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5.始まりの人



「休日の早朝から押し掛けて、しかも事前に話もないとか……社会人としてどうなんですか?」


「すまない……」


「それにインターホン、顔近づけすぎです。私が出てなかったら不審者として通報されてもおかしくないですよ?もう少し考えて下さい」


「も、申し訳ない」


 とあるファミレスの席の一角。


 制服を着た少女に、作業着姿の男が頭を下げる。この光景は店員が見た十分前から変わっていない。

 最初こそ珍しい組み合わせだったこともあり、チラチラと視線を向けた彼ら。今ではなるべく視界に入れぬよう努力する始末である。






 荷所操下。


 この地域のゴミ収集を生業とする運転手だ。つなぎにも似た藍色の作業着をいつも身に付けていて、常時制服姿の黒咲にも『それしか持っていないのか』と言われた程だ。


『でもほら、髪は短く整えてるし、制服も毎日洗ったものを着てるから、不衛生ではないよ……?』


 当たり前だ。常識だ。一体何の反論をしている。不衛生だったら会うどころか、電話もメールも許していない。

 いつも縮こまっている癖に、変なところで自信ありげになる荷所。

 黒咲は彼のそんな所が嫌いだ。


『そ、そうだよな。すまない……』


 そしてほら、すぐに謝る。

 さっきまでの自信はどこに。少しは自分を通してみたらどうなんだ。

 コロコロと自分を曲げる。

 黒咲は彼のそんな所が嫌いだ。






「それで、結局何のご用ですか?早く話して下さい、私も暇じゃないんです」

 

 君が文句を言うから、言い出せなかったんだ。そんなことを訴えれば悪夢のサイクルが始まるだけ。彼女のオレンジジュースに浮かぶ氷も消えて失くなるだろう。

 

「あぁ、その、だね……」


 早く用件を述べないと、また何を言われるか分からない。そんなことは荷所も分かっている。

 しかし下手な発言は彼女の琴線に触れかねない……。

 重ねて厄介なのは、その琴線がどれだけ張り巡らしされているのか想像できないこと。


 つまりだ。


 荷所は就職面接時と比にならない緊張感と注意を払って、彼女と向き合わねばならないのである。


「その、まずは……本当にすまなかった」



 カラン。


 ジュースを掻き回していたストローが、止まった。



 ……残念。荷所は選択肢を間違えたようだ。



「何に対しての謝罪ですか?押し掛けたこと?不審者染みた行為のこと?


     ……ことはちゃんを轢いたことですか」

 

「……絶対に許されないことだって理解している。俺が、幼い少女の命を殺めてしまったことは」











      言ってしまった。









      もう、遅い。








  「殺さないでと言ったでしょう……!!」


 彼女が悲しむ。怒る。


「異世界に連れ去った、その原因になったあなたが!彼女の死を認めるなんて許されないでしょう!大体なぜあなたが"奴ら"の姿を、光景を見てないのですか……!?」

「……俺には、何も」

「他の人はどうでもいいんです。でもあなただけは、奴らを見るべきだった。知るべきだった!

 誰も彼も、どうして、私だけ……こんな……!!」


 

 どうして。


 本当にどうしてだろうと、荷所は思う。

 黒咲は、ことはちゃんの死を認めない。認めさせない。でもそれは決して現実逃避をしている訳じゃないと、彼は分かっていた。


 荷所は、彼女の言う異世界も奴らも見ていない。知らない。彼に残ったのは、少女を轢いたという残酷な事実だけだ。

 だけど、彼女は逃げていない。目を反らさずに、現実と事実と、そしてこの正しく普通な社会に立ち向かっていると分かっている。

 



 ことはちゃんのお母さんに叩かれ、赤くなった頬を隠さずに前を見続けた黒咲。泣きじゃくり鼻水を垂らしても、彼女は死んでいないと言い続けた黒咲。




 本当に、どうして……?

 





「……失言だった。すまない……落ち着いてもらえたかい……?」

「誰のせいで……!私は……っ、落ち着いて、います……でも……!」

「……」

「……用件は、何ですか」


 絞り出したその声。


 ありがたい話の振り方だった。

 早く済ませよう。彼女のために、自分のために。


「先日、あの事故現場に行ったんだ……自分への、戒めのためにも」

「……」


 彼女が荷所に対し否定的であるのは至極当然であるし、いつものことであるが、今日は特に感情的だ。どんな言葉も仕草も、油になりかねない。

 人の目も気にせず怒り散らすなんて、何かあったのかも……そう考えれば、荷所のすべき事は定まる。


 慎重に言葉を選ぶのだ。そして、端的に。

 彼女への配慮ではない。最早、自分の保身のため。


 心が、疲れる。


「そこで、ある記者に会った。女性の」

「……どんな人でした?」

「オカルト雑誌を書いていて、その資料集めと取材に来たと言っていたよ」

「……他のところにも……あれが初めてじゃなかったんだ……」


 彼女がジュースを口に含む。氷はいつの間にか失くなっていた。

 少し、余裕が出てきたのか……なんて油断は到底出来ないと、荷所は知っている。


「で、取材とやらには答えたんですか?いくら貰いました?」

「こ、答えていない!何も貰ってない!俺なんかが語っていい事じゃないし、それ位は弁えているよ……!

 それにその人は、君の思ってるような……そういうことで金儲けをする人には見えなかったんだ。純粋な事実を伝えているというか……そんな人がいるってことをぜひ君に会って知って欲しくて……!」


 黒咲は心の内で、大きく舌打ちした。

 前のめりになって力説するのも。それで唾が飛ぶのも。黒咲の不機嫌としか表せない表情を見ても喋り続けるのも。

 荷所の存在そのものに舌打ちをした。



 ……特にあの人に対する評価が同じなのが、本当に、ね。



 彼が言う記者は、十中八九あの女性記者だ。間違いない。

 適当な服に、適当な髪。そして適当な対応。その癖して事実から目を背けない、今までの普通の人とは全く違う人。


 よりによって、こんな人にすら理解されるなんて……!


 花を置かれて。

 変な記者に会って。

 ことねちゃんのお母さんが来て。

 この人に"また"、殺されて……!


「なんなのよ、もう……」

「黒咲さん?」

「……私、疲れてるんです。言いたいことは分かったので……失礼します」


 久しぶりに感じる、心が重い……この感覚。

 彼も私となんて居たくないはずだ。


 ……ほら、笑顔になった。ホント気に触る位に正直だ。

 ああもう、早く帰ろう。帰らせよう。


「よ、良かった。分かってもらえて……!」

「ええ。だから失礼しま」

「いや、ここで大丈夫だよ!()()()()()()()()()!」


 「……は?」


 席を立つ、その動作の中に聞こえたそれ。黒咲は端から見れば、とても間抜けなポーズをしている。そして、荷所を見るその顔も。



「……あ、月立さんですか?すいません、大丈夫ですよ!」

 


 ……待って、落ち着いて。

 なんでこうなるの?どうして?


 来てほしいものは現れないし、消えていく。

 なのに、いらないものばかりが前から歩いてくる。


 ……もう、嫌だ。



「やっ!昨日ぶりね、黒咲さん。元気してた?」



  荷所、お前に笑う資格はない。






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