126.鑑定士、白鯨を倒す
エルフ国への航海中。
深夜。
アリスが未来予知で、俺たちの乗る船を襲う、モンスターの気配を察知した。
俺は甲板に出る。
「あら、アイン様。どうしたのですか?」
エルフ姫【グレイシア】が、俺に話しかけてきた。
俺は【飛翔】能力で空に浮く。
「ちょっと出てくる」
俺はウルスラにルートを鑑定してもらい、敵の場所まで飛んでいく。
しばらく飛んでいくと、周囲に白い霧が発生する。
『【白鯨】。巨大な鯨のモンスターじゃ。ランクはSS。霧に紛れて襲ってくるから気をつけるのじゃ』
周りが真っ白で、なにも見えない。
『4時の方向から白鯨がやってきて、おぬしを飲み込もうとするぞ』
俺は闘気で身体強化しておく。
通常ならこの霧のなか、敵に気づけず、白鯨の腹に収まるだろう。
パシッ……!
白鯨のデカい上顎を、俺は片手で押さえる。
ーーォオオオオオオオオオ!
腹の底から響き渡る、白鯨の鳴き声。
「マジでデカいな」
敵の口は、王城のホールよりもなお大きかった。
片手で白鯨の上顎を押さえ、逆の手に精霊の剣を出現させる。
闘気で剣を強化し、一閃させる。
ズバンッ……!
白鯨の上顎を切断する。
ーーォオオオオオオオオオオオ!
敵は痛いのか、悲鳴を上げる。
そのまま横に真っ二つにしようと思ったそのときだ。
『アインよ。白鯨は風のブレスを放ってくるぞ』
びょぉおおおおおおおおおおお!
喉の奥から突風が吹く。
俺は風にあおられ宙を舞う。
飛翔能力を発動させ、空中で体制を整える。
「霧が濃くて敵が見えないな……まあ、問題ないが。アリス、クルシュ」
千里眼で上空から周囲を見渡し、虚無で一気に霧を吹き飛ばす。
ーーォオオオオオオオオオ!
そこにいたのは、巨大な一角の角を持った、白い鯨だ。
「上顎が復活してるな」
『再生能力を持つようじゃな。アインよ、敵は突進してくるぞ』
白鯨がその長く鋭い角を俺に向けると、凄まじい速さで泳いでくる。
俺は闘気で身体能力を強化。
ウルスラの言うタイミングで、白鯨の角に手を伸ばす。
パシッ……!
ーーォオオオオオオオオオ!
白鯨からの一撃を、俺は素手で止めていた。
白鯨は俺から逃げようとする。
だがやつは微動だにしない。
俺が手で押さえているからだ。
「これで仕舞いだな」
空いている手に、精霊の剣を出現させる。
闘気を込めた一撃を、至近距離で放つ。
ズバァアアアアアアアアアアアアアン!
白鯨は縦に真っ二つになる。
白目をむくと、そのまま重力に従って倒れる。
ざっばぁあああああああああん!
「ふぅ……」
『まだじゃ。やつは生きておる。再生して2匹に分裂するそうじゃ』
「だが動かないぞ?」
真っ二つの死体は、海にぷかぷか浮いているだけだ。
『死んだふりをしてるようじゃ。知性があるみたいじゃな』
ぶしゅうぅうううううううう!
白鯨の死体から、濃霧が吹き出る。
霧に隠れ、そして今度は2体で同時に攻撃してくるのか。
『アインよ。3時と9時の方向から、同時に角攻撃じゃ』
俺は飛翔能力でその場から飛び上がる。
スカッ!
ーーォオオオオオオオオオ! ォオオオオオオオオオ!
敵は攻撃が当たらなかったことに、腹でも立てているのだろう。
俺は空中から、剣による一撃を、それぞれに食らわせる。
ズバンッ! ズバンッ!
白鯨2体の胴体をぶった切る。
だがまだ濃霧は消えていなかった。
「まだ生きてるのか?」
『しかも2体から4体に増えておるな』
破片からでも再生可能。
しかも倒すたびに増えると。
『アインよ。虚無で完全に消し飛ばすしかないぞ。しかしこの濃霧では、視界に捕らえて消すことは不可能。どうする?』
「問題ない」
俺は4体の白鯨たちに、闘気による斬撃を喰らわせる。
ズバンッ! ズバンッ! ズバンッ! ズバンッ! ズバンッ!
斬られた白鯨は、今度は8匹に増えた。
『アインよ。このままではいたずらに数を増やすだけだ』
「大丈夫だ。見てくれ」
俺は白鯨の1匹を指さす。
「あいつら、増えるたびに小さくなってる」
最初見たときは、島かと錯覚するほどの巨体だった白鯨。
しかし今はその半分の半分、その半分くらいになっている。
「つまり元となる肉体を分割して数を増やしているだけだ。白鯨まるごとが倍になっているわけじゃない」
俺は精霊の剣に闘気をまとわせ、上空から白鯨たちをみじん切りにする。
スパパパパパパパパパパパパパッ!
白鯨は斬られるたびに、どんどんと小さく、そして数が増えていく。
やがて白鯨たちは、魚と同程度の大きさまでに縮んだ。
「黒姫。結界で白鯨たちを閉じ込めてくれ」
俺は球体状の結界をいくつも作る。
海上に散らばっていた小魚たちを、1匹ずつ結界のなかに閉じ込める。
ボシュッ……!
結界ごと、虚無の邪眼で、消し飛ばした。
『さすがじゃな、アインよ。結界で閉じ込めるために大きさを小さくし、虚無でまるごと消すとは』
あの巨体をまるごと閉じ込めておくことは、難しいからな(結界は大きく張ればそれだけ強度が下がるのだ)。
「さて、帰るか」
俺は飛翔能力を使い、グレイシアたちの乗る船へと戻った。
甲板に着陸する。
ぽかーん……とした表情の、グレイシアがいた。
「なんだ、まだ起きていたのか? 夜更かしはよくないぞ」
俺はあくび混じりに、船室に戻ろうとした、そのときだ。
ハシッ……!
グレイシアが、俺の腕を引っ張ったのだ。
「あ、アイン様? さ、さっきあなたが相手したのは……もしや【白鯨】ではないですか?」
恐る恐る、グレイシアが尋ねてくる。
「ああ、そうだな」
「し、しかも倒しませんでした?」
「ああ、倒したな」
目を大きくむいて、グレイシアが口を手で押さえる。
「すごい……さすがです、アイン様!」
「? なにがだ?」
グレイシアは俺の手を握って、ぶんぶんと縦に振る。
「白鯨は古来より、エルフ国近海に生息してきたモンスターです。霧に紛れて商船を襲い、毎年凄まじい数の被害が出ていたのです」
「そうだったのか。大変だったな」
「ええ! 国が総出で討伐隊を組んでも、冒険者に依頼しても、倒せないでいた。いわば祖国の天敵! それを、あなた様がたおしてくださったのです!」
キラキラとした目を、グレイシアが俺に向けてくる。
「ありがとうございます、アイン様! なんとお礼を言って良いやら……」
「いや、別に。当然のことしただけだし」
グレイシアは感極まった表情で、俺に抱きついてきた。
「さすがですアイン様! 強いだけでなくその謙虚な姿勢! 本当に素晴らしい御方です!」
「ど、どうも……」
「お父様……我が国の国王陛下もさぞお喜びになられるでしょう! 帰ったら早速ご報告です!」