52 魔術<魔法
「ほうほう、実の兄ですら会ったことがないと。」
「はい。白髪だという以外、ほとんど知らない様子でした。」
その日の夜、私は自室で霧島さんと話をしていた。
「なるほどなァ……身内ですら知らない、か。だが、王は会ったりしているのだろう?」
「そこはわかりませんが…というか霧島さん、今日の昼は結局何してたんですか?」
「うん?気配を隠して、三学年の教室に忍んでいたわい。」
「うわぁ」
ニチャァ…、という擬音が聞こえて来そうなほどのヤバい笑みを浮かべる霧島さん。
「安心せい。お主には手を出さんよ。」
「お主には…?」
「ヒホッ、冗談じゃ。お主にも、他のおにゃのこにも、な。」
「はあ……今日はそれだけですか。ちゃんと働いて下さいよ。」
「すまんすまん。じゃが、一応ちゃんと情報は得たぞ。ほれ。」
「これは……」
「この国の、城内部の図じゃ。」
おおっ、すごい。一つ一つの部屋などが事細かに記されている。地下室なんかもあるみたい。
「どこでこんなものを?」
「作った。」
「え?」
「儂が作った。」
自慢げにこちらを見てくる。確かに、今日だけでこれを作ったのはすごいけど…
「もしかして、"消去"と"復元"を活用して作ったとか?」
「逆に、どうやってそれで作るんじゃ……
なに、普通に音魔法と強化魔法の応用で調べただけじゃ。」
「…え?」
「どうした?…ヒホッ、もしやスゴすぎて声も出んかの?」
「いや…」
…いきなりだったから驚いた。
さて、聞き捨てならない単語が一個。
「魔法って…」
「ん?ああ!そこか、そうじゃな。魔術じゃなくて魔法じゃ。」
魔法。
魔術と魔法は違う。
それは、神(笑)に教えてもらった。
でも、魔法について書かれた書物は、無いに等しい。
「お主、賢者になりたいらしいの。」
「な、なんで知ってるんですか?」
「神に聞いた。」
いやなんでアイツも知ってんのよ。言ったこと無いんですけど。
「賢者と呼ばれるまでになりたいのなら、魔術はもちろん、魔法も極めないとならん。
お主、なぜ魔術の発動に使うのは"魔法"陣なのか知っておるか?」
「本には、魔術の元となるものが魔法だと書いてありました。」
「正解じゃ。では、魔法とはどのようなものか、説明できるかの?」
「…それはわかりません。」
「いいか、そもそも魔術とは、魔法を発動する際のイメージを、魔法紙に描き写すことで簡単に再現できるようになっておる。
魔術には魔法紙に描いた魔法陣が必要じゃが、魔法にはいらないんじゃ。」
すると、霧島さんはおもむろに立ち上がり、指に注目するよう私に言った。
「あっ!」
「ほれ。見えたか。」
すごい。指先から火が出てる。どこぞの敗北者の息子みたい。
「一瞬、魔法陣みたいな紋様が見えました。」
「それじゃ。これが、本来の魔法陣。魔法紙に描くのではなく、そうじゃな…空気、空間に描くようなイメージじゃ。」
「えぇ…」
「ヒホホッ、まあ焦らんでもいいわい。魔法について理解が深まったなら儲けじゃよ。
ちなみに儂は、完全に魔法を習得するまで六年かかった。十六歳ぐらいから始めたからの、お主も頑張ればできるようになるじゃろ。」
すると今度は、手のひらに水を生成し、置いてあったコップにポチャンと入れた。
「それと、もう一つ。魔術で作った水や火などは、時間が経つと次第に魔力へ還元されてゆく。これは分かるな?」
この世界の常識である。喉が渇いた時、魔術で生成した水を飲むと大惨事になるとか。
「魔法では、それが起きない。つまり、これは純粋な水、ということじゃ。」
「え、それじゃ根本的に魔術と違うのでは…」
「いいや、同じじゃ。違うのは、魔力を単純に変換するか、それともあらゆるエネルギーに変換し、さらにそれを操れるかどうかじゃ。
まあ、そうじゃな…電気エネルギーの上位互換みたいなもんじゃ。魔力は。」
「つまり、魔術よりも魔法の方が、難しいけど便利ってことですね。」
「ホヒッ、それでええわい。ま、儂も一応、暇な時はお主に魔法を教えてやる。"雨の賢者"直々の指導じゃ。喜ぶがいいわい。」
「ありがとうございます。」
霧島さんはドヤった。
「さて、ここからが本題じゃ。儂が王城を調べておる途中、一つ怪しい部屋を見つけた。」
「この図でいえば、どの辺ですかね?」
「ここじゃ。どうやら結界魔術が張られておるようでな、王城にも手練がいるようじゃ。最上級結界魔術など久しぶりに見たわい。」
魔術は、属性や種類によって難度が異なる。
例えば、"域"系魔術はかなり簡単な部類であるし、治癒魔術、攻撃魔術なら"球"や"弓"系が当たる。
結界魔術には、かなり難しい魔法陣を用いる。それこそ、上級ですらまだ私は描けない。適性のせいかもしれないけれど。
「そこ以外には、特に至って普通の王城じゃった。」
「普通の王城とかいうパワーワード。」
とはいえ、やはり不明な点は多い。
どうにも、きな臭い。
「…そうじゃ。ちょっと待て……ほれ、完成じゃ。」
「これは?」
「盗撮器じゃ。」
手品かな?
作るの早すぎでしょ。
「正しくは、盗撮&盗聴器型ゴーレムじゃ。遠隔操作で、ラジコンみたく動かせる。これを、明日王子に取り付けろ。そこから王城内部の、例の部屋へと向かわせ、空間座標を設定する。
そこに儂が空間魔法で転移し、"消去"で結界の存在を消して部屋に入る。入った後、"復元"で元に戻すわい。」
「え、ゴーレムの盗撮機能とかいります?」
「それは…まあ、気にせんでええ。」
お、おう。空間魔法とかいう、いかにもな魔法が出てきて若干興奮します。
「で、私は何をすれば…?もしかして私、いらない子ですか?」
「ん?んんん、そうじゃな。そこにいるのが例の妹ならば、その場で殺すわい。」
「そうですか…」
まだ一日目なのに、霧島さんが優秀過ぎるよ…。
ちゃんと仕事して下さい、なんか言ってごめんなさい。
「その…霧島さんは、過去にも神(笑)の指示で人を殺したことってあるんですよね。」
「ヤツからの指示だけではないぞ。賢者と知って決闘を挑む者、盗賊、敵国の人間…結構人を殺したのう。誇れる事では無いがな。」
人を、殺す。
霧島さんは、慣れている。その意味も、虚しさも知っているのだろう。
私は初めて。
ゲームみたいに簡単に人を殺せるわけではない。相手は、自分の意思がある。
…いや、意思があるだけならあの黒スライムも一緒か。死んでなかったけど。
とはいえ、今回は霧島さんだけで達成出来ちゃいそうだな……
心の中で、そう思っていた。油断をしていた。
その時までは。




