138.上級魔族、エキドナに一掃処分される
鑑定士アインが、異形化したコモノグースを撃破した、一方その頃。
魔王城の会議室にて。
残り4人となった上級魔族が、エキドナの前で膝をつき、深々と頭を下げた。
「「「「もう勘弁してください!」」」」
「勘弁するって、いったい何のことかしら?」
「もうアインに我らを挑ませるのは勘弁してください!!」
公爵の1人【マリオール】が、必死になって訴える。
「禁術を身に付けたアインに、我々の力がまったく通じないと! あなた様も十分ご存じなはず!」
「兄さんの言うとおりです!」
魔公爵【ルージィ】が、土下座姿勢のまま言う。
「やつは第2階梯の天使を余裕で倒しています! 映像で見た天使の強さは、完全に上級魔族を上回っていました!」
「そうね。だから?」
「天使以上の強さを持つアインに挑んだところで、返り討ちになることは必定!」
「もうアインを狙わないのが得策かと思われます! 触らぬ神にたたり無しです!」
マリオール兄弟の訴えを、エキドナは静かに微笑む。
「そうね」
「「良かったぁ!」」
これで無駄死にしなくてすむ! と喜んだ矢先。
「だから?」
エキドナが笑顔で、そう言ったのだ。
「アインに挑んだら返り討ちに遭って死ぬと。なるほど、あなたたちの言うとおりね。それがどうしたの?」
マリオール兄弟は、エキドナの目を見て気付いた。
その目は、足元の魔族ではなく、虫を見るような目をしていた。
「アインはまだ生きているわ。行って倒してきなさい」
「え、エキドナ様は……わたくしたちに……死ねとおっしゃるのですか?」
「死ねなんて命令してないわ。ただ、アインと戦ってきなさいと言ってるだけ」
「それがどう違うというのですか!?」
マリオールは激昂し、立ち上がる。
「もう我慢ならん! おれは上級魔族をやめる!」
「もうあなたの無茶には付き合ってられません! ぼくも兄さんと一緒に抜けます!」
「そう。止めはしないわ。ただし、裏切り者として、【彼ら】に処分してもらうわね」
パチンッ! とエキドナが指を鳴らす。
彼女の隣に、2人の魔族が立っていた。
「……お呼びでございますか、エキドナ様」
ひとりは、フードを目深にかぶった背の低い人物。
首からはチェスの駒、【ポーン】の首飾りを下げている。
その隣には、大柄の男が立っていた。
「キングである俺様を、こんなザコ相手に呼び出すとは、良い度胸だなエキドナぁ!」
金髪の大男は、同じくチェスの駒の【キング】の耳飾りをしていた。
「な、なんだこいつら!?」
「兄さん、たぶん前に言ってた【懲罰部隊】ってやつだよ!」
マリオール兄弟は、警戒を高める。
「【キング】、それに【ポーン】。悪いけれどさっそく、裏切り者を処分して頂戴」
エキドナが懲罰部隊のふたりに、優しく微笑んで言う。
「ちっ! まぁいいだろう。だがエキドナ、忘れるんじゃねーぞ」
キングはビシッ、とエキドナに指を指す。
「俺様はてめえの部下になったわけじゃない。キングである俺様が望むのは、ミクトランとの再戦。そのために一時的に言うことを聞いてやるだけだ」
殺意を込めた視線を、キングがエキドナに向ける。
「に、兄さん……あいつ、魔王様を呼び捨てにしてるよ……」
「ああ。しかも、口ぶりからするに、魔王様と互角にやり合えるだけの力があるみたいじゃないか……」
キングの存在に、戦慄するマリオール兄弟。
「もちろん、心得ているわ」
エキドナは臆することなく、キングに微笑みを向ける。
「チッ……! おいカスども。キングであるこの俺様が直々にぶち殺してやる。光栄に思えよ?」
ぱき……ぱき……とキングが指を鳴らしながら、マリオール兄弟のもとへ向かって歩く。
「く、くそぉ! こうなりゃやけだぁ!」
マリオールは闘気で身体能力を強化。
「いくぞ、弟よ! 最大出力の一撃を、2人一緒に喰らわせるんだ!」
「わかったよ、兄さん!」
ルージィもまた、兄同様に、最大限まで闘気で体を強化する。
「「くらえ! 【炎拳】!」」
マリオールは右手を、ルージィは左手を、凄まじい速さで降る。
あまりの速さに、摩擦熱によって、拳に炎が宿る。
ドガァアアアアアアアアアアアアアン!
兄弟の渾身の一撃を……キングはもろに、その土手っ腹に受けた。
「効かねえなぁ~」
にやにや、とキングが笑う。
「バカなぁっ!? 必殺の一撃を受けて無傷だとぉ!?」
「いったいどんな能力を使って防御したんですか!?」
驚愕するマリオール兄弟に、キングがはぁ~……とため息をついて言う。
「てめえらカス相手に能力なんて使わねえよ、もったいねえ」
「お、弟よ! 数だ! 数で押すぞ!」
「わかった! コンビネーション攻撃だね!」
マリオール兄弟はうなずくと、闘気で脚力を強化。
二陣の疾風となって、キングに襲いかかる。
バシッ! ビシッ! ドガッ! バキッ! ドガッ! バギッ! ドガッ!
「てめえらの攻撃なんぞ、キングであるこの俺様に通じるわけがないだろうがよぉ」
パシッ……!
キングは兄弟の手足を掴むと、そのまま地面に、勢い良くたたきつけた。
グシャッ……!
「「ひぃいいいいいい! ば、バケモノぉおおおおおおおお!」」
残り2体の上級魔族たちは、すっかり戦意を喪失していた。
「どぉーーーーしたカスども! おらかかって来いよぉ! 俺様を殺してみろよぉ!」
だが2体は震えるだけで、動けないでいた。
「チッ……腰抜けが」
つまらなそうにするキングを横目に、エキドナが上級魔族たちを見下ろしていう。
「選びなさい、ふたりとも。ここでなぶり殺しにされるか、アインに殺されるか?」
ニコッ、とエキドナが微笑む。
「「行きますぅ! 行ってきますぅ!」」
「そう、良い子ね」
パチンッ、とエキドナが指をならす。
ゲートが開き、上級魔族たちがそのなかへと消える。
「ケッ……! 興ざめだ。今日はもう帰るからなぁ」
キングが部屋を立ち去る。
ポーンだけはエキドナのそばに残った。
「どうしたの?」
「……アインの強さ、いかほどか見させていただこうと思いまして」
エキドナは微笑むと、谷間から水晶を取り出す。
水晶に映像が浮かぶ。
そこには、今しがた向かった上級魔族たち2体が、アインに襲いかかっている場面が映っていた。
ズバァアアアアアアアアアアアアアン!
「あらあら、1秒と持たなかったわねえ」
「……これが、第2階梯天使をも打ち破った、アイン・レーシックの禁術ですか」
「どう? 彼の実力は?」
「……思ったよりも、たいしたことありませんね」
エキドナがくすり、と笑う。
「アインは恐るるに足らずと?」
「……ええ。他の【皆様がた】のお手を煩わせずとも、一介の【兵士】であるわたしが、あやつの首を取って参りましょう」