141.鑑定士、巨人も軽く蹴散らす
エルフ国での騒動が終結してから、半月後。
俺は隣国を訪れていた。
森のなかにて。
そこは一面の銀世界だ。
空は分厚い雲に覆われ、天候は猛吹雪。
「アイン、さん……寒い、です。さむさむ、ですぅ~……」
俺のとなりで、精霊ユーリが、ぶるぶると震える。
「寒い、寒いなぁ……寒いから、えいやっ」
ユーリが俺を、むぎゅーっと抱きしめる。
その大きく軟らかな胸が、俺の腕に当たって気持ちが良い。
「これなら、あたたかい、です!」
力強くくっつくもんだから、乳房がつぶれてとんでもないことになっていた。
「ところで、おかー、さん。ここ……どこ?」
『ここはエルフ国の隣、【カイ・パゴス】。一年中雪と氷に囲まれた国じゃ』
「どう、して隣の、国に?」
「ここ【カイ・パゴス】に世界樹があるんだってさ」
エルフ国王の協力もあり、7本目の世界樹がこの【氷雪の国カイ・パゴス】にあることを突き止め、ここに来たのだ。
俺の目的は、ユーリを、彼女の家族に合わせることだからな。
現在、出会ったユーリの家族は6人。
彼女は9人家族。
出会ってない姉妹はあと3人。
世界樹を巡る旅も、いよいよ終盤にさしかかってきているわけか。
「とりあえず【カイ・パゴス】の主要な街にいって情報収集したいんだが……まるで街が見えてこないな」
「辺り、真っ白、です。くちゅん」
「ユーリほら、風邪引いちゃ困るから、目のなか入ってな」
「はーい♡ えへへっ♡ アインさん、やさしー♡ だいすきっ♡」
より一層つよく俺を抱きしめると、ユーリは光となって、俺の目のなかに入った。
「ウルスラ、街まで後どれくらいだ?」
『【ニサラキ】という街が一番近いようじゃが、まだ距離はあるな』
「飛んでいこうにもこの吹雪じゃな。寒くはないけど顔に当たる風が鬱陶しい」
俺には【環境適応】という能力がある。
だから極寒のこの状況下でも、普通に活動できていた。
膝上まで詰まった雪道を、えっちらおっちらと歩く。
ウルスラにガイドしてもらいながら、俺はニサラキの街へと向かっていた。
『……アインくん。カイ・パゴスのことなんだけど、街で聞いたところによると、内戦状態らしいわ』
「内戦状態……か。どこと戦ってるんだ?」
『……ごめんなさい。詳しい内部事情までは。ただ、カイ・パゴスは【山小人の国】と呼ばれてるみたいよ』
『ドワーフとは、亜人の一種じゃ。小柄な亜人で手先が器用じゃ』
そんなふうに歩いていた、そのときだ。
『アインよ。敵がこちらに来る』
ずしーん……ずしーん……ずしーん……。
「地震か?」
『いや、違うな。トロールじゃ』
俺は千里眼を使い、遠くの映像を見やる。
そこにいたのは、青い肌をした、3メートルほどの巨大な人間だ。
『トロール。人間を越えた巨体を持つ亜人型の、Aランクモンスターじゃ』
トロールは緑色の肌に、ボロ布を纏った感じ。
手には棍棒を持っている。
トロールが俺に気付いて、近づいてくる。
「お、おまえ……なに、なにもんだ?」
どうやらトロールには、しゃべるだけの知性はあるらしい。
「こ、ここはおれたち、巨人の国だ」
「か、かってにはいって、くんな」
なんか、聞いていた話と違う。
「ここはドワーフの国じゃなかったのか?」
「お、おれたちの国。ドワーフ、ちがう」
「ち、ちびども穴のなか。こそこそ、くらしてる」
「ドワーフはどこにいるんだ? 教えてくれないか?」
トロールたちはフンッ! と鼻を鳴らす。
「お、おまえ小さい。ちいさいやつの言うこと、きかない」
「お、おれたちでかい。でかいからえらい」
……どうにもこのデカ物には、話が通じないようだった。
「そうか。時間取らせて悪かったな。ドワーフは自分で探すよ」
俺はトロールたちの脇を通り抜けようとする。
「ま、まて」
「お、おまえいかしておけない」
トロールたちが俺の前に立ち塞がる。
「こ、ここおれたちの庭」
「よ、よそもの、ころす」
手に持った棍棒を、俺に見せつけるようにして持ち上げる。
「やめとけ。ケガするぞ」
トロールたちは、きょとん、とした表情になるが、腹を抱えて笑い出した。
「お、おまえバカ!」
「ち、ちいさいおまえ、おれたち、かてるわけないだろ!」
「「「ゲラゲラゲラゲラ!」」」
俺はため息をつく。
Aランクごとき、今更って感じだもんな。
「じゃあな」
俺はトロールたちの間を抜けようとする。
「こ、このやろう! まて!」
ぐぉっ! とトロールの1人が、棍棒を俺めがけて振り上げる。
ボシュッ……!
「あ、あれ? 棍棒……ない?」
俺は虚無の邪眼で、トロールの持っている棍棒を消し飛ばしたのだ。
トロールたちが困惑しているが、構わず俺は歩く。
「お、おまえ! 行くな! なぐるぞ!」
ブンッ……!
ガギィイイイイイイイイイイイン!
闘気で強化した俺の体は、トロールの攻撃を受けても、びくともしなかった。
「な、なんだこいつ!」
「め、めちゃくちゃ、かたいぞ!」
トロールたちが俺に警戒して距離を取っている。
「消えろ」
俺はトロールたちを、軽くにらみ付ける。
「ひ、ひぃ!」
それだけでトロールたちは気圧され、尻餅をつき震え出す。
完全に戦意が喪失していた。
俺が立ち去ろうとした、そのときだ。
「おいおいおめぇら、なにやってるんだよぉ」
「「「おかしら!」」」
5メートルほどの巨人が、森のなかから歩いてきた。
『上級トロール。Sランク。やつらのボスのようじゃな』
「んんー? おいおいよく見たら、そこにいるのは人間じゃないか?」
上級トロールが俺を見て、ハッ……! と鼻を鳴らす。
そして近くにいた部下たちを、蹴飛ばす。
「おまえら人間ごときになにをこわがってるんだよ! 臆病者! それでも巨人族の戦士か!」
「ち、ちがう!」
「お、おかしら、あいつ、やばい!」
「つ、つよすぎる! 異常!」
俺を指さし、トロールが青ざめた顔で、上級トロールに言う。
「あんなちびが強いわけないじゃないか」
はぁ、と上級トロールがため息をつくと、俺の元へとやってくる。
「やめとけ。ケガするから」
「ハッ! 言うではないかちび助! 死ねぇええええ!」
5メートルの巨体が、大樹のごとき太さの腕で、俺に殴りかかる。
俺は禁術で身体強化し、敵の手を、片手で受け止める。
パシッ……!
「なっ!? う、受け止めただと!?」
俺はその手をひねって、軽く放り投げる。
「うわぁああああああああ!」
上級トロールは空へと吹っ飛んでいく。
「あ、あの人間、ばけものだ!」
「に、にげろぉ!」
ドスドスドス……と巨人たちが一目散に逃げていく。
『とどめを刺さなくて良いのか?』
「良いだろ、別に襲われたわけじゃないし」
『あの程度じゃ襲われたうちに入らぬか。さすがじゃな、アインよ』