8.異端者の集会所(2)
「こ、こういう魔方陣って星形とかをイメージするけど……何か不思議な形だね……」
「四大元素は所謂、四大天使とも繋がりが深いの。だから天使繋がりで書いたけど……効果は全くなかった。蝋燭も仕入れたのに、結局未使用のままよ」
花鳥はこの部屋の中でも、床に描かれた魔方陣に関心が向いたようだ。
黒咲は自室に引きこもって最初期に、魔方陣を書いたことを思い出す。円の比率や部屋の広さ、方角など手間をかけた割には、異世界の"異"の字の成果も得られなかった。
ちなみに星形……五芒星ではないのは、彼女の求める物と意味合いが異なったからだ。五芒星や六芒星は悪魔から身を守る、または引き寄せる効果に長けているらしい。
……まあ、異世界を悪魔と見れば最適な魔方陣ではあるわね。
「やっぱり、この手のゲームには手を出してたかぁ……」
一方、もう一人の客人である月立は部屋の隅々に積まれたゲームソフトに意識が向いていた。
「当然です。曰く付きの品々……試さないはずないでしょう」
「屋内に居たにも関わらず行方不明、失踪する事件……どれもこれも、被害者が"最後にやっていたゲーム"ばかりとは。よく集められたねぇ……」
「あ、それ僕も知ってます。もぬけの殻になった部屋で、そのゲームやパソコンだけが起動したままだったとか……」
それは、オカルトや超常現象を好む輩には余りにも有名な話。
最近の話だが、自室に居たはずの人物がいつの間にか消えているという、まるで安い怪談話のような事件が各地で起きているのだ。
加えて共通しているのが、その部屋では必ずソーシャルゲームだけが起動したまま。事件数も一つや二つなどではなく、何度もニュースとして取り上げられている。
これはあの"クラス集団失踪事件"と同等に、世間では恐れられたりしている。
何せ、ゲームをしていたらいつの間にか消える訳だ。ゲーム対象の低年齢化が激しい昨今。子持ちの親は気が気でない。
「だから私は一年間引きこもり、その手の事件と関わりの深いゲームを漁りました。前例が多い分、私も消えて異世界に行ける可能性は充分あったから」
「え、引きこもったのって、そう言う理由だったの!?」
「失踪する人も、引きこもり体質の人が多い傾向だったからね」
祖父母には、学校がつらいとか適当な理由を伝えたけど。そう黒咲は付け足した。
いや、しかし。それだけで本当に引きこもるものなのか……いや、彼女ならやりかねないだろう。
だが……。
「……」
月立は積まれたゲームのパッケージに触れる。既に埃まみれだ。暫く手に取られていないなど、一目瞭然。
そして、彼女はここにいる。
……つまり。
彼女は青春の一年間を、無駄に使ってしまったことになる。思い出も、本来なら楽しいだろう学校生活も捨てて。
異世界のせいで。
「……残酷だなぁ」
「……何か言いました?」
「……いやぁ、私たちが来るんだから、ちゃんと掃除しとかないと~、ねぇ?」
「あなたにそんな気遣いは不要でしょう」
月立でさえ納得してしまう反論だった。
適当な服装に、寝癖で元気な頭。なるほど確かに、綺麗にするという気遣いは必要なさそうだ。
「……ホント、とんでもない情報量よねぇ……」
月立は改めてそう思う。
黒咲の部屋を埋め尽くしているのは、全て異世界だ。床も、壁も、机も、天井も……そして"黒咲自身"も。
……彼女は一体何を、どれ程を異世界に費やしたのか。
本棚に敷き詰められた東洋西洋各地の神話関連の書籍。
失踪事件と関わりの深いゲーム、パソコン……百種類以上。
壁を埋め尽くす、数々の失踪事件の詳細事項。
……何時間を消費した?幾何の金銭が必要だった?たかが一人の女学生の彼女が、何をどれだけ捧げ犠牲にしてこの部屋を造り上げた?
月立は、組織に属している。だからこそ相応の権利や予算、何より仕事なのだから時間も気にしなくていい。
……彼女は?黒咲は?
ー彼女はずっと、独りだー
「……ユリちゃん、一つ聞いていいかな?」
「何ですか?」
「この壁に張り巡らされた、失踪事件関連の情報……どうやって手にいれたの?」
そうだ。これだけは聞いておかねばならない。
彼女は独り。そして、学生。出来ることなどたかが知れている。なのに、世間に公表されていない……月立でさえ知らない項目がちらほら見える。
それを。
どうやって、手にいれた?
「……人に聞いて、知りました」
「誰に?どうやって?」
追求する月立。
……黒咲が、笑った。
「あなたが知った所で、意味ないですよ。月立さんでは出来ない……やろうともしないはずです。
あの人たちは、私のような女子高生が好みみたいでしたから」
「……そっか」
月立は、小さく頷く。
……充分だ。これ以上は、充分だ。
話を、進めよう。
「……私が集めた、この部屋全て。あなたに教えます。だから月立さん、約束通り……あなたの知る異世界を、私に下さい」
「……そうだね。じゃ、大人っぽくいきますか」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「冗談じゃない……」
「く、黒咲さん。大丈夫?」
大丈夫じゃない。何なら心配してくる花鳥くんすら鬱陶しい。
赤い天使。神の会話。私が知りたかったのは、月立さんが知っているそれだ。それこそが今回の目的だったし、正直他のことについては眼中になかった。
赤い天使と神……私があのやり取りを見たのは、二回だ。
ことねちゃんの事故、そして中学の恋人殺傷事件。
たったの二回。だけどその二回が一番、最も異世界を身近に感じられた。目の前にあった。聞こえた、見た!
あれこそが異世界の扉なんだ。私が行かなきゃならない異世界の!
故に、月立さんが知っていたそれはとても貴重。
その場に行けば何か分かるかもしれない。異世界を感じられるかもしれない。全く進展の無かった今までの絶望を変えてくれる……正に希望の光だった。
なのに、だと言うのに……!
「あなたが見たのは、ことねちゃんの事件の時……私の知っていることじゃ、意味が無い……!」
全く時間の無駄だった!
私の目の前で起きていたことと、全く同じ!得られることなど何もなかった!全部私の知っていること、私を苦しめている希望のこと……!
「私が知っている赤の天使さんについては、それが全部だね」
この女、悪びれもなく……のらりくらりと……!
この情報なら、私の集めた今までの努力と時間を彼女に明け渡したことも無駄になる。私は知っていることを教えられ、彼女は知らないネタを大量に手にいれた。
結局こいつも!自分の利益のために私を利用した!!
……くそっ、くそぉっ!!
何で信じたんだ、私は……!!
「……もう、いいです。分かりました……帰って頂いて結構です」
気分は……そう、最悪だ。
話したくない。
「待ってよ、ちょい早合点し過ぎじゃない?」
「何がですか……!?」
「私の知っている異世界が、それだけの訳ないでしょ?」
「……」
……信用出来ない。
それもたった今だ。また私の知っている事柄である可能性は全然高い。
「……他に、何を?」
ああもう。
学習しないのか、私は……!
自己嫌悪に陥る私。
でも今度は、彼女が笑った。
「ふふっ、親しい人が異世界に連れていかれるなら……
異世界から来た人も、いると思わない?」




