123.鑑定士、エルフ姫から護衛を依頼される
俺が海で、シー・サーペントを撃破した、数時間後。
王都。
ジャスパーの屋敷。
玄関にて。
「アイン、さん。おかえり、なさぁい♡」
金髪の美少女ユーリが、笑顔で俺の元へと駆け寄ってくる。
「ハッ……!」
ユーリが俺の前に止まると、半目で俺を見やる。
「ど、なた、ですか?」
俺のとなりにいた女性が、にこやかに言う。
「初めまして。私は【グレイシア】。【ミネルヴァ】の姉です」
グレイシアは薄桃色の長い髪に、同じ色のドレスを身に纏っている。
真っ白な肌は芸術品のようだ。
そして目を引くのは、その大きな胸。
デカいのだが、張りがあって、上を向いている。
「お、ねーさん、でしたかっ。はじめ、まして。ユーリ、です」
ユーリはペコッと頭を下げる。
「妹から話は聞いています。ミネルヴァと仲良くしてくれて、どうもありがとう」
ニコッ、とグレイシアが笑みを浮かべる。
……この人、本当にあのエルフ姫の姉なんだろうか。
「グレイシア、さん……なに、しに、ここに?」
「妹を、ミネルヴァを迎えに来たのですよ」
ミネルヴァは先日、獣人国で助けたエルフの姫のことだ。
彼女は呪いを受けており、治すために、海を渡って来たらしい。
治った後もしばらくジャスパーの屋敷に滞在していたのだ。
「アイン様、妹はどちらに?」
「まだ寝てるんじゃないか?」
ピクッ、とグレイシアのこめかみが動く。
「……寝ている。もう、お昼ですよね?」
笑顔を絶やさぬまま、静かな声音でグレイシアが言う。
「みーちゃん、夜明け、まで起きて、お昼まで、寝てます」
ピクッ。ピクピクッ。
「……へえ、そうですか。ユーリさん、妹のところへ連れて行ってください」
グレイシアに気圧されたユーリは、俺の後ろに回る。
俺たちはミネルヴァの部屋へと向かう。
「……なんですか、この散らかり放題の部屋は」
部屋の床一面に、洋服が散らばっている。
読みかけの本や飲みかけのカップが散乱していた。
メイドのミラが片付けようとしてはいた。
だがミネルヴァは獣人であるミラの立ち入りを許さなかった。
結果、この荒れ放題の部屋が完成したのだ。
「……許せません」
ずんずん、とグレイシアがベッドに近づく。
眠る妹の耳を、グレイシアが引っ張る。
「痛い痛い痛い! 無礼者! 寝込みを襲うとは万死に値するぞ!」
「こら! 【ミニー】!」
「なっ! 姉上!?」
ミネルヴァが目を見開く。
「ど、どうしてわらわが、ここにいると……?」
「あなたの部下が、祖国にフクロウ便を届けてくれたのです」
ミネルヴァの護衛もジャスパーの屋敷に逗留しているのだ。
「あなたの無事を聞いて、お父様はたいそうお喜び、そして私にあなたを迎えに行くよう命じられました」
「そ、そうだったのか……。うむ、ま、まあわらわのためにご苦労であったな」
ビキッ! とグレイシアの額に青筋が浮かぶ。
ごちんっ!
姉が妹の頭に、げんこつを落としたのだ。
「目上の人に何ですかその態度!」
「痛いではないか! 何をするのだ!」
ごちんっ!
「いったぁ~~~~~い!」
ミネルヴァが頭を抑えて、その場でうなっている。
「なんですこの部屋は。アイン様に借りている身で、こんなに散らかして!」
「わらわは悪くない。部屋を片付けぬ使用人が悪い」
ごちんっ!
「自らの失態を他人のせいにするなと、なんど注意すれば気が済むのですか!」
「殴ることないであろうが……!」
「お黙り! 部屋を片付けなさい!」
しぶしぶと、ミネルヴァが落ちている服を手に取っていく。
どうやら力関係は、グレイシアの方が上らしい。
あの偉そうなミネルヴァを、完璧に圧倒していた。
ややあって。
ミネルヴァの部屋は、完全にキレイになっていた。
「ありがとな、ミラ」
俺の背後には、黒髪長身の、獣人メイド【ミラ】が立っている。
あまりに掃除が進まなかったので、ミラに救援を要求したのだ。
テーブルを挟んで、俺とユーリ、ミネルヴァとグレイシアが座る。
「ありがとう、ミラさん。この紅茶もとてもおいしいです」
ティーカップを手に、グレイシアがにこやかに言う。
「恐縮でございます」
「姉上。こんな獣に礼など不要……いったぁああああああい!」
グレイシアがミネルヴァの頭にげんこつを落としていた。
「本当に、ごめんなさいアイン様。愚妹があなたに、とてもご迷惑をかけてしまって……」
彼女はカップを置いて、深々と頭を下げる。
「別に迷惑なんて思ってないさ。子供だからしょうがないって」
「さすがアイン様です。腕も立つし、心も広いのですね。素晴らしい御方です」
ふふっ、とグレイシアが微笑む。
じろっ、とミネルヴァが姉をにらみ付ける。
「アインはわらわのものだぞ。手を出すようならたとえ姉であっても許さぬからな」
グレイシアはすました顔で言う。
「アイン様は別にあなたの物でもなんでもないのですよ。どうしてあなたに許しを請う必要があって?」
「ダメだ! 許さぬぞ! アインはわらわのものだ!」
ふぅ、と姉が悩ましげにため息をつく。
ユーリたちに比肩するほど、エルフたちは美人だった。
「むぅ~~~~~」
俺のとなりで、ユーリが頬をぷくっと膨らませる。
「どうした?」
「アイン、さん……人気者過ぎ、ます! もっと手加減、してください!」
手加減ってなんだよ……。
「まぁ。ユーリさんもアイン様のことを?」
「はいっ。とっても、とっても、です!」
「なるほど。これは強敵出現ですね。ユーリさんとってもおきれいですから、勝てる自信がありません」
「そ、そんな……グレイシア、さん、きれいだし……自信、ないよぅ」
しゅーん、とユーリが肩を落とす。
「ユーリさん、お互い頑張りましょう。恋する乙女として」
「うん! グレイシア、さん!」
「呼び捨てで良いわ」
「じゃ、あ、わたしも! 呼び捨てで!」
なんだか知らないが、ユーリとグレイシアは、すっかり打ち解けているようだった。
「ところでアイン様。ひとつ、お願いがあるのです」
グレイシアが俺をまっすぐ見て言う。
「実は祖国アネモスギーヴまで、私たちを護衛していただけないでしょうか?」
「ミネルヴァたちの、護衛?」
「ご存じの通り、私たちの故郷は、海を渡っていかなければなりません。しかし海にはモンスターが出現します。最近は海域で古竜も確認できていますし」
「古竜もか。そりゃ厄介だな」
「ええ、ここ数日で状況が一変し、このままでは祖国に帰れぬかもしれません」
一般人にとっては古竜は難敵だ。
近衛騎士たちは王国から出ていけないし、冒険者たちでは太刀打ちできない。
「アイン、さん……」
「わかった。その依頼、引き受けるよ」
「ありがとうございます、お二人とも。ほら、ミニー、あなたも感謝なさい」
「ふん! わらわの手助けをできること、光栄に思うが……いったぁああああい!」