107.シェリア、国王から団長の座を剥奪される
鑑定士アインとの決闘から、数日後。
シェリアは、医務室にて目を覚ました。
「あら、気がついた?」
ベッドから体を起こす。
隣を見やると、【メガネ】をかけた【エルフ】がいた。
非常に美しい女性だった。
その容姿は【この世の物とは思えなかった】。
「わたしはエキ……【エドナ】よ。この間からここで医者として働いているわ。よろしくね」
エドナは微笑んで、シェリアに手を伸ばす。
その手をシェリアは無視する。
「私はなぜここにいる?」
「アインとの戦いに負けたあなたは、ひとりで医務室までやってきたの。そのまま今日まで気を失っていたわ」
ギリッ、とシェリアは歯がみする。
「負けてもしょうがないわ。だって相手は強かったんですもの」
「私は負けてなどいない!」
シェリアはベッドから降り、医務室から出ようとする。
「どこへ行くの?」
「アインのもとだ! 再戦を申し込む! 今度こそ勝つ!」
「そう。アインは訓練場にいるわ。【赤の剣】のみんなに稽古をつけてるそうよ」
シェリアはドアを乱暴に開け、その場を後にする。
「私が敗北を認めぬ限り負けたことにならないのだ!」
シェリアは急ぎ足で、訓練場へと向かう。
廊下を抜け、訓練場の観客席へとやってきた。
グラウンドでは、アインの前に、【赤の剣】のメンバーがそろっている。
「今日は組み手だ。全員、闘気武器は持っているな」
「「「はいっ!」」」
団員たちの手は、アインの用意した、闘気が付与された武器があった。
「愚か者どもめ! あんな得体の知らぬ武器を簡単に手に取るとは! これは説教だ!」
彼らに近づこうとした、そのときだ。
ガギィイイイイイイイイイイイン!
武器同士がぶつかり合い、その衝撃波で、シェリアは後に吹き飛んだ。
「な、なんだ……今のは?」
シェリアは起き上がって、グラウンドを見下ろす。
「せやぁあああああああ!」
「せいっ!」
ががっ! がきいんっ!
騎士たちが、凄まじい速さで、剣を打ち合っていた。
がきんっ! がッ……!
キンキンキンキンキンキン!
「な、なんだあれは? 動きが、まるで別人ではないか……?」
団員が剣を打ち合うたび、突風が吹く。
剣の速度はすさまじく、シェリアの目で追えない。
また団員たちは疾風となって、グラウンドを自在に駆け回っていた。
「ど、どうなっている? いったい、なにが起きたんだ?」
と、そのときだった。
「どうだ、シェリア。彼らの動き、数日前とは比べものにならないだろう?」
「こ、国王陛下!」
隣には、いつの間にかジョルノ国王が立っていた。
「シェリア。体の具合はどうだ?」
「ハッ! 万全でございます!」
「そうか。まあ、じっくり体を休めよ」
「いえ! 大丈夫です! 私は今日からでも【赤の剣】に復帰可能です!」
「いや、その必要は無い」
「えっ? ど、どういうことですか?」
国王の目は【いつもと違った、別人のよう】だった。
「赤の剣は、アインに一任する」
「そ、そんな! どうしてです!?」
国王に詰め寄る。
「君も見ただろう、団員たちの成長っぷりを。彼が団長に就任されてから、戦力は大幅に増強された」
「し、しかし! あんな! 得体の知らないやつ! 果たして本当に使って良いものでしょうか!」
「ほう、シェリアよ。この国王が認めた男を、否定するというのか?」
「め、めっそうもございません!」
シェリアは慌てて頭を下げる。
「ただ! あの男は元平民の下級職です! そんなものに王国騎士団長という責任ある仕事がつとまるはずがございません!」
「そうか? 部下たちの顔を見てごらん?」
シェリアはグラウンドを見やる。
「団長! わたしの動き、どうでしたかっ?」
団員が、アインに笑顔でかけよる。
「ああ、身体強化がよくできていたぞ」
「やったー! ありがとうございます!」
「団長! おれの剣みてください!」
「ちょっとどいてよ! 次はアタシが稽古つけてもらうんだから!」
アインの周りに、団員たちが集まる。
「その前に休憩な」
「「「えー?」」」
「無理して体壊されたら困るんだよ。ほら、休憩だ」
「「「はーい!」」」
彼らはみな笑顔で、アインの命令に素直に従う。
「…………」
「彼らの目を見れば、明白だろう。どちらが騎士団長にふさわしいか」
国王は笑っていた。
「彼は君のように部下たちに厳しい訓練を強要しない。そして何より強い。だから団員からの信頼も厚い」
「そんな……」
「彼は最高の人材だ。騎士団長を彼に任せて、本当に良かった」
じわ……っとシェリアの目に涙が浮かぶ。
「国王陛下は……私よりも、彼の方がいいのですか?」
シェリアは国王の肩を掴んで、必死になって訴える。
「あなたのためにこの身をささげた私より、アインが良いのですか!?」
すると国王は、実に楽しそうに笑う。
「ああ。私は、君なんかよりも、アイン君のほうが好きだな」
頭を、強い力で殴られたような衝撃を受けた。
シェリアは茫然自失のていで、その場に尻餅をつく。
「シェリア。君はアイン君の部下として働くのだ」
国王からの命令を聞いたシェリアは、ショックを受け、……彼女は失神した。
ややあって。
「…………」
「あら、目覚めた?」
気付くとシェリアは、医務室にいた。
ベッドに座って、呆然としている。
「ここまで私が運んだのよ。コーヒー飲む?」
女医エドナが実に楽しそうに笑いながら、シェリアの隣に座る。
その手に持ったマグカップを、シェリアに差し出す。
「……いらん」
「そう言わず。飲んだら落ち着くわ」
「いらないと言っただろう!!」
シェリアはエドナの手を振り払う。
熱々のコーヒーが、シェリアの手にかかる。
「あらあら、大丈夫?」
エドナはすぐに、治癒魔法を、シェリアに施してくれた。
「す、すまない……」
「いいえ、気にしないで。まだ痛む?」
エドナがシェリアの手を握り、優しくさすってくれる。
なぜだろう、とても、心が落ち着いた。
「騎士団長、クビになったそうね」
ハッ、とシェリアはエドナを見やる。
「国王も、酷い人だわ。あなたは女の身でありながら、剣1本で、必死になって団をまとめ、この国を守ってきたのにね」
彼女の優しさが、シェリアの心に染み渡る。
「そうだ……どうして……? 私は……こんなに頑張ってるのに……」
ぽた、ぽたとシェリアの目から涙がこぼれ落ちる。
「あなたは十分頑張っている。みんなはアインにご執心だけど、私だけは、あなたのこと、わかっているわ」
「エドナ殿……私は、私はぁああああ!」
その後、シェリアはエドナの胸で子供のように泣き続けた。
やがて、疲れ果てて眠ってしまう。
……だから、気付かなかった。
「ほんと、単純で、愚かな女」
女医エドナの肌の色が変わり、そこに【エキドナ】がいたことに。