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15.開始(2)



 月立桂音が病院に着いた時には、事故が起きてから数時間は経っていた。



 日は沈みかけているものの、やはり初夏と言うべきか、この国特有の鬱陶しい蒸し暑さが身体に纏わりつく。

 書いていた記事も、まとめていた報告書も投げ出してきてしまった。戻ったらどうなるか……編集長への言い訳文も考えねばならないが、そんなものは後だ。


 服をだらしなくはためかせ、走り火照った身体を冷ましながら目的の病室へと向かう。


 受付ロビーから二階に上がり、左に曲がって三つ目の病室。

 黒咲ゆりの病室だ。そしてその前に見知った顔が三人。


「月立さん?来てくださったのですか」

「すみません、連絡もなく……それよりユリちゃ……ユリさんの様態は?」

「頭を強く打ってはいますが、今は落ち着いて眠ってます。お医者様曰く、安静にしていれば大丈夫だそうです」

「え?あ、そう、ですか……」


 黒咲の祖父母の感情は読めない。孫の無事に安堵しているのか、事故に巻き込まれた事実に悲しんでいるようにも見える。そんな落ち着き払った様子。

 一方の月立も、その報告にホッと息を吐きつつ、どこか腑に落ちないような反応を見せた。


「ただ、目の前で友人を失ったショックがどう作用するかは、分からないって……」

「……花鳥くんは」

「……手の施しようは無かった、と」


 また、祖父母の感情は読めない。だがそれは顔を伏せてしまい、その表情が隠れてしまったからだ。

 孫の無事を喜びたい。でも友達が目の前で亡くなった。

 彼らは今、何を思っているのだろうか。黒咲ゆりの過去を知り、今を知っている彼らは、何をー。


 その心中を、知り合って数日の月立が分かるはずもない。

 だがしかし、彼女が沈黙を貫くことは出来なかった。


「……申し訳ありません。私が関わって彼女らの言動を煽らなければ、こんな事には……」

「君のせいじゃないさ。あの子らは帰路についていただけ、そこに信号を無視したトラックが来た。責任の全てはその運転手にある……決して君ではない」


 事実、そうなのだろう。憐れみや同情ではなく、それが事実だ。

 黒咲と花鳥は帰っていただけ。そこにトラックが突っ込み、この悲惨な事故を引き起こした。

 そこに月立の名前が介入することはない。


「それにあなたは、あの子の苦しみを……"異世界"を理解出来る唯一の人。関わらなければ、なんて言わないで?」

「ユリが"あの"自室に招く程だ。そこまで心を許しているのは君たちだけ……寧ろこれからも側に居てやってほしい」

「あの自室って……え、ユリちゃんがしていた事をご存知だったんですか!?」


 自室に入れたのは月立の知る天使の情報を得るため……半ば交換条件のようなもので、決して心を許された訳ではなかった。

 寧ろ憤慨され追い出されそうになった経緯すらあるのだが。

 

 しかしその訂正よりも、彼らが黒咲ユリの自室や異世界探しのことを知っていたことに、驚きの言葉が出る。



 ユリちゃんは確か、祖父母には知られていないって……?



「あの子と暮らし始めて、もう四年……隠しているつもりでも、伝わってしまうものですよ」

「突然"引きこもりたい"だなんて、気付かないはずがないだろう?」

「……まあ、そうですね」


 黒咲は高校二年次の一年間引きこもり、曰く付きのゲームを漁って異世界への糸口を探そうとした。

 なるほど。今更ながら、彼らが察するのも当然である。


「……俺たちは、あの子の様子がおかしいものだと分かっていた。それなのに、ユリに対して何も出来なかった……いや、避けていただけかもな。何処かでユリを気味悪がって、放任していたんだ。あの子の好きにさせたい、そんな都合の良い言い訳を並べてな」

「あなた、それは……」


 祖父の独白、後悔。

 祖母は止めようと口を開くが、その言葉は続かない。


「始めてユリの部屋に入った時、あの部屋を見た時……俺は何処かで納得しちまったんだ。これもしょうがないことだと」


 あの部屋。

 床に得体の知れない魔方陣を描き、埃を被ったゲームが山を成し、失踪事件や地図が書きなぐられた、あの部屋。

 花鳥は、感嘆した。

 月立は、衝撃を受けた。

 

 この祖父母は……受け入れた。

 最初から知っていたように、諦めるように。その光景は彼らの中で、余ることも溢れることもなく収まってしまったのだ。


 幼少期に親友を失い、次に家族、クラスメイト、恋人……そして、今。



 ……あぁ、しょうがない。

 ユリが()()()()()()しょうがない、と。

 可哀想なんだから、しょうがないと。



 受け入れた。受け入れてしまった。

 だから祖父母は、彼女が満足のいくように。納得がいき、そして乗り越えられるように、彼女の味方でいようと決めた。

 周りが異世界と彼女を否定するならば、私たちだけは。そう願って、いつもの日常を作り出そうって。


「そんなのは言い訳だ。結局、俺たちもあの子が怖かっただけ。危険なことをしていると分かっていたのに、俺たちは止めなかった……!」



 ……あの日、月立は問うた。

 壁全面に及ぶ情報を、どうやって手にいれたのか?

 あの日、黒咲は答えた。

 あなたには無理です。彼らは、私のような女学生が好みですから。



「……私も同じです。それにあなた方は、彼女の意思を尊重した。ユリちゃんも言ってましたよ。我が儘ばかり聞いてくれて、頭が上がらないって」

「……」

「一度、ユリちゃんと話してみて下さい。あの子、ああ見えて嘘は下手でハッキリ言いますから」


 二人は何も言わない。月立自信も、これ以上は吐ける言葉が見つからなかった。この沈黙はどうしたものか……そこにまた、新しい声がかかる。

 

 振り替えると、医者が祖父母を呼んでいた。

 その傍らに、泣きはらした二人の男女。


 花鳥の、ご両親であろう。


「月立さん、家族の事情に巻き込んで申し訳ないのですが……ユリの側に居てやって下さいませんか。あの子には、あなたが必要だと思うんです」

「出来ることは、やらせてもらいます」

「ありがとうございます……では少し、席を外しますね」


 その返事に祖父母は表情を和らげ、声をかけた医者と男女の方へと歩いていく。


 『そちらのお子さんが、無事で良かった』


 そんな涙声が、微かに聞こえた。


 









 

「……ふぅ。それで、あなたは何故ここに居るんですか?」

「あ、良かった。認知されてましたか……」


 待合のソファーの隅っこに腰をかけていた彼に、漸く訪ねる。

 いやしかし、本当に何故いるのだ。


 荷所操下。


「なんです?ユリちゃんが事故に巻き込まれたと、あのお二人から知らされたんですか?」

「ぎゃ、逆ですよ。自分がお二人に今回のことを伝えたんです。事故現場のすぐ側にいましたので」


 そう言う彼の服装は、相も変わらず藍色の清掃員の服装。

 そう言えば、と思い出す。彼はこの町のゴミ収集が仕事とかなんとか。


 ……それにしても、この荷所という男。つくづく事故とは最悪の縁を持っているようだ。約十年前には、ことはちゃんが異世界に連れ去られる事故を引き起こした張本人として。


 それは彼にとっても最悪の出来事だったろうに、今もこうして目を反らさず事故に向き合っている点は認めるべきだろうか。


「……大変ですね、あなたも」

「え、えぇ……というか、あの……」

「何です?」

「先ほどから月立さん……ハエに集られてますが……」


 そこで荷所は言葉を切り、視線を反らした。


 

 ……確かに、一匹のハエが月立の周り……特に頭上を回るようにブンブンと飛び回っている。

 


 ……集られてますが、何だ?何が言いたい?

 不潔なんですか?とでも言葉を続けるつもりだろうか。言ってみなさいよ、おい。


「……それが何か?今時の女性はハエの一匹二匹連れ歩くのが普通ですが?何か文句でもお有りで?」

「い、いえ別に!そ、そうだ!月立さんこそ、どうしてこちらへ?あのお二人が連絡した訳でも無さそうですが……」

「……虫の知らせですよ」

「へ?あ、あぁ、はい……」


 的を得ない回答に、荷所は首をひねる。

 

 だがこれは比喩表現などではない。

 正真正銘、虫の知らせなのだ。このハエ……"ゼル"による知らせ。



 出版社、月立が自身の記事の作成に勤しんでいた時。どこからともなくハエが入り込んできた。

 記事の作成という緻密な作業に勤しみ、苛つきを溜めていた彼女……その頭上をブンブンと飛び回り、花鳥らの緊急事態を知らせたのだ。

 

『あの魔鳥(ハト)に喰われかけながら死に物狂いで教えにきたってのに、悪魔祓い(殺虫スプレー)で歓迎とか何なの!?』


 ……彼女を亡き者にする一歩手前だったよ。



「それよりも……何でユリちゃんが頭に怪我を?花鳥くんが事故にあったとき、あの子は信号を渡りきっていたんでしょう?」

『そのはずだよー。あのトラックとか言う鉄の塊が衝突したのは彼だけ。だから私も精神的なダメージとかで運ばれたと思ってたんだけど……いつ怪我したのかは分かんないや』

「説明ありがと……あと耳に入るのはホント止めて」

「え、月立さん今、ハエと喋って……」

「はいはい、世の女性の嗜みでーす。それで?どうしてですか?」


 非常にやりづらい。ゼルと一緒にいるとすぐに変質者認定だ。つくづく、彼女と学校すら共にして乗り越えた黒咲ユリの胆力はすごいと思う。

 

 話は戻し、黒咲が外傷を負った経緯を尋ねる。


「えと、それは……ですね」

 

 その答えは、想像だにしないものだった。







「彼女が頭を強く打ったのは、()()()()で頭をトラックに打ち付けたからですよ」


 


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