128.鑑定士、禁術をマスターし最強となる
エルフ国の国王から感謝された、数時間後。
俺は、真っ白い、だだっぴろい空間のなかにいた。
「ここは、どこだ?」
「わしの作った魔道具【時王の城】のなかじゃ」
俺のとなりには、世界樹の守り手、幼女賢者のウルスラがいる。
「ここは別次元になっておってな。時の流れがとまる。また大賢者以外の立ち入りを許さぬ」
ウルスラは収納の魔法紋から、ソファセットを取り出す。
「エルフ国王は、おまえの弟なんだよな?」
「そうだ。あのはなたれ小僧が、あんなに大きく立派になりよって」
ふふっ、とウルスラが微笑む。
「なんで死んだことになってるんだよ。おまえは生きてるじゃないか」
「……いいや、わしは一度死んでいるのじゃ」
ウルスラは静かに語る。
「白鯨戦の前に、わしは女神から啓示を受けた。世界樹の守り手として、選ばれたと」
「……それがなんで死ぬ必要があったんだよ」
「世界樹の場所を完璧に秘匿するためには、その世界での存在を消す必要があったのじゃよ」
なんてことのないように、ウルスラが語る。
だが表情から、苦悩がにじみ出ていた。
「幼い頃の弟は可愛いヤツでな、いつも姉さん姉さんって後から付いてきて……」
「生きてるって教えるのは、ダメなのか? おまえはもう地上に来てるんだからさ」
「……ダメという規則はない。しかし……」
さみしそうにウルスラが笑う。
「何世紀もさみしい思いをさせてしまった。今更……どんな顔をしてあの子に会いに行けば良いのか、わからぬよ」
「ユーリにそのこと隠したのは?」
「あの子は特別優しい子だからな。自分のせいで、わしを死なせてしまったと、気に病ませたくなかったのじゃよ」
だからこうしてユーリには内緒で、ウルスラ以外立ち入れない場所へとやってきたのか。
「俺には言って良いのか?」
「……おぬしは特別じゃ」
ウルスラは立ち上がると、俺の隣に座る。
俺の肩に、頭を乗せてくる。
「……アイン。弟にも、娘にも、このことは黙っててくれ。頼むよ」
ウルスラの肩は震えていた。
俺は彼女の頭をなでる。
「……わかった。おまえがそう言うなら」
「うん。ありがとう……」
彼女が微笑を浮かべる。
だがその目に流れた涙を見ると、心が痛んだ。
なんとかしてやりたいが……。
「さて、帰るかの。ええっと……脱出方法は……」
ピシッ! とウルスラが固まる。
「どうした?」
「……すまぬ。出られなくなった」
「は? どういうことだ」
ウルスラが申し訳なさそうに頭を下げる。
「この時王の城は、わし以外の人物が何らかの手段を用いてここへ入ったときは、外部との通路が途絶える」
「え? つまり……出れない?」
「ああ。おぬしが死ねばまた通路が開く」
「マジかよ……。一緒に入ったじゃないか。出れないのか?」
「すまない……。正確には【大賢者以外が脱出不可能】な術式だったのじゃ。この道具のなかに誰かと入ったのはこれが初めてじゃったので、忘れておった」
なんてこった。
「こうなったら……最終手段だ。おぬしに【禁術】をマスターしてもらうほかない」
「きんじゅつ?」
ウルスラがうなずく。
「簡単に言えば、闘気と魔力を複合させた、超必殺技、とでも言うのか」
賢者は右手と左手に、それぞれ魔力と闘気を出現させる。
「おまえ、闘気が使えたのか?」
「まあな。そして左右の魔力と闘気を、合成させる」
ウルスラが胸の前で、ふたつの手を合わせる。
ゴォオオオオオオオオオオオオ!!!
凄まじい力の波動が、ウルスラから立ち上る。
「闘気には万物を強化する性質がある。闘気で魔力を強化させた。理屈で言えばこんなところじゃ」
「二つを合わせる。そんな単純なことで、こんな莫大な力が手に入るのか」
「言うは易し。しかし実際には、繊細な魔力操作と闘気操作を同時に行い、なおかつ寸分違わず同じ量の闘気と魔力を自分の体に注ぐ必要がある」
常人は闘気を操作するだけで手一杯なところを、魔力も同時に操るなんて。
「普通ならできぬ。が……おぬしには【闘気操作】の能力と【神眼】がある」
ウルスラが軽く手を振る。
ズォ……!!!
突如として、何もない空間に、小さな穴が空いた。
「なんだこの穴……?」
覗いてみると、そこには外の世界が広がっていた。
「禁術は強力じゃ。次元すら切り裂く」
「おまえが切り裂けば良いんじゃないか?」
「わしの力ではこの程度の裂け目しか作れぬ。しかしわしを凌駕する才能の持ち主の、おぬしならできる」
「……わかった。禁術のやり方を教えてくれ」
かくして俺は、ウルスラから禁術を教わることになった。
「理屈としては単純だ。等量の魔力と闘気を、左右の手のひらに作り、それを合成させ自分のなかに取り込む」
俺は右手に魔力。
左手に闘気を集中させる。
そして手のひらの前で、くっつける……
「く、くっつかん」
「魔力と闘気はそれぞれ特殊な【波長】を出しておる。ふたつの波長が完璧に合うタイミングでしか合成できぬのじゃ。神眼で刹那を見極めよ」
俺は両目に意識を集中させる。
すると確かに、魔力闘気から、波のようなものを感じ取れた。
等量の魔力と闘気を維持しつつ、いつ合うかわからないタイミングを待つのは……結構キツい。
……ややあって。
「よし、二つ合わせるところまでできたぞ」
俺の手のひらで、凄まじいエネルギーの波動を感じる。
「後はこれを体内に取り込むだけなんだろ?」
「ああ。……じゃが、気をつけろ。それは極大魔法よりも莫大なエネルギーを秘めている。一歩間違えば、体が再生不可能なほど粉々に吹っ飛ぶぞ」
「そうか。一歩間違えば使用者が死ぬ。だから、教えてくれなかったんだな?」
「……ああ。できることなら教えたくなかった。おぬしは、わしの大事な人だから」
「そうか……ありがとう。けど、問題ない」
俺は意を決して、合成したエネルギーを、慎重に、動かす。
合成したからと言って、魔力・闘気の配合バランスがくるったら爆発する。
間違えば死ぬというプレッシャーをはねのけ、俺はそのエネルギーの塊を、自分のなかに取り込んだ。
その瞬間……。
ゴォオオオオオオオオオオオオオ!
俺の体から、凄まじい量のエネルギーが湧き出てきた。
「今じゃ!」
俺は精霊の剣を取り出す。
……わかる。どこを切ればいいのかが、わかる。
俺の目には、時間の裂け目というか、【弱点】のようなものがハッキリ見えた。
ズバァアアアアアアアアアアアアン!
剣を振り下ろすと、特大サイズの裂け目ができた。
「脱出じゃ!」
俺はウルスラとともに、次元の裂け目から外に出る。
「成功した……のか?」
「ああ。さすがじゃアイン。わしが長い年月かけて会得した禁術を、こんな短期間でマスターするとはな」