転生
「すいません、この子を知りませんか?」
肌寒い冬の空。其其の仕事を終えた人々が、脇目も振らずに帰路を急ぐ駅前で、一人の女の子が同じ言葉を繰り返していた。
背丈からして、小学生……低学年か?
一枚の紙を片手にやたらと話しかける姿もそうだが、幼い少女が夜遅く一人でいて目立たないはずがない。
「お嬢ちゃん、こんな夜に一人じゃ危ないよ。お母さんたちは一緒じゃないの?」
「ん。お母さんは手伝ってくれないから、私一人でやってるの。お兄さん、この子見なかった?知らない?」
いまいち噛み合わない両者の会話。
少女は一枚の紙を、まるで百点を取った子供のように見せつけてくる。
適当に相手して、交番にでも連れてくか……。
「……え?」
鉛筆で書かれた文字列。
小学生にしては綺麗な字体だが、この一枚を何度も使い回したせいか、鉛で書かれた文字が薄れて読みづらい。だがそんなことはどうでもいい。
最初に目を引かれたのは、そこに載った写真だ。
それも、幼い子供の写真。
青年は、この子供が探しているのはペットな何かだと思っていた。
だってそうだろう?小学生が人を探しているなんて思わない。ことねちゃんとやらも、ペットの愛称だとばかり考えていた。
しかし実際にあるのは、彼女と同い年であろう少女の顔写真。のりで貼り付けたのだろう。ひまわりのような笑顔は凸凹だ。
それと目が合ったとき、青年は思わず声が出てしまった。
「知ってますか?」
「あ、えと……知ってはいる、けど……」
青年の歯切れが悪い。怒られた子供のように声がすぼむ。
目の前の少女は、その答えにキラキラと目を輝かせている。
この時、青年は深く後悔した。
ああ、相手するんじゃなかったと。
どう答えれば良いのやら……。
「あのね、君。この子は……」
『ゆり!!』
一際大きな声に、青年は肩をびくつかせる。
振り替えると、母親らしき女性が駆けてきた。周囲の注目を集めてしまっているが、本人は子供しか見えていないらしい。
「大丈夫!?良かった、見つかって……!」
「お母さん……」
「ごめんなさい、内の子がご迷惑を……!ゆり、あなたも謝りなさい!」
他人の喧嘩に巻き込まれるとは、こうも肩身の狭いものなのか。
青年は今更ながらにそんなことを学んでいた。正直もう帰りたい訳だが。
しかし青年の些細な願いは叶わない。
その手にはまだ、少女の捜していた、彼女の紙があるのだから。
「その紙は……、っ!?」
ああ、ばれた。母親の顔がより一層悲痛なものへと変わる。
「えと、この子から渡されまして……お返ししますね……」
「……ごめんなさい」
まるで嘘がばれた子供の心境だ。いや、それとは比較にならないほど複雑な気持ち。
目の前の親子が、それを体現している。
「ゆり、帰りましょう」
「ダメだよお母さん!この人、ことねちゃんのこと知ってるって!」
「ゆり……お願い。聞いて」
「夜遅くに出歩いたのはごめんなさい。でも……」
母親の静かな声で、少女なりに母親の気持ちを汲み取ったのだろう。
聞き分けの良い子だ。
だが、そうではない。少女の謝罪は的外れだ。
母親が言わんとしていることは、青年でも分かる。いや、今の青年だからこそ分かってしまう。
「ことねちゃんはね、もういないの。何処にもいない……ことねちゃんは、天国にいるのよ」
青年の予想は当たった。盗み見るように、後ろに屹立する電柱を確認する。
その根元には、小さな花畑が出来ていた。子供の好きそうなお菓子が小さな山を作っている。
教養のある者ならば誰でも分かるその意味。そして青年は毎日この駅を使う常連。
だから、少女に語る言葉を見失った。
ことねちゃんは、亡くなったんだよ。
「……」
青年はこの駅の常連だ。
先週、駅前で交通事故が起きたことも当然知っている。電車が遅延し、会社で初めて怒られたのだ。中々忘れられない。
きついなあ……。
仕事帰り。注目の的。とても帰りたい。
不謹慎であるのは重々承知している。口には出さなかっただけ良いもんだ。
まさか、既に存在しない人を捜しているとは……大層親密な仲だったのだろう。まだ幼い彼女のことだ。
現実を受け止めきれていない。
「ことねちゃんは天国に行ってないよ?
異世界に連れてかれたの!」
現実逃避をしている自覚すらないのだろう。
なんて悲しく、虚しいことか。
「神様が『異世界』ってところに連れていったんだって。だから私、絶対に見つけてあげるんだ。
一緒に遊ぶ約束したもの!私が頑張って起こしてあげないと」
「……うん、うん。大丈夫だからね……ゆりは優しい子よ……」
「お母さん、大丈夫?泣かないで……」
母親が我が子を抱きしめ、少女は彼女の頭を撫でる。いつの間にやら、彼女らを偲ぶように通行人が円を作っていた。
……現実は非情だ。就職活動期、青年は吐くほどにそれを味わった。
だがそれは、無垢な子供の心までも侵食するものなのか。
あり得ない異世界に、死んだ友達を幻視する少女。それが二度と叶わないものだと知ったとき、彼女は何を思うのだろう。
青年は思うことしか出来ない。
神様とやらがいるのならば。
「待っててね、ことねちゃん……」
壊れたその子を、救ってほしいと
さがしてます
ここで前に、神さまにつれていかれた『ことねちゃん』をさがしています。『いせかい』、という場所なので、知ってる人は教えてください。