150.イオアナ、キングの一族にバカにされる
鑑定士アインとの勝負に負けた数日後。
肉片となったイオアナは、ゲートを通して、魔界へと帰還した。
魔界の森にて。
「くそ……チクショウ……アインめ……覚えてろよ……」
イオアナの肉体は再生していた。
だが神闘気に触れた左腕は、元に戻らなかった。
隻腕となったイオアナが、ふらふらと歩いていた……そのときだ。
しゅおんっ……!
突如として、目の前の光景が切り替わった。
さっきまでいた森のなかではなく、魔王城の会議室へとやってきていた。
「今のは……ワープか……?」
「見てたよ、イオアナ。きみ、ぜーんぜんダメダメだったねぇ~」
ニヤニヤと笑いながら、ひとりの小さな子供がやってくる。
メガネと蝶ネクタイをつけた、小さな男の子だ。
ネクタイには【ビショップ】の駒が描かれている。
「あんだけ息巻いてたのに負けるとかさ~恥ずかしくないの~?」
「う、うるさいっ!」
イオアナが禁術で強化した拳で、ビショップに殴りかかろうとする。
だが突如として、ビショップの眼前に【ゲート】が開いた。
イオアナは勢い余って、ゲートのなかへと入る。
ゲートを抜けると、ビショップの背後にいた。
「くそっ! くそっ!」
繰り出す拳は、しかしすべて、ビショップの眼前に出現するゲートによって阻まれる。
「どんなに強い攻撃も、当たらなくちゃあ意味が無いよね~」
と、そのときだ。
「おい【ウーノ】。その辺にしておけ」
「父様!」
ビショップの少年【ウーノ】は、晴れやかな表情で【父】のもとへ行く。
「父様って……き、キング。あんたがこのガキの父親なの……?」
キングの周りには、
【クィーン】が1人。
【ルーク】が2人。
【ビショップ】が2人。
エキドナがイオアナに微笑んで言う。
「イオアナ。残る懲罰部隊は、すべてキングのご家族なのよ。クィーンは妻、ルークとビショップはそのご子息とご令嬢なの」
確かに、残る5人は、全員からとてつもないプレッシャーを感じた。
「とうさま。このざこ。ウーノ。ばかにした。ころしていい?」
胸に【ルーク】の駒のぬいぐるみを抱いた少女が、イオアナの肩に触れた……そのときだ。
メキ……メキメキメキ……!
突如、イオアナの肩から、植物が生えてきたのだ。
「うぎゃぁあ! 吸われる! 生命力が……!」
「【トレス】。そのくらいにしてけ。ゴミに触ったらきたねえぞ」
「わかった。トレス。おとーさんのゆーこときく」
パッ、と少女が手を離す。
樹木化が解かれた。
「ボクが……ボクがゴミだっていうのかよ!?」
「ごみ。だって。あんなざこにまけた」
「く、くそぉおおおおおお!」
イオアナは立ち上がり、トレスに殴りかかろうとする。
その瞬間、イオアナの目の前にゲートが開く。
「ダメだよザコアナ~。トレスねえさんをいじめんなよ」
拳がゲートをくぐった瞬間、門が閉じたのだ。
「うぎゃっ!」
イオアナは右腕すらも失う。
ゲートが足、腰、肩など、局所的にいくつも開いて、そして閉じた。
「ぎゃぁああああああ!」
四肢をバラバラにされ、イオアナはその場に崩れ落ちる。
「ねえねえパパ! 今度はアタシに行かせてよっ!」
褐色に金髪の少女が、キングの腰にしがみついて言う。
「【クアトロ】。おめーはすっこんでろ」
クアトロと呼ばれた少女の耳には、【ルーク】のピアスがつけてあった。
「あの鑑定士のガキは、キングである俺様がぶっ殺してやる」
ニヤリ……と好戦的な笑みを、キングが浮かべる。
「あら、いいの? キング。あなた、アイン討伐には関わらないと言ってなかったかしら?」
エキドナがキングに近づいて言う。
「気が変わった。久しぶりに、骨のありそうなサルが現れたみたいだからなぁ」
獰猛な笑みを、キングが浮かべる。
「あーあ。アイン、終わったな~。父様が本気出したら、1秒で消し炭だよ~」
ウーノが両手を頭の後で組んで言う。
「さすがおとーさん。アイン、かわいそう」
トレスがキングに、尊敬のまなざしを向ける。
「しょうがないよ! パパはこの世界最強だもん! 誰にも負けない、アタシたちの自慢のパパだもん!」
クアトロが妹と同じく、キラキラした目をキングに向ける。
「エキドナ。てめえお気に入りのあのサル、殺しちまうが構わねーな?」
キングがエキドナを真正面から見やる。
「ええ、構わないわよ」
目をギラギラ輝かせながら、金髪の大男キングは歩く。
「おい、待てよキング!」
体が再生したイオアナが、キングに詰め寄る。
「アインを倒すのは、このボクだ! 君は下がってなよ!」
「あー……?」
キングは不愉快そうに顔をしかめる。
「このキングに……命令してんじゃねえぞごらぁ!」
その瞬間。
ドガガガガガガガガガッ!
まるで速射砲のごとく、キングが拳を繰り出した。
あまりに早すぎて、その腕の数が千にも万にも分裂して見えた。
「ぐぇえええええええええええ!」
キングからの連撃を受け、イオアナは体を粉々にされた。
魔核だけになったイオアナを、ガンッ! とキングが踏みつける。
「ひ、ひぃい! やめて! やめてくれよぉ!」
「何度言ったらわかるてめぇ? キングに逆らうんじゃねえぞ殺すぞ?」
「わかった! ごめんなさい! もう逆らいません! 2度と口答えしません!」
「俺様がしゃべって良いっていってねえのに……しゃべるんじゃあねえ!」
キングがイオアナの魔核を、踏み潰そうとしたそのときだ。
「まあまあキング。落ち着いて」
エキドナが、いつの間にか、イオアナの魔核を回収していた。
「いいじゃんほっとこうよ父様~。禁術が使える程度で舞い上がってるバカなんて」
「禁術程度……だと?」
そこでイオアナは、驚愕する。
キングの一家は、全員、禁術の【痣】を持っていたのだ。
「しかも常時【痣】を出してる……だって……?」
「この程度できないとかやっぱり、ザコだね~。ザコアナちゃん? あれ、イグアナだっけ? ま、ザコの名前なんて、どーでもいいや。覚える価値のないザコだもんね、きみ」
イオアナは、なにも言い返せなかった。
キング一家と比べたら、確かに自分は、弱者なのだから。
「んじゃ、俺様はアインと戦ってくるぜ。久々の戦いだ。血がたぎるぜ……!」
出陣する一家の大黒柱を、家族たちが見送る。
「がんばって父様! まっ、勝つのは絶対に父様だけどね!」
「あたりまえ。おとーさんがまけるわけない」
「当然じゃん! パパは世界最強だもん! パパッ! 圧勝してきてね!」
キングはニヤリと笑って、ウーノの出したゲートをくぐる。
「多少やるようだが所詮はこのキングの敵ではない。せいぜい、少しは楽しませてくれよ、なぁ、鑑定士アイン?」