13.過去の亡霊(2)
~探してます~
ここで前に、かみさまに連れていかれたことはちゃんを探してます。異世界、という場所なので、知ってる人は教えて下さい
『もう……いい加減にして……』
どうして。どうして?
分からないです。何で怒ってるのに、泣いてるんですか?何で、たたいたんですか?
どうして?
ほっぺた、いたいよ。熱いよ……。
私は、ことねちゃんを探したいんです。いっしょに遊びたいんです。
だから、ほら。私がんばって、たくさん紙も書きました。困ったときや大変なときは、みんなと協力するって先生も言ってました。大人の人を頼れって。
『……』
……破かないで!破かないでよぉっ!!
何でそんなひどいことするの!?やめてっ、やめてってば!!
たくさん書いたのに!それでことはちゃんは見つかるのに!!何でそういうことするの!?
……分かった。ことはちゃんのお母さんは、ことはちゃんが嫌いなんだ!ことはちゃんのこと、どうでもいいって思ってるから、そんなひどいことが出来るんだ!!
『……っ!!』
いたいっ、痛っ、いだいよ!!
たたかないで!やだっ!!服ひっぱらないで!!
『新月さん!止めてください、やり過ぎです!!』
『このっ、この!!こいつが……私が何も思ってないとかっ、愛してないなんてっ!!』
『あなたの気持ちは痛いほど分かります!でも、この子だって苦しいんです!目の前だったんですよ!!』
『苦しい!?どこが!!ただ狂って、現実逃避してるだけじゃない!!』
げんじつとーひ?わがんない……いたいよ、お母さん。
だって、言ってたもん。絵本の中で見た天使さんが言ってたもん。
いせかいに行くって。こことはちがう世界だって。ことはちゃん、笑ってたよ。生きてたんだよ。死んでないもん!!
『……止めて』
みんなの方がおかしいよ!!
死んだ死んだって、ことはちゃんのこといじめて!!死んでないのに、仲間外れみたいに無視して!!
ことはちゃんは待ってるんだよ?なのに何でだれも、手伝ってくれないの!何で破いて、たたいて怒るの!?
『お願い、止めて……お願いだから……っ』
……何で泣くの。どうして泣くの。
お母さんも、ことはちゃんのお母さんも。
……何も、分からないよ。
『お願い……もう、許して……』
私は、怒ってないのに
ことはちゃんのお母さんは初めての人で、始まりの人だ。
私の異世界を否定した、初めての人。
私が異世界を追いかける、今の私になった、始まりの人。
……彼女は、今も否定し続ける。
「……久しぶりね、ユリちゃん」
「新月さんも、お変わりないようで」
ことはちゃんがいない世界でも、彼女の時間は無慈悲に動き続けている。だけど、本当に変わっていない。
右目を隠すように伸ばした茶髪。紺色のスーツ。何から何まで、嫌みな位あの時と同じだ。頭髪の色とは対照的な、地味な格好を好む性格も変わっていない。
「……本当に、お変わりないですね」
「そうね……本当に、変わらないわ。私も……あなたも」
「私は変わっていますよ。前に、進んでいます」
ことはの母……新月は眉をひそめた。
ただならぬ気配でも察したのか、それとも自分の立場を理解しての考慮か……あのお喋りなゼルは何も言わず、姿も見せない。
ここにいるのは、新月と黒咲。二人だけ。
「まだ……続けているのね」
非難。嫌悪。悲嘆。哀れみ……。
そんな負の感情がない交ぜになった視線から、黒咲は目を離さない。これこそが、彼女が進んでいると明言した証明なのだ。
あの時の黒咲は、泣いた。目を伏せた。震えて、母親にすがり付いた。
だから、今は違うと示す。
進んでいると、自分に言い聞かせる。
無言の会話……切り出したのは、また、新月だった。
「先日、ゆりちゃんの自宅に伺ったの」
「祖父母から聞いてます。どんなご用でしたか?」
「……もう、伝えたつもりだけれど」
そして、今も。
「……でしたら、私も返事は返しました」
今、現在も。
……
沈黙。
ジリジリと鬱陶しい西日が二人を照らしている。不思議と、暑さは感じなかった。
「……どうしても、止めてくれないのね」
「やっと、目の前なんです。あとちょっとなんです。私はことはちゃんを救います。そして……あなたも」
「いい加減にしてよ……!」
新月が、歯を食い縛るように呟いた。
あぁ……また、この言葉だ。あの日と同じ、最初と同じ。
本当に、変わってない。変われない。
「本当です。私はことはちゃんを連れ戻して、新月さんも助けたい。その苦しみがやっと消えるんです!だから」
「これ以上、ことはちゃんを傷付けないで!!」
……叫ばれた。
泣かれた、睨まれた、怒られた。
……どうしてこうなる。
私は、助けたいだけなのに。助けられるのに。何を傷付けると言うのだ。傷付けようがないじゃないか。
奴らを認知出来るのは、私と月立さん……そして異世界から来た彼らだけだ。
私にしか、理解できない。私だけが理解できる。助けられる。彼女を笑顔に、幸せに出来るのに。
どうして分かってくれない?なぜ拒絶する?
また、叩くのか?破るのか?服を引っ張るのか?
……ああ。
大丈夫だ。
「……怖がらないでも、大丈夫です」
「……」
「必ず、救ってみせます。私にしか、出来ないから」
「……救われなきゃいけないのは、どっちよ……」
ーあなたは、壊れているー
それが、彼女の答えだった。
「……ユリちゃん」
去っていく新月の背を見ながら、また彼女の名は呼ばれる。
ああ……同じ名前なのに、全然違う。私を気にかけて、心配している。そんな優しくて、穏やかな声。
月立さん。
私の協力者。分かりあえる人、私を分かっている人、理解してくれている人。
振り替える。今だってほら、心配そうに私を見つめてくれている。
「……大丈夫です。私はもう、弱くないですから」
あなたがいれば、一人じゃない。異世界を否定する人がいても、頑張れる。泣かずに、前を向ける。
周りが否定したって気にならない。
荷所さんが見てなくたって喚かない。
シェルファが私の大切なものを馬鹿にしても、臆することなく立ち向かえる。
だから今日も、異世界を探しましょう?
二人で、一緒に。




