。
カノンの瞳は橙色だったが、今の彼女は灰色の瞳になっている。
「おまえこそ、誰だ? カノンじゃないだろ」
「へぇ……? いい目してんじゃねーか。気に入ったぜ」
にかっ、と笑うとカノンが俺の背中をバシッとたたく。
「あたしは【カナリア】。カノンの守り手だ。夜露死苦」
「守り手が、どうして精霊のなかに入ってるんだよ」
「ちょっとしくじってよ、死んじまったんだ。けどおれには【憑依】っつー、精神を別の生き物に移す能力があるのよ。ンでカノンの体で生きてるわけ」
「なるほど……。擬似的な二重人格者みたいなものか」
「ま、そんな感じよ。理解が早くて助かるぜ。さすが精霊7人つれてるだけあんなてめえ。やるじゃん。おまえにならカノンを任せられるぜ」
にかっと! とカノン……いや、カナリアが男らしく笑う。
「渡りに船だった。守り手であるおれは死んじまったからな。カノンを守ってくれる頼れる男を捜してたのよ。つーことで、カノンも頼むわ」
そう言って、カナリアはお尻のポケットから、精霊核を取り出す。
精霊の力の源がこめられた、不思議な結晶だ。
「ウルスラ。義眼に加工を頼む」
「心得た」
俺の隣に、白髪の賢者が転移してきた。
「なんだウルスラじゃねーか。ひしぶりじゃねーかこのやろう~」
「カナリアも久しぶりじゃな。まさか死んでおったとはおもわなんだ」
「ふたりは知り合いなのか?」
カナリアはうなずいて言う。
「おれもウルスラと同じで上級エルフだったのよ。ンでこいつとおれはダチ公」
「おぬしは昔っから奇っ怪なしゃべり方するの」
やれやれ、とため息をつく。
ウルスラはカノンの精霊核を、俺の左目に収まっている義眼に加える。
ややあって。
「これで8つの精霊核を、おぬしは手に入れたことになるぞ」
「すげーな兄ちゃん。8つも精霊核持っている人間なんて、前代未聞だぜ?」
おおーと感心したように、カナリアが手をたたく。
「おれの【憑依】と、そんでカノンの【念動力】が使えるようになったぜ」
「念動力?」
「視界に入っている物体を、自由に操作する能力さ。見えているものなら無条件で動かすことも、動きを止めることも可能」
相変わらずすさまじい能力だな、精霊の能力って。
「ところで……おい嬢ちゃん」
「ひぅ……! な、なんですか……?」
ユーリがおびえた表情で、カナリアを見やる。
「さっきは脅かしてすまねえ。悪ぃな」
「い、いえ……」
「カノンは嬢ちゃんらと分かれてから、結構さみしがってた。あんま感情表現が苦手な子だが、仲良くしてやってくれっか?」
「それは、もちろん……です! カノンちゃん、は、わたしの……大事な妹、だから!」
にかっとカナリアが明るく笑う。
「ンじゃ代わるわ。あと夜露死苦な、兄ちゃん。頼りにしてるぜ?」
がくん……とカナリアの体から力が抜ける。
「ふぇ……? わたし……ねてた……?」
「カノンちゃん!」
ユーリがカノンを抱きしめる。
「お姉ちゃん……くるしー……」
「もう、さみしく、ないよ! みんな……いるから!」
ぱぁ……! と俺の左目が輝くと、ユーリの姉妹たちが出てくる。
「おねえちゃんたち……ピナたちも……」
わ……! とみんながカノンを囲む。
「カノンおねえちゃんおひさ☆」
「相変わらずノンノンはねむそ~だねぇ~い」
ぐりぐり、とクルシュがカノンの頭をなでる。
「やめてよぉー……。わたし眠いんだー……ねるぅー……」
「くくく……わが姉よ、今夜は寝れると思うなよ。今宵はみなで血の宴を開くのだ……」
「ふぁー……あいかわらずマオはあたまおかしいねー……」
「ひどい!」
わいわいと騒ぐ姉妹たちを、俺は遠巻きに見ていた。
「ゆーちゃんゆーちゃん、ちのうたげってなにー?」
「今日はみんな、で、パジャマパーティです!」
「「「いいね!」」」
ユーリが楽しそうに笑っている。
それを見て、俺は満足だった。
「アインよ。ありがとうな」
俺の隣に、ウルスラがやってくる。
「これでユーリの、生存が確認できている姉妹、全員と会うことができた。おぬしのおかげだ」
ウルスラは自分の子供と、その姉妹とを見てつぶやく。
「次女。三女。四女。五女。六女。七女。八女。そして九女」
ふっ……と本当にうれしそうに、ウルスラが笑う。
「あの子の姉妹がそろうことなど、もう二度とないと思っていた。だから……」
ウルスラが目に涙をためて、俺を見上げる。
「アイン、おぬしのおかげだ。本当に……本当に、ありがとう……」
深々と頭を下げるウルスラを見て、俺も言う。
「俺の方こそ、おまえたちがいなかったら、奈落に落ちて死んでいた。おまえらのおかげだよ、ありがとう」