9 入学式に向けて/境界-1
入学式を六日後に控えた私だけれども、今日も書斎に引きこもる。
「ルミリエは運動を全然しないけど、大丈夫かい?」
「平気です、お父様。それに、運動した方が良いのはお父様も同じでは?」
思わぬ娘からのカウンターにより父、999999のダメージ!
お父様がバタリと机にダウンした。
だって事実だし………最近また肥えたし………
私の中では、太った貴族=悪代官みたいなイメージがあるから、正直早く痩せて欲しい。お母様はあんなにも美人なのに……そのせいで段々、お父様のカリスマオーラが落ちてきている。
そんなお父様を尻目に、今日の本に目を通す。
魔術とは何か、という根本を追究した賢者が書いた本だ。
かな〜り難しい本で、頑張って読んでいる。もはや解読に近い形だ。お父様なら読めるかもしれないけど、多分内容は理解できないんじゃないかな………
この本では最初に、魔術の成り立ちについて綴られている。やたら長い文章で、これだけ読むのも苦労した。ちなみに、この冒頭は全ページの二パーセントくらいにしか過ぎない。そして、私が解読したのもここまで。つまり、まだ一割の半分も読み終わってない。
古めかしい文章だし、読んでいると言葉使いがおかしくなりそう。
………そういえば、この世界の言語に馴染みすぎて、最近日本語を忘れる時がある。忘れないように、英語も含めて地球ノートでも作っておこう。
「ルミィ、いる?」
扉を開けて、お兄様がやって来た。
「お兄様!お兄様も本を読みに来たのですか!」
「いや、ルミィにお客さんだよ。」
「お客さん………って、私に用事がある人、ですか?」
誰だろう……外の人と関わったのは、先日のパーティーきりだし……そもそもパーティーでも、誰とも知り合えなかったし………あれ?目から汗が出てきた。
「そうだよ。応接間に通したから、早く行った方がいいんじゃないかな。………それと、なぜ父様は伏せて……?」
「さあ?眠くなってしまったのではありませんかね?」
さてと、応接間へ向かいましょう!
・・・・・・・・
応接間で私を待っていたのは、先日のパーティーの主催、ジエム学院院長、初老の男性、ドリンクバー……じゃなかった、セルフ·デロンク=ゾイサイトさんだった。
「これはこれはルミリエ嬢、先日はお越しいただきありがとうございました。」
うぉっ、いきなり芸術的なお辞儀を……これが年の功というやつか。うん、ちょっと違うね。
「いえいえ、私もご招待頂けて光栄でしたわ。」
「そうですか、お楽しみ頂けたようで何よりです。」
メイドさんが、ミルクティーを私とドリンクバーさんの前に置く。応接間のこの机にも、リビング同様にお母様のお気に入りの、魔道具ポットは置かれている。
実はこのミルクティー、私がお母様に提案して作ったものなのだ。この世界には紅茶はあるけれど、そこからの派生が乏しいことに私は気が付いた。
アップルティーはあるのにシナモンティーもミルクティーも無いなんて寂しい!ならば作ればいいじゃない!というわけで、ルミリエプロデュースのお茶が何種類か出来た。お母様も大満足してくれたし、いい仕事をしたと思う。
ちなみに、ミルクティーはロイヤルではない。作り方が分からないので。
ドリンクバーさんがススっとミルクティーを飲む。動きが洗練されていて、いかにも高貴な貴族、みたいな感じ。
「……この茶は初めて飲みました。何という茶なのでしょうか?」
「ミルクティーです。私が本で読んだ中にそのようなものがありまして、紅茶とミルクを混ぜるのです。」
「なるほど、道理でまろやかなわけですね。流石はルミリエ嬢、博識でいらっしゃいますな。」
私が考えました!とは言わない。地球の偉大なる先人達に失礼だもの。
どうやらミルクティーは、ドリンクバーさんにも好評なようだ。よかった、「なんだこの白い茶は!」とかなったら怖いし。
「してデロンク院長、今日は私に用がおありとか………」
「ああ、そうでした。今日はお願いをしに来たのですよ。」
「お願い……?」
なんだろう。……もしかして、この髪のことかも。問題になるから染めろ、とか?もしくはスキンヘッドにしてこいとか!やだ私、丸坊主で学院へ通うの!?
「はい、新入生代表として、お言葉を述べて頂きたいのです。」
………変なこと考えてすみませんでした。ですよね、そうですよね。そこはそう来るよね。
でも何で私?
それが伝わったのか、ドリンクバーさんはこう話した。
「実はですね、最初はジル様にお言葉を頂きたいと頼んだのですが………頑なに断られてしまって。そこで、我が国の柱とも言える五天貴族、そのご令嬢であるルミリエ嬢ならばと。」
なるほど、私は二番煎じか。
まあ、そりゃそうだよね。むしろ凄いことか。どう考えても、今年の入学生の中で知名度は、王子が一番に決まってる。それで私と比べたら多分太陽とテミストくらい差があるよ。だって私、書斎に毎日引きこもってるニート令嬢だし。対して王子は超アメィジングでアクティブな人だし。
でも、まあやってもいいかな。
「分かりました。それならば、喜んで引き受けさせていただきますわ。」
「ありがとうございます。」
私もミルクティーを飲む。なーんか違うんだよなぁ………ただ牛乳!茶!みたいな味で。改良の余地がありそうね。
「つきましては、入学式のこのタイミングで………」
その後少し打ち合わせをしてから、ドリンクバーさんは帰って行った。
しっかし、紳士な人だったな………あの人が院長なら、学院も安泰だろうね。
さてと……私も入学式までに、その内容を考えておきますか。
・・・・・・・・
そこは、"境界"と呼ばれる不思議な場所。先は見通せず、暗いのに明るい。
そんな境界に、一つの溜息が漏れた。
「はあ………遅いなあ……」
その者の名を知る者は0に近い。真の姿を見た者も、いない。
神として振る舞い、境界で輪廻転生を見守る。それが、彼の使命にして、唯一の楽しみである。
そして、新たな使命に従い、最近では別世界に魂を送り出すということもしているのだが……そのことについて、彼は頭を悩ませていた。
「魂の癒着状態は良し、精神も安定。肉体のデータはいいんだけど………肝心のアレがまだなんだよなぁ……」
前に送り出した一人の少女。
彼女が偶然持っていた物質に与えた力。何故か、本当の『物質』であったそれは、力を分けると予想を遥かに超える代物となった。
前例の無いことであり、本心ではそれを彼女に与えず、研究したいところではあったが……
危険が無いとは言いきれない。故に、今回はデータをとるに収めた。
しかし所有者の彼女、星城龍美……いや、ルミリエ·セルグランス=ダイヤモンドは、今まで六年間一回も『トリスタン』を飲んでくれていない。
「あの人も急かしてくるし、早くデータが取りたいんだけど……メッセージなら行けるか。エネルギーは消費するけど……」
物質を送ることは出来ないが、他の方法なら使える。
「さて、一応試して見ようか……」
そう呟き、彼は今日も任務をこなす。
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