144.特級魔族、鑑定士の作り上げた要塞に敗北
鑑定士アインが、占拠した巨人たちを討伐してから、数日後。
ここは魔界。
人間たちの住む世界とは、また別の次元に存在する異界。
魔界の最奥にある魔王城。
その大会議場にて。
かつて上級魔族たちが座っていたイスは、撤去された。
新たにイスが用意されていた。
その数は、【16】。
チェスの駒と同じ数分そろえられたイスには、エキドナの親衛隊【懲罰部隊】の面々が座っていた。
そこに、麗しい見た目のダークエルフが入ってくる。
流れるような銀髪。
小麦色をした肌。
彼女の名前はエキドナ。
「皆の者、敬愛すべきエキドナ様に、敬礼!」
バッ……! と懲罰部隊の面々が敬礼のポーズを取る。
「けっ……! キングである俺様はそんなことしねーからな」
「貴様、不敬であるぞ!」
兵士のひとりが、金髪の大男キングに詰め寄ろうとする。
「俺様は別にこの女に従うわけじゃねえ。こいつが【ミクトラン】を復活させるっつーから、仕方なく力を貸してやってるだけだ」
「なんだと!? 貴様ぁ!」
「キング。それに【ベータ】。その辺にして」
ポーンの1人、ベータは不服そうな顔をしながら、しかしうなずいた。
「なんでてめえなんぞの命令に聞かなきゃいけねーんだよ。俺様は帰るぞ」
ガタッ、とキングが立ち上がり、会議室から出て行こうとする。
「おいエキドナ」
「あら、どうしたのキング?」
「おまえがご執心のあのサルの名前、なんつったか?」
「アインよ。顔はこれ」
エキドナは胸の谷間から水晶を取り出す。
映像を切り取る水晶だ。
それを放り投げると、キングは受け取って、なかに写っているアインを見やる。
「なんだぁ……? こんなひ弱そうなガキに、みんな負けてやがるのかぁ?」
ハッ……! とキングが鼻を鳴らす。
「どいつもこいつもこんなサルに足をすくわれやがって。アホどもが」
キングは水晶を投げ捨て、その場を後にしようとする。
「キング。私の言うことを聞かなくても良いけれど、いずれあなたにも出動し、アインと戦ってもらうわよ」
「ハッ……! こんなザコそうなサルの相手、このキングである俺様がするわけねーだろ。馬鹿馬鹿しい」
「そうね。けど、もしアインが、ミクトラン様に匹敵する力の持ち主だったとしたら……?」
「あり得ねーな」
「けれど現にアインは数多くの魔族を倒してるわよ?」
「そんなの負けたアホどもがザコだっただけだっつーの。俺様はそこらの雑種と違う。絶対に誰にも負けねえ。なにせ俺様は……【魔神】だからな」
ふんっ、と鼻を鳴らしキングが出て行く。
「さて、では今日は誰に出動してもらいましょうか?」
エキドナが悠然とイスに座り、部下たちを見渡す。
「エキドナ様! アインの討伐はこの私、【ポーン】の【ベータ】にお任せあれ!」
ベータはエキドナに前に跪く。
「そうね、ベータ。巨人どもの指揮権をあなたに与えるわ。【ウフコ】の街にいるアインを殺してきて頂戴」
「かしこまりました!」
かくして、特級魔族ベータが、魔界を出てドワーフ国へと向かった。
ややあって。
ウフコの街郊外にて。
「トロールども、よく聞け! 今からアインの元へ襲撃をかける!」
ベータの周りにはトロールたちが集結している。
だが巨人たちの顔には、恐怖の表情が浮かんでいた。
「む、むりだ……」
「あ、あいんになかま、み、みなごろしにされた……」
トロールたちはなにも、全滅したわけではない。
街から逃げた者、そもそも街にいなかった者たちは、アインの襲撃から免れたのだ。
しかし彼の恐怖は、トロールの脳裏にしっかりとこびりついている。
「あ、あれは悪魔だ……人間じゃ、ない」
「安心しろ。君らにはこの最高の【錬金術師】が作った、【狂騒薬】がある」
ベータが懐から、赤い液体の入った瓶を取り出す。
それをトロールの大群たちに持たせ、飲ませる。
「うぉおおおおおおおおおおお!」
メキメキメキ……!
薬を飲んだトロールたちの体が、3倍に膨れ上がる。
彼らの目は真っ赤に染まり、そこに先ほどまでの怯えた表情はなかった。
「飲んだものを強化し、死ぬまで立ち止まらない【狂戦士】を作り出すポーションよ!」
ベータはウフコの街を指さす。
「さぁゆけトロールの狂戦士たちよ! 街を破壊し、アインを殺せ!」
「「「ぐぉおおおおおおお!」」」
狂気の表情を浮かべながら、トロールたちがいっせいに駆け出す。
ウフコの街は、アインの作った樹木の防壁に囲まれている。
「だがしかし! 強化されたトロールたちを前に、あんな壁など紙にひとしい! やれぇ! 破壊しろぉ!」
と、そのときだった。
ドパァアアアアアアアアアアアア!
突如、防壁上部から、無数の大型の弾丸が射出されたのだ。
「ガッ!」「ぐぎっ!」「ぎゃっ!」
弾丸は正確に、トロールの脳天を貫いていた。
「なんだ!? アインか!? いや違う……なんだあの数の大砲は!?」
防壁上部だけでない、防壁にもうけられた凄まじい数の窓からは、大砲が覗いていた。
ドバァアアアアアアアアアア!
砲台から射出される弾丸は、強化されたトロールの頭蓋骨すらも容易く打ち抜いた。
「くそっ! 何がどうなってやがる!」
「ドワーフ特製の大砲だよ」
防壁から1人の少年が降りてきた。
「アイン……レーシック!」
ベータは憎々しげに、アインをにらみ付ける。
「トロールが全滅してないのはわかっていた。俺の不在時にまた襲われても困る。だからドワーフたちに迎撃手段を持たせた」
「ただの大砲でトロールがやられるわけがない! それにあの数! 尋常ではない!」
「俺は【複製】で大砲の数を増やし、さらに【闘気・付与】によって強化した大砲を無数に作り出したのだ。ここだけでない、他の街の守りにも使われている」
「くそ! ばけものめぇ!」
あっという間に、トロールたちはせん滅された。
「かくなる上は……!」
ベータは懐から小瓶を取り出し、アインに向かって投げる。
カッ……!
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
「はーっはっは! 錬金術で作り出した、高性能の爆薬よ! 空気に触れるだけで国を、大地を滅ぼすほどの一撃よぉ!」
余波で周囲の大地が完全にえぐられていた。
そこに巨大隕石が落ちたと錯覚するほどのクレーターができている。
だが……その中心に、アインがたっていた。
「なぜ今ので生きているんだアインぅううううううう!」
だっ……! とアインが駆け出す。
剣を取り出し、素早い動きで、ベータを切りつけた。
ズバンッ……!
「禁術で強化された俺に、あんなものは効かない」
体を完全に破壊されたベータは、薄れゆく意識のなかつぶやく。
「……なんて、やつだ。アインは、もはや、人間じゃ……ない」