156.鑑定士、新たな剣で敵を一掃する
トトの親父に、新たな剣を作ってもらった数日後。
ドワーフ国郊外にて。
『特級魔族【エリザベス】じゃ。階級は【クィーン】。【魅了】の能力を使う。浄眼を持つおぬしには効かぬが、注意せよ』
黒髪に、黒いドレスに身を包んだ女性が、俺をにらみ付けている。
「……あなたがアインね。あなたが、わたしの大事な夫を傷つけた」
「夫?」
「とぼけるなッ! 我が夫キングのことだ!」
血走った目を、クィーンが俺に向ける。
「そうか。悪いことをしたな。だが最初に殺そうとしてきたのは向こうだ」
「言い訳は聞きたくない! サルめ! 地獄で我が夫を傷つけた罪をわびるがよい!」
クィーンは扇子を取り出す。
『【魅了】は自身の体液、つまり汗じゃな。それを空中に散布させ、吸い込んだ相手を魅了し、意のままに操る能力じゃ』
先ほどウルスラが言ったように、俺に洗脳の類いは通じない(呪いを解く浄眼があるから)。
クィーンは扇子を広げると、バサッ……! と踊り子のように舞う。
「「「グロォオオオオオオオオオ!」」」
地鳴りを起こしながら、遠くから敵が接近してくる。
『トロール。上級トロール。そのほか巨人どもじゃな。その数は1000。どうやら魅了で理性を失っておる』
「ゆきなさい巨人ども! アインに特攻するのです!」
白目をむいて、舌を出した巨人たちが、あり得ないスピードで駆けてくる。
「どうですサルめ! 巨人の津波、さしものあなたも対処しきれないでしょう!?」
『あの背後にもまだ1000控えておるな。どうやら巨人を使い捨てにするつもりらしい』
「問題ない。新しい剣の力、見せてやる」
俺の左手が輝く。
俺の手に、新しい剣が出現する。
鞘から刀身を抜く。
驚くほど、真っ白な刀身だ。
何もして無くても、刀身からは流星の如く、光があふれている。
「【世界樹の聖剣】……。俺に力を貸してくれ」
「何をするのか知りませんが! あなたの持つ虚無の力でこの大群を一掃することは不可能! 巨人たちの再生能力をあなどるな!」
俺は禁術オーラを聖剣に込める。
俺は飛翔能力で飛び上がる。
眼下の巨人どもめがけて、聖剣を、斜めに振る。
「そんな力の無い斬撃でこの大群をどうにかできると思っているのか!? バカめ!」
そのときだ。
なにもない空間に、切れ目ができる。
「な、なんだ……急に風が……?」
クィーンの長い髪の毛が、突風に吹かれたようにたなびく。
「どこから……いや違う! 切れ目が、空気を吸い込んでいるのだな!?」
ごぉおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
空間の裂け目は、強力な吸引力で、地上にいるすべてを飲み込もうとする。
地上にいた巨人どもは、地面を離れ、そして俺の斬った裂け目へと飛んでいく。
「くっ……! なんて強烈な!」
クィーンは踏ん張っているが、周囲にいた1000の巨人。
そして背後にいた巨人すらも、全て吸い込んだ。
俺は刀身に禁術オーラを込めるのをやめる。
すると、空間の裂け目が閉じ、吸引するのをやめた。
「ば、ばかな……ありえません……」
乱れた髪のクィーンが、その場にぺたりと尻餅をつく。
「いったい……何が起きたというのですか?」
「世界樹の聖剣は、全てを切り裂けるようになった。空間をより深く切り裂くことで、ああして空間の裂け目を作り、そこに敵を葬り去ることが可能となったんだよ」
「ばかな……2000ですよ? あの大群が……一瞬で、すべて、吸い込まれたですって……?」
クィーンが呆然とつぶやく。
「まだ続けるか?」
ふらふらと、クィーンが立ち上がる。
「おまえがいたせいでわたしの幸せな家庭はめちゃくちゃだ! 絶対に許さない!」
両手に扇子を取り出し、クィーンが再び舞う。
それは神々しさすら感じさせる踊りだった。
ややあって、空からまばゆい光が発せられた。
「出でよ、天使の軍勢よ!」
突如として、空から無数の天使たちが出現した。
第一、第二、第三階梯天使が数え切れないほど、上空で待機していた。
「わたしは地上に追放された元【女神】! 元とは言えわたしには神の力が宿っているのだ!」
「なるほど、だからこんな数の天使を召喚できた訳か」
「そうだ! 殺せ、天使ども! 聖なる光でこの邪悪なるサルを焼き殺せ!!」
天使たちが俺に両手を向ける。
『アインよ。天使どもは連携して、超高エネルギーの光魔法を放つつもりじゃ』
「問題ない」
俺は聖剣を構える。
「撃て!」
ビゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!
天使の手から、凄まじい量の光が放射される。
天を覆う極光のようであった。
まばゆく美しい、しかし地上の敵を滅する光が、俺を包む。
「死ね死ね死ぬが良い! わたしの家族をめちゃくちゃにした罪! 体をぐちゃぐちゃに焼かれて苦しんで死ぬことで贖え!」
と、そのときだった。
シュォオオオオオオオオ…………!
「な、なんだ!? 光があの剣に、吸い込まれているだと!?」
俺は頭上に剣を構えている。
天使の光は俺を焼き殺すことなく、すべて剣のなかに吸収されていく。
「聖剣は相手の魔法、闘気、あらゆるエネルギーを吸収し、攻撃を無効化した上に、俺への力に変えてくれるんだ」
「ふ、ふざけるなよ……なんだ……その馬鹿げた性能の兵器は……」
クィーンが天使に命令し、攻撃を中止させる。
それはそうだ。
攻撃し続けたら、無意味に俺を強くするだけだからな。
がくり、とクィーンが膝を折る。
「一振りで敵を虚空の彼方に消し飛ばし……物理攻撃は一切効かず、魔法や闘気による遠隔攻撃は吸収し力に変える……」
絶望の表情で、彼女が俺を見上げる。
「もう……おまえのどこに弱点があるんだ……? いったい……我々魔族は、どうやっておまえに勝てば良いというのだ……?」
「知らん。戦わないという選択を取れば良いだけだろ」
「そうは……いくものか! 殺せぇ! 天使たちよ! 直接アインを殺すのだぁ!」
「無駄なことを。クルシュ、アリス」
俺は千里眼を使って視野を広げ、クルシュの虚無で、天使どもの数を削る。
ぼしゅうぅうう…………!
さらに次元を切り裂いて、空間の裂け目を作り、天使を吸い込んでいく。
ごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
とどめとばかりに、禁術と聖剣で強化した斬撃を放つ。
ズバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
俺の繰り出した攻撃により、天使は一体残らず消え去った。
「あ……あはははは! ダメだぁ! 勝てない! アインの強さは異常だぁ! 我々が手を出してはいけない領域のバケモノだったんだぁ!」
クィーンは斬撃に飲み込まれて、消滅した。
『さすがじゃ、アインよ。あの数の敵を、一切動かず倒すとはな』