110.シェリア、鑑定士の闇討ちを試みて失敗
鑑定士アインが【赤の剣】を引き連れて、隠しダンジョンに行った、数日後。
夜。
医務室にて。
元・【赤の剣】騎士団長シェリアは、鎧に着替えていた。
「着替え終わったかしら?」
医務室のベッドのカーテンが開かれると、そこにはメガネをかけたエルフ女【エドナ】がいた。
「もう体は平気?」
「ああ。おかげですっかり良くなった。ありがとう、エドナ」
シェリアは、エドナにすっかり気を許していた。
「いえいえ。ところで傷は完治したけれど、これからどうするの?」
「あの鑑定士に、再戦を挑む」
シェリアの目では、もうあのアインへの復讐の炎が燃えていた。
「そう、けど大丈夫? あの鑑定士はとても強いわ。真正面から挑んでも、また負けるのが関の山だとは思わなくて?」
「それは……そうだが」
シェリアがうつむく。
「ねえシェリア。……あの鑑定士の、寝込みを襲うのはどうかしら?」
エドナはシェリアの耳元に口を近づけて、ささやくように言う。
「そんなことできるか! 夜襲など騎士道に反する! やるならば正々堂々と! この剣で!」
「そう……。けど断言できるけど、また負けるわよ。闘気をまとったあの子に生身で挑むのは、自殺行為だわ」
「しかし……!」
「騎士道精神、大いに結構。けれど、忘れてしまったの?」
するり、とエドナがシェリアの頬を撫でる。
その大きな目に、ジッ……と見つめられていると、頭がぼーっとしてくる。
「あのアインのせいで、愛する国王陛下に、無様な姿をさらしてしまったのよ」
「アインの……せいで……」
エドナの瞳を見ていると、彼女の発言が、世界の真理のように思えてくる。
「アインが、憎いでしょう? 殺したいわね?」
「にくい……殺したい……」
「なら真正面から挑むなんてバカなマネはやめて、眠っているところを襲いなさい」
エドナが微笑むと、シェリアの背後に回って、背中を押す。
ハッ……! とシェリアは、夢から覚めたような気分がした。
「都合の良いことに、今は深夜。今日アインは騎士団の寮に泊まっているはずよ。部屋の場所と鍵はこれ」
エドナはポケットから、鍵とメモ用紙を取り出し、シェリアに手渡す。
シェリアの目には強い憎しみがこもっていた。
「そうだ……アイツのせいで国王陛下から見限られた。あいつが騎士団に現れなければ! 私の地位は盤石だった!」
アインへの復讐心は、いつの間にか殺意に変わっていた。
「いってらっしゃい。応援しているわ」
シェリアは頭を下げると、医務室を後にする。
深夜。
誰もいない廊下を、早足で歩く。
「アイン……アインアインアイン……!」
その目には狂気の光が宿っていた。
ややあって。
「来た……ここが騎士団寮。ここにアインが……」
寮の入り口で、ぶつぶつと、シェリアがつぶやく。
「殺す……殺してやる……」
腰の剣を抜き、寮に入ろうとした、そのときだ。
「シェリア団長……?」
誰かに声をかけられ、ハッ……! と声のした方を見やる。
「おまえは……パメラ?」
【赤の剣】の団員、女騎士のパメラだった。
「どうしたのですか? こんな夜更けに?」
パメラがシェリアに近づいてくる。
「おまえこそ何をしていた?」
「わたしは自主練を。アイン団長に練習メニューを教えてもらったのでそれで……」
ビキッ! とシェリアの額に、青筋が浮かぶ。
「貴様……パメラ。今、なんと言った?」
今のシェリアは激昂状態にある。
少しの刺激で、感情が爆発してしまうのだ。
「あの男を……団長と呼ぶなぁあああ!」
シェリアは手に持った剣で、パメラに斬りかかる。
「ひっ……!」
パメラは恐怖の表情を浮かべる。
スカッ……!
その場で尻餅付いたおかげで、シェリアからの一撃を、運良くかわすことができた。
「団長は私だぁあ! あの男を団長と呼ぶなぁ!」
シェリアは狂気の表情を浮かべ、剣振る。
パメラは剣を手にして抵抗しようとするが、シェリアがその手を切りつける。
「痛っ!」
「おまえもアインがいいのか!? あの男を慕うおまえも敵だぁ! 死ねぇええ!」
シェリアがパメラめがけて、剣を振り下ろそうとした、そのときだ。
ガキィイイイイイイイイイイイン!
「あ、アイン団長!」
いつの間にか、あの憎たらしい男、アイン・レーシックがいた。
シェリアの一撃を、アインは自分の剣で防御したのだ。
「好都合だ! ここで死ねぇえ!」
シェリアはぐぐっ、と力を込める。
彼女の方がアインよりも体格が良い。
このまま押し切ろうとしたのだ、彼の体が黄金に輝く。
彼は闘気で身体強化すると、そのまま、剣を振り抜いた。
ばきぃいいいいいいいいいいい!
「ぐあぁあああああああああ!」
シェリアの体は、勢いよく吹き飛び、そのまま無様に地面に転がった。
「アイン団長! こわかった! こわかったよぉ!」
パメラがアインに抱きついて、わんわんと涙を流す。
アインはすかさず、魔法か何かを使って、パメラの傷ついた手を治療した。
「アイン……また貴様か……どうして私の邪魔ばかりするんだ……?」
ゆらり、とシェリアが立ち上がる。
「おまえが、ウチの大事な部下を傷つける未来が見えた。だから抵抗させてもらった」
「貴様が……その女を! 部下と言うな! そいつは私の部下だ!」
だっ……! とシェリアが剣を構えて、アインに向かって走り出す。
「私が赤の剣のリーダーだ! 貴様は出て行け! 私が……団長だぁあああ!」
アインに向かって斬りかかった……そのときだ。
「もうやめてください!」
パメラが、シェリアの前に立ち塞がる。
「どけ最弱騎士のカスが! 死にたいのならばここで死ねぇえええええ!」
シェリアが、パメラめがけて、剣を振るった……そのときだ。
パメラがキッ、とにらみつけると、剣の腹で、シェリアの剣を、弾いたのだ。
パリィイイイイイイイイイイイイイン!
シェリアはそのまま吹っ飛び、寮の壁に、激突した。
体から力が抜け……ずるり……とその場に崩れ落ちる。
「ば、ばかな……あんな、落ちこぼれの騎士が……攻撃反射なんて、高等なテクニックを……使えるわけが……」
「アイン団長に教わったんです! 彼はあなたと違って、優しくいろんなことを教えてくれました!」
パメラがシェリアの前に立ち、剣先を突きつける。
「アイン団長は素晴らしい御方です! わたしたちの敬愛すべき団長を傷つけるなら、容赦しませんよ、シェリア元団長!」
落第生だと思っていた相手に負け、しかも自分でなくアインを団長と認定された。
それが、シェリアのプライドをズタズタに傷つけた。
「今回のことは国王陛下にきちんと報告させてもらいます! 処罰は逃れられないと覚悟してくださいね!」
パメラの強いまなざしに気圧され、シェリアは、気を失ったのだった。