102.鑑定士、騎士団の強化を依頼される
氷巨象を討伐した、数日後。
ジャスパー経由で、また国王から招集命令が下った。
俺はいつもの通り、応接室へ通されたのだった。
「やぁ、アイン君。待たせてすまない」
国王陛下が、部屋に入ってくる。
「お久しぶりです陛下」
「もっと気安く接して良いのに。まったくアイン君は真面目だな。そこが君の美徳でもあるのだがね」
国王が俺の前に座る。
「アイン君。遠征お疲れ様だったね。君のおかげで我が国のイメージはうなぎ登りだよ」
ほくほく顔の国王。
俺に政治のことはよくわからないが、ジャスパー曰く【君のおかげで国はさらに潤った】とのこと。
「いや、別にたいしたことしてないですけど」
「あれだけの偉業をたいしたことが無いか。さすがだなアイン君。未来の息子よ」
本気なのか冗談で言ってるのかはさておき。
「今回君を呼び立てたのは他でもない。君への謝罪にお礼をするためだ」
国王は居住まいを正すと、深々と頭を下げる。
「先日は我が騎士団の命を窮地を救って、本当にありがとう」
先日の氷巨象の件を言ってるのだろう。
この件については後日正式に通達がいくとのこと。
「気にしないでください。俺の好きでやってることですので」
「本当に君は謙虚だな。強さと高潔さを持ち合わせる。英雄にふさわしい傑物だ」
うんうん、と国王が笑顔でうなずく。
べた褒めされて気恥ずかしかった。
「ところでアイン君。今回Sランクのモンスターが外をうろついていたのだが、何か原因に心当たりがないだろうか?」
氷巨象などSランクモンスターは、本来ダンジョン(しかも隠しダンジョン)に生息する。
それが、普通の山中に現れた。
これは異常事態だ。
「わかりません。ただこの間、獣人国で似たような事態に遭遇しました。そのときは、上級魔族が暗躍していました」
「なんとっ。まことであるか?」
俺はネログーマへの道中で出会ったことを報告した。
「ううむ……Sランクモンスターが外を徘徊。古竜リヴァイアサンが10体も。その全てが上級魔族の仕業だったと……」
「もちろん今回の敵も魔族が絡んでいる保証はどこにもありません。しかし備えておくべきかと」
「おぬしが作ってくれた防御結界だけでは不十分だろうか?」
「ええ。結局敵の侵攻を一時的に食い止めるだけですし」
国王が難しい顔になる。
「備え……か。確かに、今後魔族が絡んでくる可能性は高い。そうなったときおぬしに大きく負担をかけてしまう。それは申し訳がない」
「俺の体のこと、考えてくれるんですね」
「当たり前だ。君は、我が国の宝だからな」
ニカッと笑って国王が言う。
大事にしてもらえるのは光栄でもあるし、照れくさくもあった。
「とは言え、君しか魔族に対抗できない現状はいかんともしがたい。どうしたものか……」
と、そのときだった。
コンコン。
『失礼いたします。騎士団長のシェリアです。報告書を持って参りました』
「うむ、入れ」
ガチャンッ!
入ってきたのは、女騎士団長シェリアだった。
「貴様は! いつぞやの魔族!」
シェリアが俺を見るやいなや、腰の剣を抜こうとする。
「シェリア。彼に失礼だ。剣を納めよ」
「しかし!」
「納めよ。……良いな?」
ギリッ……とシェリアは歯がみすると、不承不承、剣を鞘に戻す。
「国王陛下。なぜ魔族がここにいるのですか?」
「シェリア。無礼であるぞ。彼はアイン・レーシック。我が国に暮らす人間の一人だ」
「ですがこいつは、我々王国騎士団の力を持ってして倒せなかった氷巨象を、単騎で、しかも容易く屠りました。異常な強さです。人間とは考えられません」
どうやらシェリアのなかで、俺を魔族と固く信じて疑わないようだった。
「それはおぬしが世界の広さ、そしてアインという英雄の強さを知らぬだけだ」
ぴくっ、とシェリアの柳眉が逆立つ。
「……それは、陛下は王国騎士団最強である私が、こんな男に劣ると、おっしゃりたいのですか?」
シェリアが俺に指を指す。
その目にはハッキリとした敵意が浮かんでいた。
「シェリア。優劣の話など私は一言もしてないぞ? どうしてそうなる?」
「……しかし陛下はこの男が私より強いとお思いになっておられるのですよね?」
「それは仕方の無いことだ。彼は特別なのだからな」
ギリ……っとシェリアが歯がみする。
「……陛下の寵愛を、こいつだけが」
俺を、射殺すばかりににらんできた。
シェリアは俺の前までやってくると、指を突きつけてくる。
「おいおまえ。私ともう一度勝負しろ」
「は? どうして?」
「黙れ。貴様に拒否権はない」
「……俺、無駄な戦いはしたくないんだけど」
シェリアの眉間に、深いしわが刻まれる。
『アインよ。攻撃が来るぞ』
俺はため息をつき、【虚無の邪眼】を発動させる。
「我が剣のさびにしてくれる!」
スカッ!
「なっ!? わ、私の剣が!? 消えただと!? ば、バカな!?」
シェリアが何度も自分の腰と、そして俺を見やる。
「もう良いか?」
「き、貴様ぁ! 面妖な術を使うとは! やはり魔族!」
『シェリアは拳で殴りかかってくるぞ。鎮圧するならこの女が会得してる技能【護身術】が有用じゃ。コピーしておいたぞ』
俺はうなずくと、【護身術】を発動。
シェリアの拳を手のひらで受け止めると、そのまま彼女の手を握り、関節技をキメる。
「バカな!? それは私の技能! なぜ貴様が使える!?」
「目が特別製なんだよ。それよりどうする? 続けるか?」
「くっ! 離せ! 離せぇ!」
ジタバタとシェリアが逃げようとする。
だがワザが完璧にはまっているからだろう。
彼女は身じろぎ一つできない。
「そこまでだ。シェリアを離してやってくれ」
ぱっ、と俺はシェリアの腕を放す。
『アインよ。この女諦めてないぞ』
「死ねぇええ!」
殴りかかってくるシェリアの拳を、俺は片手で軽く攻撃反射。
パリィイイイイイイイイイイイン!
彼女は勢いよく吹き飛び、部屋の壁に頭をぶつけて気絶した。
国王はすぐさま部下を呼び、シェリアの治療を命じて、退出させた。
「すみません、部下を傷つけてしまって」
「いや、良い。不可抗力だ。それにすまなかった、部下の不始末は私の責任だ」
「い、いや別に謝る必要ないっすよ。たいしたことなかったですし」
「そうか……。しかしこうもまざまざと、君の強さを見せつけられると不安になるな」
「不安って……なにがですか?」
国王は真剣な表情で言う。
「今はアイン君がいるから魔族と対抗できておる。しかし君がいなくなったら? もしくは君の不在時に上級魔族に襲われたら? 我が国はおしまいだ。そうならないために手を打つ必要がある」
国王は立ち上がり、俺の前で頭を下げる。
「アイン君。君に頼みがある。我が国の騎士団を、鍛えてくれないだろうか?」