140.鑑定士、エルフたちの英雄となる
特級魔族【ポーン】の【アルファ】を討伐してから、数日が経過した。
エルフ国の王城。
国王フランシスの執務室にて。
「アイン君。このたびは本当にありがとう」
フランシスは立ち上がると、深々と頭を下げる。
「白鯨、裏切った族長たち、異形化したコモノグース。そして特級魔族の襲撃。その全て、君がいてくれたおかげでどうにかなった。本当に……ありがとう」
フランシスは地面に頭が付くのでは、と思うほど頭を下げていた。
「頭を上げてください。俺は、俺にできることをしただけです」
国王は顔を上げると、深く感じ入ったようにうなずく。
「本当に君は素晴らしい人だ。君がこの国に来てくれたことを、女神様に心から感謝するよ」
「大げさですって」
「大げさなものか。君はこの国が抱えていた問題をいくつも解決してくれた。特に部族が1つにまとまることができたのは、君のおかげだよ」
コモノグースを討伐した後。
俺はヤツが、生け贄にした部下たちを蘇生させた。
悪いのはあの男であり、部下に罪はないからな。
すると残されたコモノグースの部下たちは、俺に族長になってくれと懇願してきた。
残り3部族のエルフたちも同様に、俺に彼らのリーダーになってくれと頼まれた。
俺はそれを固辞し、代わりにフランシスが彼ら全員の族長となることを提案。
こうしてバラバラだった5つの部族は、1つにまとまった次第。
「ぼくとしては、君がぼくの代わりに国を治めてほしかったんだけどね」
「やめてください。俺は国王の器じゃないです」
「そんなことはないよ。君ほどの優れた人間は他にいない。君はぼくよりずっとうまく、みんなを導いてくれたはずだよ」
「いいえ、俺は結局よそ者です。この国のことを一番に考えているあなたが、エルフのみんなをまとめるべきですよ」
「……そう、かな」
フランシスは浮かない顔をする。
「ぼくはね、アイン君。今回の件で特に、国王に向かないって痛感したんだ」
ぎゅっ、とフランシスが悔しそうに唇をかみしめる。
「この国存亡の危機を前に、ぼくは無力だった……ぼくは、国王に向いてないんだ」
……ウルスラ。
『……なんじゃ』
落ち込んでいる弟、励ましてやれ。
この人には、おまえの言葉が必要だ。
『…………わかった』
俺の右目が光り、隣にウルスラが転移してくる。
「泣くでない、フランシス」
「……姉さん」
ウルスラは国王に近づくと、ぎゅっ、と正面からハグをする。
「おぬしは立派に国王をやっておるよ」
「……そんなことないよ。本当なら、ぼくより何倍も強いあなたが国王になるべきだったんだ」
「そんなことはない。この国の民を、誰よりも愛しているおぬしでなければ、王は務まらぬよ」
ウルスラはよしよし、と弟の頭を撫でる。
「わしは、結局国民よりも女神様からの使命を優先してしまった。だがおぬしは違う。おぬしは何よりも国人の命を大事にした」
「そうですよ。あなたはコモノグースが国民を襲おうとしたとき、身を挺してかばおうとしたじゃないですか」
ウルスラは弟であるフランシスに微笑みかける。
「おぬしは王として皆の前に立つ資質を、ちゃんと持っているよ。立派になったな、フランシス」
「姉さん……ぐす……うわぁあああん!」
国王フランシスは、姉の胸で、まるで子供のように泣きじゃくる。
「今まで1人でよく頑張ったね。ごめんね、長い間、1人にして……」
「そんなこといいんだって! 姉さんとまた会えた! それだけでぼくは十分だよ! 姉さん! 姉さぁあああああああん!」
ふたりのエルフは、抱き合ったまま、うれし涙を流した。
姉弟が仲直りできたみたいで、本当に良かった。
ややあって。
執務室のあった、ソファに、俺たちは座っている。
「アインよ。本当に、ありがとう。おぬしが後押ししてくれたおかげで、弟と和解できた」
ウルスラが弟とともに、頭を下げる。
「おぬしにはいつも助けられているのに、今回も助けてもらって、本当に申し訳ない」
「何言ってるんだよ。助けられてるのは俺の方じゃないか。おまえから受けている恩に比べれば、これくら恩返しにすらならないよ」
ウルスラはふふっ、と微笑む。
「さすがじゃアインよ。本当に、謙虚なヤツよ」
「本当にアイン君は素晴らしい人だね、姉さん! これなら姉さんを安心して任せられるよ!」
「任せる?」
「ば、ばかぁ……! ばかこの! へ、変なことを申すなフランシス!」
ウルスラが顔を真っ赤にして、弟を叱りつける。
「姉さん、アイン君は魅力あふれる素晴らしいひとだ。周りが彼を放っておかないだろう。ぐずぐずしてたら取られちゃうよ?」
「わ、わかっておる……アインは強いだけでなく優しいし、謙虚だ。正直、わしが出会ったなかで最高の男だと思っておる。……しかし、しかしなぁ」
もにょもにょ、とウルスラが顔を赤らめて、口ごもる。
「なあ、2人ともなんの話してるんだ?」
「アイン君。実は姉さんは」
「わっ、わっ、わーーー!」
ウルスラが顔を真っ赤にして、弟の口をふさぐ。
「妙なことを口走るなアホ!」
「じゃあちゃんと約束して。ちゃんとアイン君に思いを告げるって」
「……わ、わかったよぉ」
泣きそうな顔のウルスラ。
「あのな……アインよ。わしはな、実は……」
「実は?」
「…………なんでもない」
「姉さん! このヘタレ!」
フランシスが犬歯をむく。
「き、きちんと思いは告げる。じゃが、心の準備をさせてくれ……」
「まったく。じゃあ近いうちにちゃんと思いを伝えること。いいね?」
「は、はい……」
姉弟の微笑ましいやりとりを、俺はそばで見ていた。
ややあって。
「アイン君。実は部族のみんなが、君にお礼を言いたいって、城の外に集まっているらしいんだ。顔を見せてあげてくれないか?」
「いや、いいですってほんと。たいしたことしてませんし」
それに目立つのも好きじゃないしな。
「さすがアイン君だ。しかし国民はみな君に会いたがっている。姉さん」
ウルスラが転移魔法を使う。
一瞬で、俺は建物の外へと転移させられた。
「ここは城の、城壁の上か……?」
「アイン様だ!」「われらが救世主さまがお見えになったぞー!」
見下ろすと、そこには数多くのエルフたちが集まっていた。
「アイン様ー!」「私たちを救ってくださり、ありがとうー!」
みんな笑顔で、俺のことを見上げている。
「我らがエルフの英雄、アイン・レーシック様……ばんざーい!」
「「「ばんざーい!」」」
ワァアアアアアアアアアアアアア!
俺はエルフたちの喝采をあびながら、気恥ずかしい思いをした。
「さすがじゃ、アインよ。おぬしはどこへ行っても英雄となる。本当にたいしたヤツよ」
かくして、エルフ国での騒動は終結したのだった。