15.鑑定士、ボスと戦う
奈落から地上へと向かっている途中、俺は石造りの巨大な扉を見つけた。
『ダンジョンにはそれぞれ【迷宮主】と呼ばれる、主がおる』
そう言えばギルドで噂を聞いたことがある。
ダンジョンには、桁外れに強いモンスター、主がいると。
『迷宮は生き物じゃ。心臓が存在する。それは迷宮核と呼ばれておるな。だが人間もそうじゃが、心臓を容易く壊されてはこまる。故に守り手が必要となる』
「ボスモンスターは……迷宮核の守護者みたいな感じなのか」
『さよう。そしてボスは例外なく強い』
まあ急所を守る存在だからな。
弱くては困る訳か。
「この部屋スルーして通れない?」
『無理じゃな。地上へ続く正解の道へは、この部屋を越える必要がある。そして出口はボスを倒さぬ限り開かない』
戦闘不可避ってわけか。
「…………」
確かに俺は、ユーリたちのおかげで、強くなれた。
だが果たして、ボスモンスターを倒せるくらい強くなっているだろうか……?
「だい、じょーぶ、ですっ!」
ユーリが俺のとなりに出現する。
彼女は、俺の手を優しく包んで言う。
「アイン、さんなら。だいじょぶ、です!」
「ユーリ……ありがとう」
『ふんっ! 世界樹の加護を受けているやつが何をそんな弱気になっておる。とっとと倒し地上へ行くぞ』
ウルスラとユーリに背中を押され、俺は体の震えが止まった。
そうだ。
誰にチカラをもらったと思っているんだ。
俺は、ゴミ拾いのアインでは、もうない。
世界樹の加護を受けた、鑑定士アインだ。
「よし……!」
俺は重い扉を開け、中に入る。
殺風景な、広い空間だった。
どことなく世界樹のあったエリアを彷彿とさせられる。
空間の奥には、巨大なクリスタルがあった。
「アレが迷宮核か」
と、そのときだった。
迷宮核が光り輝くと、目の前に魔法陣が出現。
そこから、見上げるほどの、巨像が出現した。
『上級岩巨人じゃな。なんだこいつもSランクなのか。デカい図体から繰り出される物理攻撃に気をつけよ。攻撃速度は遅いらしい』
「ゴォオオオオオオオオオオオオオ!」
なんだこいつ。
今まで出会った中で、一番デケえ。
勝てるのか……?
『勝てるのかではない。勝て』
『がんばっ、て!』
……そうだ。勝つんだ。
俺は深呼吸して、戦う覚悟を決める。
『体格差がありすぎる。まずは足を削るのが得策じゃろうな』
俺はうなずいて、超加速を発動。
岩巨人めがけて走る。
「ゴォオオオオオオオオオオ!!」
岩巨人が俺を目で捕らえる。
右足をあげて、ゆっくりと下ろしてくる。
だが俺は超加速によって、岩巨人の踏みつけ攻撃を余裕でかわす。
地面がぐらぐらと揺れる。
あまりに大きな地震に、俺はしばし動けなくなる。
『岩巨人がおぬしめがけてパンチを繰り出すぞ。おぬしを潰すつもりじゃ』
「やってやるよ!」
俺は死熊からコピーした金剛力を発動。
岩巨人が、俺めがけて腕を振るう。
なんじゃこりゃ。
隕石か?
前の俺ならびびって腰を抜かしていただろう。
だが今は違う。
『2秒後にパンチが来る。衝撃に備えよ』
『ふぁいと、です!』
ウルスラが次の攻撃を教えてくれる。
ユーリが応援してくれる。
もう、俺は孤独なゴミ拾いじゃない!
岩巨人のパンチが、俺の頭上めがけて振り下ろされる。
俺は両手を挙げて、それを受け止める。
金剛力によって強化された腕力は、岩巨人の拳を、受け止めた。
俺の足に、凄まじい衝撃を感じた。折れた?
だがすぐさまユーリが顕現すると、世界樹の雫で、俺に治癒を施してくれる。
「サンキュー、ユーリ! くらえ【溶解毒】!」
毒大蛇からコピーした能力を発動。
岩巨人の腕が、泥のように溶ける。
『岩巨人は右腕を失い、体のバランスを崩すぞ。左側に倒れる。10秒後に地震が起きるからジャンプしてかわせ』
ウルスラが自動鑑定してくれたとおり、岩巨人は倒れる。
地震が来るタイミングに併せて、ドンピシャでジャンプ。
超加速によって強化された脚力は、普段の何倍も高さで飛べた。
地震が収まると同時に着地。
『小僧。ここなら十分な広さがある。貴様に教えた、極大魔法を使用せよ』
ウルスラは、俺にいくつもの魔法を鑑定させてくれた。
その中には、広範囲に、凄まじい威力を発揮する魔法……【極大魔法】もあった。
俺はダンジョン内でそれは使うなと、ウルスラから釘を刺されていた。
そんなものを狭い地下通路で使ったら、生き埋めになるだろうと。
だがこのボスのいる空間は、十分すぎるほどの広さがある。
『貴様の鍛えた魔力量なら、極大魔法1発は打てる。倒れてもユーリが治癒してくれる。存分に力を振うがよい』
「ああ!」
俺は右手を岩巨人に向ける。
賢者に鍛えられた、莫大な量の魔力。
それを……この一撃に、込める。
倒れた岩巨人は、俺からただならぬ雰囲気を感じ取ったのだろう。
慌てて起き上がろうとする。
しかし……。
『遅い。魔法は威力に比例して詠唱時間が長くなる。しかし……賢者には詠唱破棄がある。つまり極大魔法であろうと瞬時に打てる』
「【煉獄業火球】!」
そのときだ。
岩巨人の頭上に、太陽と見まがうほどの巨大な火の玉が出現。
それは凄まじい速さで、岩巨人の元へと落下した。
どっごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!
激しい轟音と、凄まじい熱量。
俺は落下の衝撃で、後に吹っ飛ばされそうになる。
熱風が、無限に思えるくらい吹き荒れたと思ったが、とたんにやんだ。
「………………すげえ」
岩巨人の上半身に、巨大な穴が空いていた。
岩がドロドロに溶けている。
即死だろう。それだけ強力な一撃だったわけだ。
『すごい、です! すごいです、アイン、さん!』
俺はその場にへたり込む。
ユーリが顕現し、カラカラになった魔力を、世界樹の雫で戻してくれる。
「ほんとうに、すごい、です! あんなおっきいの、たおして! すごい!」
「ありがとな。おまえのおかげだよ、ユーリ」
俺はユーリのさらさらの髪の毛を撫でる。
彼女は顔を真っ赤にして、目に戻っていった。
「まさか、本当にボスモンスター倒せるとはな……」
ここに来てようやく、俺は強くなったという自信が持てた。
ひとりで、ボスモンスターを倒したやつなんて、そうはいなんじゃないか……?
『ふん! 調子乗るな小僧。貴様が極大魔法を打てたのは、いったい誰のおかげだ!』
「ユーリのおかげだよ。ちゃんとわかってるから」
俺1人の力で倒したのでは決してない。
思い上がってはいけないのだ。




