108.鑑定士、ウルスラとデートする
王国騎士団の団長に就任してから、数週間後。
俺は、ウルスラとともに、王都に来ていた。
午後。
王都にある、オシャレなカフェにて。
外の席に、俺たちは座っている。
「…………うう」
眼前に座るウルスラは、顔を赤らめて、もじもじとしている。
「どうしたんだ、ウルスラ?」
「こ、このスカート、少し短すぎないか? わしに、こんな若者の服は似合わないだろうに……」
いつもウルスラは、学者風のゆったりとした服しか来ていない。
だが今日はシャツにミニスカートと、年相応の可愛らしい格好をしている。
「そんなことないよ。似合ってるって」
「そ、そう……か……。なら……うん、良いかな」
ふふっ、とウルスラが微笑む。
「しかしユーリたちも変だよな。俺はみんなに、普段世話になってるからケーキ奢るって言ったのに……」
「……気を遣ってくれたのだろう。まったく、孝行娘め」
ややあって、給仕が注文を取りに来た。
「俺はコーヒーで。ウルスラはどうする?」
じーっ、とウルスラが熱心にメニューを見ている。
ぽた……と涎を垂らしていた。
「わしも………………コーヒーで良い」
「えっと……ショートケーキとチョコレートケーキください」
給仕は頭を下げ、その場を去る。
「か、勝手に選ぶでない。わしは別に、ケーキなど……」
「その割にめちゃくちゃ食べたそうにしたじゃんか」
「ううううるさいわ!」
ほどなくして、給仕がケーキを持って、俺たちの元へとやってくる。
「ほわぁ~~~~~♡」
ウルスラは目を子供のように輝かせ、テーブルの上のケーキを見やる。
彼女の尖った耳が、ピコピコと動いて、それが可愛らしかった。
「涎でてるぞ」
「う、うるひゃい!」
噛んでいらした。そこまで動揺する?
「ほら、ケーキ食べてくれ。ここは俺のおごりだ」
「ふっ、ふん! まあ別に? ケーキなど? 興味ないが、まあおぬしがどうしても食えというのなら、食べることもやぶさかではないかな!」
「はいはい。どうかお食べください」
ウルスラはフォークを手に取ると、ショートケーキの端をすくい、パクッと口に含む。
「~~~~~~~♪」
彼女のエルフ耳が、ピコピコピコ! と激しく上下に動いた。
「なんという……冒涜的な甘さ……♡ 生クリームの甘み、ふわふわのスポンジ……そして、何よりこのイチゴの酸味がたまらぬ……♡」
はぐはぐ! むしゃむしゃ! もぐもぐ!
ウルスラの口に、クリームがついていた。
俺は苦笑し、テーブルの上の紙ナプキンを手に取る。
「ほら、口にクリーム付いてるぞ」
ん……とウルスラが目を閉じて、俺に口を近づけてくる。
本当に美人だよなぁ。
精霊たちはみな絶世の美少女だらけだが、ウルスラだって負けず劣らずの美少女だ。
俺は口元を拭い終える。
「すまんな、手間かけさせて」
「なに言ってるんだよ。いつも世話になってるんだから、これくらいして当然だ」
「そうか……。おぬしは本当に……良いヤツじゃな。ユーリのムコにふさわしいな。……うん」
「また変なことを……って、どうした? 顔暗いけど」
「……別に」
ウルスラは目を伏せてつぶやく。
その顔は……なんだろうか、とても切なそうな顔だった。
元気がないのは、良くないな。
「すみませーん。追加の注文お願いします」
俺は給仕を呼ぶ。
「ここからここまでのケーキ、全部ください」
「かしこまりました。少々お待ちください」
給仕が引っ込み、そしてすぐに、カートを押しながら戻ってきた。
「ほわぁ♡ ケーキの宝石箱じゃぁ~~~♡」
色とりどりのケーキを見て、ウルスラが子供のようにはしゃぐ。
給仕はカートを残して去って行く。
「ほら、ウルスラ。これ食って元気出してくれよ」
トングでケーキを取り、皿にのせて、ウルスラに出す。
「よ、良いのかっ? これ全部……わしが食ってもよいのかっ?」
目をキラキラさせ、耳を蜂のように羽ばたかせながら、ウルスラが尋ねる。
「おうよ。まあ、さすがに全部は無理だろうけど」
「わかった! ありがとう!」
がつがつ! むしゃむしゃ!
ばくばく! もぐもぐ!
「うまい! うまいのじゃー!」
がががっ! むしゃむしゃむしゃ!
ばくばくばくばく……!
……そして、カートの上から、ケーキが全て消失した。
「はぁ~……♡ 至福~……♡」
ウルスラは夢見心地の表情で、お腹をさすっていた。
「良かった、元気になったみたいでさ」
「わしは……別に落ち込んでおらぬよ」
「そうか? それなら良かった。おまえの満足そうな顔も見れたし」
ウルスラはジッ、と俺の目を見やる。
「どうした?」
「……おぬしが食ってないだろうが」
「俺は良いよ」
「よくない。給仕よ! ショートケーキを2つ!」
ウルスラが呼び止めると、すぐに給仕はケーキを用意して、俺たちのテーブルに置いた。
「ほれ、食べるが良い」
「いいって。そんな腹減ってないんだよ。おまえが食ってくれ」
「そうか。……なら」
ウルスラは顔を赤くすると、フォークでショートケーキを一口すくう。
それを、俺に向けてきた。
「ほ、ほれ……あ、あーん」
「は? う、ウルスラさん? どうしたんすか?」
「ぜ、全部は食えぬとはいえ、一口くらいなら食えるじゃろう?」
「いやそうだけど……」
「それとも……わしのケーキは、食ってくれぬのか?」
さみしそうな表情で、ウルスラが俺に言う。
ずるい。そんな顔されたら、断れないじゃないか。
「いや、いただく……よ」
「そ、そうか! ほ、ほれ……あ、あーん!」
ウルスラが顔を真っ赤にして、ぷるぷると手を震わせながら、俺にフォークを向けてくる。
「「「…………」」」
周囲の視線が俺に刺さる。
は、恥ずかしい……。
「どうしたのじゃ……? 早く、せぬか……」
「あ、ああ……。あーん……」
俺は一口だけ食べる。
「ど、どうじゃ……? うまいだろう?」
「あ、ああ……」
正直気恥ずかしすぎて、味がよくわからなかった。
「な、なにを恥ずかしがっておるのじゃ……?」
「いや、周りからの視線がさ……」
「ふ、ふんっ。良いではないか。こっ、ここここ恋人もこの喫茶店にはた、たたたくさんいるしな! なにもふ、不自然なことはないじゃろう!」
すると……。
「あの子ちっちゃくて可愛い~♡」
「自分のお兄さんにあーんてしてたわ~♡」
「ほほえましい兄妹ね~♡」
……その瞬間、ウルスラの表情が死んだ。
「ふっ……ふふ……兄妹……か」
「う、ウルスラ……? 落ち込むなって……」
「……そうだね-。わし、見た目幼いもんねー。胸、ぺったんこだしー」
なんだか知らんが、ウルスラが酷く落ち込んでいた。
「えっと……その、きゅ、給仕さん! おかわりを! 追加のケーキをください!」
……その後先ほどと同じ数のケーキを食べると、ウルスラの機嫌は回復したのだった。