100.鑑定士、獣人たちの英雄となる
ヤードックを完全撃破した、翌朝。
早朝。
俺たちはレーシック領へ帰るため、馬車に乗っていた。
「アイン。どうしてこのわらわが、こんな朝っぱらから貴様に付き合って……ふぁぁ~~…………」
馬車にはエルフ国の王女ミネルヴァも乗っている。
彼女は人間の国の港から、船でエルフ国に渡る手はずとなっている。
俺は途中まで、この子を送り届けることとなったのだ。
ミネルヴァはソファに横になると、ぐーっと寝息を立てだした。
「アイン、さん。どうして、こんな、朝早くに、帰るの?」
『まったくだよアイン。もう少しのんびりして帰れば良いのにね』
俺の足元で、巨大狼のフェルが、我が物顔で寝そべっている。
「やるべきことは終わったんだ。さっさと帰った方が良い」
Sランクがうろついていたのは、ヤードックのしわざだった。
やつはモンスターを使って、王都の水路に、魚人どもの卵をせっせと運んでいたのだ。
その卵は全部潰し、魚人も残らず処分した。
建物の損壊はゼロ。Sランクが徘徊することもない。
後顧の憂いは全て絶った。
「長居してると、またこの国に迷惑かけちまうしな」
『アインの言うとおりじゃ。また卑怯な魔族が国民を人質に取るやもしれぬ』
ややあって。
『ご主人様。出発の準備が調いました』
「ミラ、出してくれ」
御者台に座るミラが、馬車を動かす。
「なんか、夜逃げ、みたいです。ちょっと……さみしい」
「また落ち着いたら観光に来ようぜ」
俺がユーリの頭を撫でていた、そのときだ。
「「「アイン様ぁあーーーーーー!」」」
窓の外から、誰かが俺を呼んでいた。
窓を開けると、そこには……。
「アイン様!」「アイン様だぁ!」「アイン様ぁあああああああああ!」
凄まじい数の獣人たちが、窓外にいて、手を振っていた。
「アイン様ぁ! おれたちの国を守ってくれてありがとぉーーーーー!」
「魚人たちからわたしたちを守ってくださって、どうもありがとぉーーーーーー!」
「「「ありがとぉーーーー!」」」
ワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
獣人たちの喝采を受けて、俺は困惑する。
「な、なんでこいつら、昨日の騒動知ってるんだよ……」
俺はあくまで、フェルとエミリアに、住民の避難を頼んだだけだ。
その内容は伝えてない。
『僕が教えたからさっ!』
足元でフェルが、得意そうに鼻を鳴らす。
『理由もなく避難誘導なんてできないしね!』
「けどおまえ……別に俺が倒したって言わなくっても……」
『そりゃ無理さ! だって君が国と国民を守ってくれたことは事実じゃないか!』
フェルは俺の首根っこを掴むと、窓から出て、ひらり、と馬車の上に乗る。
俺はフェルの背中に乗っている。
「アイン様-! ありがとー!」
「我らが英雄様! 素敵ー!」
「おれ、おっきくなったらアイン様みたいな、英雄になるんだ!」
ワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
獣人たちが手を振るなか、馬車はゆっくりと道路を進んでいく。
「み、ミラ。もっとスピード出してくれよ……恥ずかしい……」
「それは不可能です。皆の期待に応えてこそ、英雄というものです」
ミラが笑顔を俺に向ける。
「さすがです、アイン様。ご覧ください、国民たちは皆、あなたをもう親善大使と見ておりません」
彼らの目はみんな、キラキラと輝いていた。
「アイン様は隣国の親善大使ではなく、獣人国を救ってくださった、英雄アイン・レーシックです。その名前は子々孫々にまで、長く語り継がれていくことでしょう」
「いや……大げさな……」
『安心しなよ! 僕がずぅっと、君の偉業を後の世に残し続けてあげるからさ! 感謝しなよね!』
そう言えば獣人たちに異様に愛される、宣伝隊長がいたっけここに……。
そんなふうに獣人たちのなかを進んでいく。
やがて、城壁へとたどり着いた……そのときだ。
ガラガラガラ…………ピタッ。
「ミラ? どうして馬車を止めるんだ?」
「アイン様。あちらに……」
ミラが指さす方に、獣人国女王エミリアがいたのだ。
フェルは飛び上がって、エミリアの元へ軽々と着地する。
「エミリア。なにしてるんだ、こんな朝っぱらに?」
「それはもちろん、我が国の英雄をお見送りにやって来たのよ」
俺はフェルから降りる。
国民たちは遠巻きに、俺たちの様子をうかがっていた。
エミリアは微笑むと、深々と頭を下げる。
「アインさん。ありがとう。この国の危機を救ってくださったこと、心から、感謝しています」
「「「アイン様! ありがとぉーーーーーーーーーーーー!!!!」」」
ワァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!
さっきの何倍も大きな歓声があがる。
俺は……正直戸惑うことしかできなかった。
「いや……俺だけが感謝されるのは筋違いなんだが……」
『アイン、さん』
いつの間にか、目の中に戻っていたユーリが言う。
『ありが、とー……』
ユーリは涙声だった。
『みんな、の、笑顔……まもってくれて。ほんとうに、ありが、とー♡』
「ユーリ……」
『わたし、あなたと一緒に外、でれて……良かった。優しいあなたが、わたしたちの、そばにいてくれ、て、良かった……』
『みな、同じ思いじゃアインよ。良いのじゃ、栄誉はおまえのものとして受け取ってくれ。わしらはこの声援が聞けただけで、満足じゃ』
俺は戸惑いつつも、しかしわかった、とうなずく。
「アインさん。もう出て行かれるのですか? あなたに感謝する宴を開くおつもりだったのに」
「気持ちだけ受け取っておくよ。俺は当然のことをしただけだ」
するとエミリアが、感嘆のため息をつく。
「さすがね、アイン君。その高潔な精神に、心から敬意を表します。ありがとう……」
エミリアは国民たちに向けて、声を張る。
「みんな! アイン様がお帰りになられるそうです! 惜しむ気持ちはわかりますが、彼らの旅路を、今は心から祝福しておくりだしましょう!」
ワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
その後、俺たちは馬車に乗り込む。
そして、国民たちが見守るなか、城壁をくぐりぬける。
「アイン様ぁ!」「また遊びに来てねぇ!」「次はもっともっとサービスするからなぁ!」
獣人たち全員が、城壁の外へ出てきて、笑顔で手を振る。
「我らが獣人たちの英雄に、ばんざーい!」
「「「ばんざーーーーーーーーい!」」」
ワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
いつまでも鳴り止まない歓声と拍手を聞きながら、俺たちはレーシック領へ向けて、旅立つ。
「アイン、さん。くーちゃんの、お父さん……王様の、ゆーとーり、でしたね」
隣に座るユーリが、ニコニコしながら言う。
「アイン、さんは、自覚無しで、偉業を達成するって♡」
『うむ、まったくじゃな。ほんと、あの国王は慧眼じゃなぁ』
……かくして、獣人国での騒動は、これにて終結したのだった。




