12.鑑定士、精霊と餞別をもらう
死熊を撃破した俺は、賢者ウルスラから、訓練終了を言い渡された。
話はその1時間後。世界樹の根本にて。
ウルスラが沈んだ表情で、俺の元へとやってくる。
「おい小僧。泣いて喜べ。ユーリから貴様にプレゼントがある」
ウルスラの手には、美しい、翡翠の宝玉が握られていた。
「これは世界樹の精霊核、残りすべてじゃ」
「精霊核って……俺の義眼に使っているやつか?」
「そうだ。これを使って新しい義眼を作ってやる」
じつに嫌そうに、ウルスラが言う。
「いや……ありがたいけど、それってユーリの力の源なんだろ? ただでさえ1割俺に分けてもらっているのに、残り全部もなんてもらえないよ」
するとウルスラが俺をにらみ付ける。
「勘違いするでない。あくまで貸すだけじゃ。貴様が死んだら精霊核がこの地に戻ってくるようまじないをかけている」
そんなこともできるのか、賢者って。
「ありがとうな、ユーリ。力貸してくれて」
おそらくこの優しい娘は、俺が危ないモンスターの徘徊する死地を行くことを、気に病んでくれたのだろう。
だから、力を貸してくれる気になったと。
「……あう」
ユーリが恥ずかしそうにもじもじする。
「移植手術をする。目を閉じよ」
俺は言われたとおりにする。
ぽわ……っと暗闇の中に、翡翠の光が輝いた。
「移植完了じゃ」
俺は目を開く。
「別に、あんまり変わらないような」
「時間がたてば進化した精霊の義眼……いや、【精霊神の義眼】の素晴らしい性能に感謝の涙を流すだろうよ」
「精霊神の義眼……か。サンキューなユーリ。って、ユーリ?」
辺りを見回すが、あの美少女はいなかった。
「はい……♡」
すると、俺の左目がポワッ……と翡翠色に輝く。
目から出たその光は、やがて1人の少女へと変化した。
「今おまえどっから出てきたんだ?」
「あなた、の……目の中から、です♡」
何を言ってるんだこの子は……?
「喜べ小僧。ユーリが貴様についてきてくれるそうだ」
こくこく、と彼女がうなずく。
「わたし、回復……できます! わたし、いれば、世界樹の雫……使い放題! お役、立ちまくり!」
ふすふす、とユーリが鼻息荒く言う。
「貴様の義眼には、ユーリの精霊核全てが移植されている。つまりおぬしの目は、世界樹と同じ。よってユーリは貴様の目に宿ることができるというわけじゃ」
「は、はあ……で、でもおまえはいいのか?」
ビキッ! とウルスラの額に青筋が浮かぶ。
「いいわけないじゃろうがこのクソたわけが!」
ウルスラが鬼の形相で俺をにらみ付ける。
「本当のことを言えば、わしは大事な娘を、どこの馬の骨とも知らぬ人間にあずけたくないわ!」
「じゃ、じゃあなんでついていかせようってしてるんだよ……?」
するとウルスラが、ふんっ、とそっぽを向いて言う。
「ユーリが、かわいそうだからだ」
「かわいそうだから……?」
「ああ……。この子は、生まれたときよりこの地にずっと、わしとふたりぼっちじゃ。友達は誰一人おらぬでな。いつもさみしがっておった」
ウルスラはユーリの頭を撫でる。
「外から来るやからはロクデモナイやつらばかりじゃった。ユーリが世界樹とわかるとすぐに、葉をむしり、枝を折り……この子が不憫で仕方なかった」
しかし、とウルスラは俺を見上げる。
「非常に不愉快なことに、貴様はそうしなかった。そして非常に遺憾なことながら、ユーリは貴様を気に入った」
ふっ……と淡くウルスラが微笑む。
「貴様にならこの子をあずけてやれると思った。貴様は阿呆だが善人の魂を持っておるからな。……その目でユーリに、広い世界を見せてやってくれ。」
この口の悪い幼女は、見た目は幼いけど、中身は立派なお母さんなんだな……。
「わかった。あんたの大事な娘さん、俺にあずからせてくれ」
俺はウルスラにハッキリとそういった。
ふぅ……とウルスラは小さく吐息をつく。
「けど世界樹の精霊核を全部ぬいたら、木は枯れるんじゃないか?」
「何のための守り手だと思っておる。木に魔法をかけ、枯れるのを防ぐくらい造作も無いわ」
なるほど……じゃあ心置きなく、ユーリは俺についてくることができる、ということか。
「ユーリを任せてやる。そのかわり……誰かに精霊核を取られたら、承知せぬからな」
「ぜ、善処します……」
「善処では困るのじゃ! まったく……心配じゃ。おい小僧、餞別をくれてやる。手を出せ」
俺はウルスラに右手を出す。
ウルスラは、指先に魔法の光をともす。
彼女の指が、俺の手の甲の上で動く。
それは、何か模様を描いているようだ。
「貴様の手に【無限収納】の魔法を付与した」
「むげんしゅうのう……?」
「その名の通り物体を無限に収納できる魔法の紋章じゃ。ほれ」
ウルスラが、俺に木刀を差し出す。
俺は木刀を手に取る。
すると……紋章が光り、木刀が消えた。
「どこいったんだ?」
「その紋章の中に収納された。こうやって貴様が触れ、念じれば物体を中に制限無く取り込める」
「すげえなこれ……」
俺はしげしげと、ウルスラに書いてもらった紋章を見やる。
「それから……おい、しゃがめ」
「こうか?」
サクッ!
「いってぇえええええええええええ!」
「か、回復し、ます!」
ユーリが雫で、俺の右目のあとを治癒してくれた。
ウルスラの野郎、右目を剣でえぐりとりやがった!
というか、その手はいつの間にか、立派な剣を持っていた。
刀身が翡翠色。
それを白金の鞘にしまう。
「これはユーリが材料を提供し、わしがこしらえた精霊の剣じゃ」
ユーリの……つまり、世界樹の枝や葉っぱから作られているのだろうか。
「な、なんで目潰したんだよ……?」
「これを貴様にくれてやるためじゃ」
そう言って、ウルスラが何かを取り出す。
金色の宝玉だった。
「これを飲め」
俺は言われたとおり、宝玉を飲み込む。
すると……右の視界が正常になる。
「これはわしが直々に作った【賢者の石】じゃ。これは賢者の意識とリンクする、通信機のようなものでな。わしといつでも会話できるようになる」
「ええっと……つまり?」
「貴様がユーリと過剰に仲良くせぬよう、監視するために、わしと24時間つながれるようにしておいたぞ」
「や、やりづれえ……」
まあでも考えようだ。
いつでもこの知識豊富な賢者様に相談できるようになったと考えれば……な。
「他にも食料など脱出に最低限必要なグッズを用意しておいた。すべて収納しておけ」
でんっ! とウルスラのとなりにテントやら寝袋やらが置かれる。
「勘違いするな。すべてユーリのためじゃ。貴様はおまけじゃ」
ともあれ、俺は賢者から数多くの贈り物をもらった。
・精霊神の義眼(左目)
・賢者の石(右目)
・無限収納の紋章
・精霊の剣
・世界樹の精霊ユーリ
かくして、俺は地上を目指し、出発するのだった。