152.キング、家族から失望され家庭が崩壊する
鑑定士アインが、特級魔族キングを撃破した、数日後。
ふと、キングは目を覚ました。
「俺様は……生きてる……のか……?」
ここは魔王城にある、自室だった。
どうやら自分は、ベッドに寝かされているようだ。
「あなたっ!」
「【エリザベス】……? どうして、てめえがここに?」
黒髪の美女が、キングにしなだれかかってくる。
彼女はキングの妻。
そして、懲罰部隊における【クィーン】だ。
「あなたがアインに負ける寸前、ウーノに頼んでゲートを開いてもらったのです。良かった……ほんとうに……生きてて良かった……」
心からの安堵の表情を、エリザベスが浮かべる。
キングは彼女の頬に……思い切り、拳をたたきつけた。
バキィッ……!
「きゃあッ……!」
エリザベスは部屋の端まで吹き飛ぶ。
キングは立ち上がると、ふらつきながら、妻の元へ行く。
「エリザベス……てめえ……今、なんつったよ? あぁ!?」
怒りの表情を浮かべながら、キングは妻である彼女を見下ろす。
「誰が、負けたって!? あぁ!?」
禁術で強化した脚力で、エリザベスの腹部を勢い良く蹴り上げる。
ドゴッ! ドスッ! ボゴッ!
「俺様はあの後勝っていたんだ! それを余計な邪魔しやがって!」
「ご、ごめんなさい……でもわたし……あなたを失いたくなくて……だから……」
「うるせえ! しゃべるな! 死ねやぁ!」
キングがエリザベスの顔面に、強烈な拳による一撃を喰らせようとした……そのときだ。
「パパ! もうやめて!」
ガシッ! と背後から、キングの腕にしがみつくものがいた。
キングの娘。
長女の【クワトロ】だった。
「ママを殴らないで!」
「離せクワトロ! 離しやがれぇ!」
キングがその腕を無理やり振り払おうとする。
「やだ! 離さない!」
「なっ!? ど、どうなってやがる! 微動だにしないだと!?」
クワトロの制止を、キングは振り払えなかったのだ。
「やめてぇえええええええ!」
クワトロはキングの腕をひねると、そのまま、一本背負い。
ドゴォオオオオオオオオオオオオン!
「ガハッ……!」
キングは寝室の壁に、たたきつけられる。
「ママッ! だいじょうぶ!?」
娘が母親のもとへ詰め寄る。
「だい、じょうぶよ……クワトロ。わたしは平気だから……」
エリザベスは立ち上がると、真っ青な顔でキングを見やる。
「あなたっ!」
壁に激突し、頭から血を流すキング。
それを見たエリザベスは、クワトロを見下ろす。
バシッ……!
「え……?」
ぽかん、とした表情をクワトロが浮かべる。
「クワトロ! あなた、なんてことを!」
エリザベスは、娘の頬をビンタしたのだ。
「で、でもパパは……ママのこといじめたから、だから……」
「父親に手をあげるなんて最低な行為ですよ! あなたは最低の娘です!」
ダッ……! と娘を残し、エリザベスは夫の元へ駆け寄る。
「あなた! だいじょうぶ!? ケガは!? すぐに治癒を……」
「うるせえ! 引っ込んでろ!」
キングがエリザベスに殴りかかろうとした……そのときだ。
「おいおいやめなよ、父様~」
ブンッ……! と拳がカラぶる。
いつの間にか、キングの右腕が切断されていたのだ。
「ウーノ!? てめえ何しやがる!」
キングの息子、【ウーノ】が、いつの間にかエリザベスの目の前に立っていた。
「負けた腹いせに母様をいじめるとかさ、恥ずかしくないわけ~?」
「だ、黙れぇ! 父親にそんな態度とるんじゃあねえぇえええええ!」
再生した拳で、ウーノに連打をたたき込もうとする。
だがウーノのワープ能力により、キングの攻撃を容易く避ける。
「父親? ぼく、あんたのこと、もう父親って思ってないけど~?」
ウーノは高い位置に出現し、キングを見下ろす。
「今まで父様……いや、キング。あんたは、ぼくの尊敬する父親だった。けどさ……サルに負けるなんてさ。だいぶ、がっかりしたよ」
はぁ……とウーノが深くため息をつく。
「魔神とか最強とかのたまっていても、結局下等なサルに負けるとか、あり得ないよね」
「黙りやがれぇええええ!」
キングは禁術で強化した拳で、ウーノめがけて拳を繰り出しまくる。
だがウーノは、キングを上回る速度でそれを回避し続ける。
「なんだ!? どうなってやがる!?」
「鑑定士の剣には闘気を吸収するチカラがあるんだって。あいつに負けて、魔神の持つ莫大な闘気を吸い取られた。あんたは今や、ぼくらに劣るザコに成り下がったんだよ」
だから、娘にも、息子にも翻弄されているというのか。
「……おとーさん」
「トレス……それに、【ドース】」
いつの間にか、キングの隣に、娘と息子が出現していた。
トレスはキングの体に触れる。
ズォオオオオオオオオオオオ!
「うぎゃあああ! 吸われる! 生命力がぁあああ!」
トレスの触れた部分から、植物が生える。
それはキングの闘気を凄まじい速度で吸っていた。
「おかーさん。いじめる。おまえ……ゆるさない」
「トレス! あなたなんてことを! やめなさい!」
エリザベスは金切り声をあげて、トレスの頬を張り倒す。
「おかーさん……うえぇえええええん!」
トレスが泣き叫ぶ傍らで、ウーノは心底嫌そうな顔をしていう。
「ぼくは家を出るよ。こんなサルに負けた弱者と家族なんて思われたくないからね」
ウーノはワープを使って消える。
「あたしも家でる。ママを虐めるパパも……家族を殴るママも……大嫌い……!」
クワトロは吐き捨てるように言って、部屋の壁をぶち破って消える。
泣き叫ぶトレスの手を、弟である【ドース】はにぎり、キングの前から立ち去ろうとする。
「お、おい待て! 能力を解け!」
キングがトレスに触れようとする。
バシッ……!
その手を払ったのは、息子ドースだ。
「……姉さんに、汚い手で触れるな。クソ親父」
パキ……パキパキ……!
キングの手が、徐々に凍り付いていく。
ガキィンッ……!
突如として、キングの体が、氷付けになった。
「ドース! おやめなさい! なんて酷いことをするのぉ!」
「……おれは姉さんと家を出る。大切な姉さんを泣かせるこんな最低な家になんて、もういたくない」
ドースは姉であるトレスを連れ、その場から煙のように消えた。
「どうして……どうしてこんなことになるの……! たかが1度の敗北で、家庭が崩壊するなんて……!」
エリザベスは氷付けになった夫に抱きついて、半狂乱になって泣き叫ぶ。
「くそ……が……。アイン……め。次こそ、殺す……覚えて……やがれ……」
薄れ行く意識のなか、キングは憎しみを込めて、そうつぶやくのだった。