120.鑑定士、シェリアを救う
鑑定士アインによって、上級魔族イオアナが撃破された半月後。
魔王城の、地下深くにエキドナはいた。
だだっ広いホールの奥には、巨大な樹があった。
それは、ユーリたちの本体と同じ、【世界樹】だ。
その幹には、赤い宝珠が埋め込まれていた。
周囲に【くぼみ】があり、そのうち2つにはすでに宝珠が埋まっている。
エキドナは胸の谷間から、新しい宝珠を取り出し、くぼみにはめる。
ドクンッ……!
世界樹が強く脈動する。
「これで3つ。……再始動の時は近いわ、ミクトラン」
エキドナは恋する乙女のような表情で、世界樹の幹を撫でる。
「【器】の準備も上々。あなたがこの地に再臨するのは、もはや夢じゃないところまで来ているわ」
と、そのときだ。
「へぇ、魔王城の地下にあったんだね、【隠しダンジョン】」
入り口には、赤髪の魔族イオアナが立っていた。
「……出て行きなさい。ここは誰も踏み入れてはいけない神聖な場所なのよ」
エキドナはパチンッ……! と指を鳴らす。
「へぇあ!?」
イオアナの体はバラバラになり、首だけになっていた。
エキドナが冷たい目でイオアナを見下ろす。
ガンッ……!
エキドナはイオアナの頭を踏みつける。
ぐりぐり、ぐりぐり……。
「私言ったわよね? 今回はシェリアに任せると」
エキドナがその目を、イオアナに向ける。
目が輝く。すると……。
「うぎゃぁあああああああああ!」
イオアナが突如、苦しみだしたのだ。
「痛い痛い痛い脳が焼けるぁあ゛ああああああああああああ!!!!!」
エキドナは目を輝かせながら、イオアナを見下ろす。
「愚かな子。自分がアインより強くなったと錯覚して、突っ込んで自滅するなんて」
「アアががが! ぐっぎゃぎっ! ぎゃぁアァアアアアアアアア!」
エキドナの瞳術によって、イオアナは地獄の炎にあぶられている罪人のように、もだえ苦しんでいた。
「別にあなたが負けたことを責めているのではないのよ? ただ……」
エキドナの目が、より一層輝く。
「~~~~~~~~~~~~!!!!」
イオアナは、声にならない悲鳴を上げていた。
白目をむき、口から泡を吹いている。
「私の命令に背いて、勝手に動いたことを怒っているの。わかった?」
イオアナは、瀕死の状態で、こくり……と弱々しくうなずいた。
「そう。良い子」
エキドナの目の色が、元通りになる。
「カハッ……! はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
イオアナは瀕死だった。
耳の穴と目からは血がダラダラと流れている。
神経という神経が焼き切れていた。
「早く体を再生し、次に備えなさい。良い働きを期待してるわ」
エキドナはイオアナの頭部を拾い上げ、パチンッ! と指を鳴らす。
次の瞬間には、イオアナの頭部は、魔王城の近くの森に転がっていた。
「アイン……アインアインアインぅうううううううう!」
イオアナの目には、ハッキリとした憎しみが浮かんでいた。
「殺す! 次こそはおまえをぶっ殺してやる! 覚悟しておけよぉおおおおおおお!」
イオアナは、より一層の憎しみと殺意を宿したのだった。
☆
俺がイオアナを討伐してから、半月ほどが経過した。
王城。
いつもの応接室にて。
俺の正面には、国王のジョルノが座っている。
「アイン君、今回も本当に世話になった。心から感謝するよ」
ついさっきも、国の代表たる国王から感謝の意を伝えられたばかりだ。
今このオフィシャルではない場でも頭を下げられると、感謝が過剰すぎる気がする。
「君がいなかったら上級魔族たちを退けることはできなかった。ありがとう」
「そんな何度も頭下げなくて良いですって。俺は当然のことをしただけですし」
「さすがだなアイン君。本当に君は謙虚な男よ」
満足そうに国王がうなずく。
「壊れた王城の復興を手伝ってくれてありがとう。おかげでもうすっかり元通りだよ」
シェリア戦で王城は半壊した。
それを治しているのは、俺の【召喚】スキルで出したモンスターたち、そして【偏在】による俺の分身体だ。
彼らは休まず働けるので、通常ではありえない速度で、壊れた城の修復作業は進んでいるようだ。
「ケガした君の部下も、君の治癒能力で元通り。さて、表面上では、誰1人、何一つ傷ついていないことになるが、ひとつ処遇を決めねばならぬことがあるな」
俺の背後に立っていた【彼女】が、すっ、と前に出る。
「シェリア。具合はどうだ?」
「お心遣い、ありがとうございます、陛下」
「しかし魔族の再生能力は、凄まじいな。粉々になっても、この通り完全に回復するとは」
シェリアは魔族化したままだ。
再生能力を使っても、彼女が人間に戻ることも、そして……左目も戻らなかった。
赤い宝玉が収まっていた左目は空洞のままなので、眼帯をはめてそれを隠している。
「さて……シェリアよ。君に罰を言い与える」
すっ……と国王が厳しい目つきで、シェリアを見やる。
「どんな罰でも、甘んじて受け入れます」
シェリアは深々と頭を下げ、判決を待つ。
「君は【シェリー】と改名し、騎士としてゼロから鍛え直すのだ」
「……え?」
シェリアは頭を上げる。
「ど、どういうことですか……? 部下を傷つけ、城を壊し、国王陛下の命を脅かそうとしたんですよ? 終身刑が妥当では……?」
頭に疑問符を浮かべるシェリアに、俺が言う。
「それをした【シェリア】という人間の騎士はもういない。今この場にいるのはシェリーだ」
俺は事前に、国王にシェリアの罪を軽くしてもらえないかと頼み込んだ。
今までの俺の功績。
そして彼女が、例の【ダークエルフ】に心を操られていたこと。
結果、シェリアは【シェリー】として一から出直すことで、無罪放免となった。
「アイン君の頼みとあれば、こちらとしては君をどうにもできぬ。なにせ彼はこの国の超重要人物だからな」
「陛下……この未熟者の私を、許してくれるのですか……?」
国王は優しく微笑んでうなずく。
「またゼロから学びなさい。より強い力を身につけて、再び私を守ってくれ」
バッ……! とシェリア、否、シェリーが国王に敬礼をする。
「アイン……いや、アイン様……」
シェリーは俺の前に跪き深々と頭を下げる。
「命を救ってくださり、ありがとうございます。この御恩、一生忘れません」
「気にすんな。頑張れよ」
シェリーは晴れ晴れとした表情で、力強くうなずいたのだった。