133.上級魔族、鑑定士を暗殺しようして失敗
鑑定士アインが、第6精霊を仲間にし、新たな力を手に入れてから数日後。
魔界。
魔王城の会議室にて。
「「「…………」」」
魔公爵たちが、会議室に集結している。
だが彼らの表情は、みな暗い。
すでに6人もの上級魔族が、アインの手によって撃破されたからだ。
「どうしたの、みんな? 顔色が優れないけれど。ちゃんと眠れている?」
上座に座るエキドナが、静かに微笑みながら言う。
だが魔公爵たちは、全員がうつむいて、震えていた。
アインの強さは、この場に半数も仲間たちがいないことが、何よりも証明している。
次、誰がアインのもとへ行かされるのか……?
全員が気が気でなかった。
なぜなら、出動=死であるから。
「すでに半分も仲間たちが殺されてしまった。私はとても悲しいわ」
ふぅ、とエキドナが吐息をもらす。
「もうこれ以上の余計な犠牲を出すわけにはいかないわね」
ほっ、と魔公爵全員が吐息をついた……そのときだ。
「じゃあ【カゲロウ】。次はあなたに行ってもらおうかしら」
「はぁ!?」
がたっ、と魔公爵の1人、【暗闇】のカゲロウが驚愕の表情を浮かべる。
トンボのような外見の魔族だ。
「な、なぜ拙者が!?」
「あなた、闇夜に紛れて相手を殺すことが得意でしょう? アインを闇討ちしてきなさい」
「し、しかし!」
すっ……とエキドナの目が細められる。
路傍の石を見るような、冷たい目だ。
カゲロウは悟った。
ここで断れば、今この場で殺される。
アインの元へ行っても死ぬ。
断ればエキドナに殺される。
いずれにしろ死ぬのであれば……。
「わ、わかりました! アインの暗殺、このカゲロウが承りました!」
涙目になりながら、カゲロウが宣言する。
「朗報を、待っているわね」
「は、はい!」
カゲロウは立ち上がり、急ぎ足で出て行こうとする。
……だが、当然ながらアインと戦う意思はなかった。
戦っても負けることは確定だ。
さすがに6人殺されれば、魔公爵たちは対アイン用に色々と戦略を練る。
しかし先日のシャチ・ハタとの戦闘データから導き出された答え。
禁術を手にしたアインには、もはや誰1人として、敵わないと言うこと。
ならば……最良な手段は、2つに1つ。
コキュートスのように裏切るか。
それとも、戦いへ赴くフリをして、逃亡を図るか。
前者がもっともよいと思われた。
「ああ、そうそうカゲロウ」
エキドナが微笑んで言う。
「今、私【懲罰部隊】って私設の部隊作ったの」
「ちょうばつ……ぶたい?」
「ええ。主に裏切り者を殺すための、特殊な部隊よ」
ドクンッ! とカゲロウの心臓が、体に悪い跳ねかたをした。
「まああなたには関係ないことでしょうけど、万一裏切り者が出た場合は……懲罰部隊のメンバーたちが、地の果てまで追いかけて殺すわ」
……暗に、エキドナは裏切るなと言っているのだ。
なぜか知らないが、エキドナはカゲロウの裏切りを予期していたようだ。
その場にいた、5人の上級魔族たちの表情が暗くなる。
みなも、この場からの裏切りかを考えていたのだろう。
「では、カゲロウ、行ってらっしゃい」
ややあって。
深夜。
魔界を出たカゲロウは、エルフ国の都市【ギ・ヴ】までやってきていた。
「嫌だ嫌だ死にたくない、死にたくない……」
ブルブルと震える。
これから会いに行く先で待っているのは、【死】という概念そのものだ。
敵対すれば即死。
それが、上級魔族たちの共通認識だ。
「やるしかない……ここで裏切ればエキドナ様に殺されてしまう……必死で、やるしかない!」
カゲロウの表情には、いっさいの余裕がなくなった。
ただそこにあるのは、アインを殺すという、純粋なる殺意。
「落ち着け。ヤツの能力は目に依存している。白鯨戦でそれが証明されている!」
アインは白鯨の出す濃霧に、苦戦していた。
結局のところ、アインの弱点は、能力が視力依存ということ。
「やるぞ! 【強奪・光】!」
その瞬間……。
カゲロウを中心とし、周囲にあった光が、全て消えた。
これまでのデータで、アインに何か能力をかけると、ことごとくを打ち破られてきた。
ならば逆に、アインの周囲、つまり環境に対して能力を賭けてみたらどうか?
「おれの能力は、周囲にある光を奪い、完全なる闇を作り出す!」
生物は光がなければ、何も見ることができない。
カゲロウの能力は、闇の結界を張るマックスガメの能力とは違い、純粋に光を奪って闇を自然に作り出すもの。
「これで勝てるのか……いや! 勝つんだ! 絶対に勝つ! そういう意気込みで行かないとだめなんだ!」
カゲロウは決死の覚悟で、アインの元へ急行する。
敵は闇に目が慣れていないだろう。
しかしカゲロウは五感に優れる。
目が見えずとも音や匂いなどで、周辺の情報をキャッチしているのだ。
ややあって。
カゲロウは、アインのいるであろう、エルフ国の王城へとやってきた。
完璧なる闇のなか、窓を開けて、部屋の中に入り込む。
アインはベッドで眠っている。
カゲロウは懐からナイフを取り出す。
暗殺者の彼にとっては、音もなく相手に近づくことなど、造作でもない。
今の彼は眠っている。
しかも周りは完全なる闇。
カゲロウはアインの元へ行き、ナイフを振り上げ、そして振り下ろした。
パリィイイイイイイイイイイイイイン!
「なっ!? おれのナイフが!」
カゲロウのナイフが宙を舞う。
「ば、バカな!?」
アインが立ち上がる。
その手には剣が握られていた。
「ヤツは完全に眠っていたはず……いやどうでもいい!」
しゃきっ、と新たなナイフを取り出す。
「依然として貴様が不利な状況にほかならぬ! 死ねぇ!」
アインに近づこうとした、そのときだった。
パシッ……!
「う、腕を掴んだだとぉ!?」
カゲロウは驚愕した。
禁術オーラで防御するならまだしも、その腕を掴むなど、見えていないとできない芸当だ。
「バカな! 何も見えてないはずなのに!」
「見えてるよ」
ぽぅ……っと、彼の左目が輝く。
その目は、冬の日のように澄んだ青色をしている。
「俺の【浄眼】は、生体反応を察知する。暗闇に紛れようが、関係ない」
「そ、そんなぁ……」
カゲロウは絶望した。
「おまえ……ふざけんなよ……タダでさえ強いくせに、闇討ちすら効かないなんて……バケモノ過ぎるだろ……」
もはや命乞いすらしなかった。
この後の運命なんて、火を見るよりも明らかだからだ。
ゴォオオオオオオオオオオオオオ!
彼の体から、禁術オーラが噴き出す。
その圧倒的なまでの闘気量を見て、カゲロウは死を大人しく受け入れた。
ズバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
次元すら引き裂く、アインの一撃を受け、カゲロウは即死したのだった。