121.鑑定士、騎士たちから英雄と認められる
数日後。
王城の庭にて。
王国騎士たちが、俺の前に整然と並んでいる。
「全員、アイン近衛騎士団長に、敬礼!」
俺のとなりに立つ女騎士エイレーンが、声を張る。
一糸乱れぬ動きで、騎士たちが同じポーズを取る。
「エイレーン。今日はどうしたんだ?」
「うむ! 皆があなたに感謝を述べたいと言っていてな! ご足労いただいたのだ!」
エイレーンは俺の前に立つと、バッ……! と頭を下げる。
「アイン様! このたびの上級魔族襲撃の件、ありがとうございました!」
彼女は頭を下げたまま言う。
「あなたが私たちを鍛えてくれたから! 私たちは愛するこの国を救うことができました! 本当に、ありがとうございました!」
「「「ありがとうございました!」」」
彼らの顔には深い感謝の念が浮かんでいた。
頑張った甲斐があったなと、俺は達成感を覚えた。
「ありがとな。けど今この国が平和なのは、おまえたちが頑張って守ったからだよ。俺はその手伝いをちょっとしたに過ぎない」
エイレーンは頭を上げて、力強くうなずく。
「さすがアイン様だ! 全てあなた様がいてくれたおかげだというのに、手柄を独り占めにしようとしない。謙虚な御方だ!」
くるっ、とエイレーンが振り返り、騎士たちに言う。
「みな! アイン様のような素晴らしい騎士となるよう、より一層訓練に励もうじゃないか!」
「「「はいっ!」」」
騎士たち全員が、俺にキラキラとした目を向けてくる。
『さすがじゃな、アインよ。たった数ヶ月で、騎士たちからの全幅の信頼を獲得するとはな』
そう言えば最初の頃は、俺に不信感を持った騎士が結構いたっけ。
騎士団強化を開始してから、数ヶ月たってたのか……。
「ユーリ、ごめんな。隠しダンジョン探索、後回しにして」
『あやまら、ないで。アイン、さん』
ユーリが優しい声音で言う。
『魔族、から、この国、守ること。アインさんにしか、できない。とっても、大事な、お仕事、です』
「けど……」
『アインさん、は、すべきこと、しました。とっても、とっても、立派、です!』
どうやらユーリは、俺を許してくれるようだ。
「アイン様!」
エイレーンが俺の手をがしっと掴む。
「本当にありがとう! やはりあなた様は素晴らしい人だった!」
にかっ! と真っ白な歯を見せてエイレーンが笑う。
「エイレーン。頼みたいことがあるんだ」
「なんでしょう! 何でも言ってくれ!」
「騎士団の指揮を、おまえに任せたい。俺はしなくちゃいけないことがあるんだ」
本来の俺の目的は、命の恩人であるユーリを、各地に散らばっている家族の元につれていくことだ。
騎士たちは十分に強くなった。
俺が不在時に魔族がやってきても、余裕で対処できるくらいまで成長したのだ。
ならもう、俺がここに長く留まっている理由はない。
すると近くで俺たちの会話を聞いていた騎士たちが、絶望の表情を浮かべる。
「アイン様、騎士団やめちゃうんですか!?」
「アイン様! やめないでぇえええ!」
騎士たちが悲痛なる叫び声を上げる。
泣き出すやつらも現れる。
「やめないよ。ただ指揮権をエイレーンに任せたいってだけ」
「「「なんだ! 良かったぁ~……」」」
「もっとも、おまえらは全員、普通に強くなったし、俺なんていらないだろうけどさ」
「「「何言ってるんですか!」」」
騎士のみんなが怒っていた。
「アイン団長がいなかったら、今頃王都は壊滅してました!」
「アイン様が俺たちを鍛えてくれなかったら、魔族に立ち向かえなかったです!」
「あなたがいてくださったおかげで、私たちは明日からも、国民を守る任務に邁進できるのです!」
バッ……! と騎士たちがいっせいに頭を下げる。
エイレーンが俺の前にひざまずく。
「このエイレーン、あなたが不在の間、しかと騎士団をまとめて見せます! あなたはあなたのなすべきことをしてくださってかまいません! ですが!」
にかっ! と真夏の太陽のような、からっと乾いた笑みを、エイレーンが俺に向ける。
「たまにで良いので、ここに顔を出してください! みなあなたの帰りを、【英雄騎士】の帰りをずっとずっと待ってますから!」
「英雄……騎士?」
なんだか聞いたことのない単語だった。
「アイン団長のことです」
メガネっ娘のパメラが俺に近づいてくる。
その手には【翡翠の外套】が握られていた。
「強さと優しさを持って、弱い人々を守る。そんなアイン団長は、私たち騎士たちのあこがれの存在……つまり、英雄なんです」
「うむ! 英雄の騎士、すなわち【英雄騎士アイン・レーシック】の爆誕だな!」
パメラがニコニコしながら、俺に立派なマントを着せてくる。
「これは【英雄騎士】の称号を持つ者に送られる特別な外套です」
「これはすごい物なのだぞ! マントを授与される条件は、この国の平和に寄与し、なおかつ騎士たち全員から認められることだからな!」
つまり、俺は騎士のみんなに、認められたってことか。
「さすがアイン団長!」
「英雄騎士のマント、めっちゃにあってます!」
近衛騎士たちが、マント姿の俺を褒めてくれる。
「ありがとな。これ、大事に使うよ」
俺が笑うと、エイレーンが強くうなずく。
「よし! 我らが英雄騎士の門出だ! みなのもの、胴上げだっ!」
「「「応ッ!」」」
エイレーンが俺の肩を掴む。
「え、ちょっと!?」
「そーら!」
謎の怪力を発揮し、エイレーンが俺を、騎士たちのもとへ投げる。
彼らは俺を受け止め、持ち上げる。
「英雄騎士アイン・レーシック、ばんざーい!」
「「「ばんざーい!」」」
ワァアアアアアアアアアアアアア!
俺は万雷の拍手を受けながら、騎士たちに運ばれていく。
ややあって、俺は庭の出入り口までやって、下ろしてもらった。
「みな! 我らが騎士の英雄、アイン・レーシック様に、最上級の感謝を込め……敬礼!」
バッ……!
一糸乱れぬ彼らの敬礼に、俺もまた敬礼で帰す。
「さよなら団長!」「お元気でー!」
……まあ、別にこれで終わりではない。
そもそもレーシック近衛騎士団団長の肩書きを固辞したわけじゃないからな。
「さて……と。ユーリ」
金髪の美少女が、俺のとなりに顕現する。
「残る家族はあと4人。ちゃんと、全員に会わせてやるからな」
ユーリは花が咲いたような笑みを浮かべると、俺に抱きついてくる。
そして、俺の額にキスをした。
「アイン、さん♡ やさしくて、本当に……だいすきっ♡」
彼女の笑顔を見るたびに、俺はどうしてか幸せな気分になるのだ。
その理由は、わからない。
けれど、これだけは言える。
もっともっと、彼女を幸せにしたい。
俺を救ってくれた、優しい彼女に、恩返しがしたい。
結局俺の思いは、最初から変わらないのだ。
この先何が待ち受けるかはわからないけれど。
俺は、変わらぬこの思い胸に歩み続けようと、そう思うのだった。