48 王子の心情2
突然だが、俺は人の名前を覚えるのが苦手である。
この国の第二王子として産まれた俺の周囲には、いつも人がいた。
種類も多種多様であり、媚びへつらう者、奉仕する者、慕う者……そんな人間が数多くいる。
それは当然だと言えるだろう。王族というものはそれだけで尊く、そして人々の頂点に君臨するものだからだ。産まれた時…いや、産まれる前から決まっていたのだろう。
ただ、そんな境遇を俺は便利とも不便とも思わない。自由など、いくらでも言い方によって意味が変わる。
例えば、俺達王家の人間が感じる"不便"とは、生活に規約がある事だとする。一流シェフが振るう料理を毎朝毎晩食し、外出する際は護衛付き。常に見張られている。
逆に、貧しい民の生活の"不便"を考えてみた。不便とは少し違うが、彼らは一流シェフの料理など口にすることは無いし、生活もままならない。ただ、外出する際は"自由"である。
つまり、俺達の感じる"不便"は彼らには無く、彼らの感じる"不便"は俺達には無いのだ。
身分差というものはどうしようも無い。だから、俺がそれらを"不便"というのは、いささか傲慢が過ぎるということだ。
話を戻すと、俺の周囲には人が溢れすぎて、それらの名前を覚えられない、ということである。二割…いや、話した人間の一割ほどしか覚えていない。
そんなたった一割の中に、この目の前の女も含まれている。
この国の四天貴族が一つ、ダイヤモンド公爵家の令嬢。名を、ルミリエという。
こいつとは、四年ほど前に出会った。学院の入学式典の際だ。実は、同い歳の中で二番目に話したやつでもある。そう考えると、こいつとはいわゆる『幼なじみ』という関係と、言えるのではないだろうか。
最初は、ただ髪が白いという理由で話していただけで、名前は覚えていなかった。
俺の脳にこいつの名前が刻まれたのは、魔術演習の時である。こいつには魔術の才能があった。
今でこそ解るが、はっきり言って俺の兄以上だ。
以前は、化け物クラスの俺の兄と同レベルの化け物だと考えていたが、昨日の"祝技の儀"で明白になった。
普通、〈魔〉の能力値とは15歳辺りから爆発的に伸び、平均して200前後といった数値まで跳ね上がる。10歳平均が20といった所なので、実質十倍になるのだ。
それを、この時点で700…?それが、十倍に伸びるとしたら……いや、ペースを考えればもっと伸びるかも……
「ジル様?」
「ん?…ああ、考え事だ。」
「いや、呼び出したのはそちらなんですから…それはちょっと酷いですよ。放置プレイですか?」
そうだ。呼び出したのは俺だった。
今回、こいつに聞いておかないとならないことがあるのだ。
「それで、一体何用ですか?やっぱり、あれですかね…」
「ああ。多分それだ。」
でしょうね、と溜息をつかれた。
まあ、確かにこいつは、今日だけでそれについて散々周囲に問いただされていたからな。無理もない。普段、遠巻きに見ている連中もこぞって聞いていたな。
「ジル様なら、聞いてくると思っていました。……私の能力値について。」
「え?」
「え?」
「……いや、そっちじゃない。それも気になるが、もう一つの方だ。」
「えええぇ~!!!…」
そんな…と崩れ落ちるルミリエ。ガクッと項垂れた様子のまま、続けた。
「みんな……みんなが『スキルが~』とか、『どんな能力なの~』って聞いてくるんです…。誰も、そう誰も能力値については言ってくれないんですよ……褒めるなら、努力して得た方を褒めて欲しいですよ……」
「あ、ああ。頑張ったな。」
「ありがとうございます…」
機嫌は直らないようだ。仕方がない、このまま聞こう。
「それで、お前のスキル…〖天使〗は具体的に何なんだ?紙に書いてあっただろう。」
「私が聞きたいくらいですよ。"神に仕えし天の使者"…って、スキルじゃなくて称号じゃないですか。」
スキルは多種多様。そして、同じスキルを持つ者はいないと言われている。もちろん、そのスキルも初耳だが…
「そこまで抽象的なものは知らんな。」
「ですよね…。私の、兄のスキルの〖導師〗…"人々を導き、道を照らす光になる"ならまだ分かりますよ。でも私、使者って断言されちゃってるんですよ。能力ちゃうやん。」
「心当たりとかないのか?」
「あr……ないです。」
となると、増して意味がわからない。本人が知らないのならどうしようもない。
「でも本当嫌になるほど、宗教関連の方が大勢屋敷にいらして…『おめでとうございます』から入って『ぜひ教会に一度~』がパターンです。」
まあ、神関連となるとそうなるだろう。王家はどこにも属さないが、この国で多いのは…レンカ教だったか。宗教に疎い俺では、その辺りがよく分からないな。
「学院までは流石に来れないようですが……あとジル様、ナチュラルに前髪いじるのやめて下さい。」
おっと手が勝手に。
「すまん。」
「いえ…もう慣れてるので。ただ、真面目な顔で女子と話している最中、相手の前髪を触れる度胸はすごいですよね。尊敬します。」
嫌味だろうか?無意識だから仕方ないだろう。
「それより、ほら。描いてきましたよ。」
「ああ、助かる。」
渡されたのは、最上級闇魔術の魔法陣。新しいのが描けるようになる度に、俺にこうして渡してくれるのだが……正直多い。まだ、一枚目の半分も描けない俺のペースに対して、今までに十五枚はくれた。というか、闇属性がやたら多い。
「次は光属性で頼む。」
「うっ……が、がんばります…」
む、浮かない表情だな。そういえば…
「適性はどうだったんだ?」
「…闇属性が一番でした。光属性は3です。」
「そうか。俺は光属性が9だった。」
「マウント取らないで下さいよ…」
"祝技の儀"では、属性の適性も10段階で表される。一般的に普通、と言われるのは4らしい。
それにしても、これほど真っ白な髪なのに闇属性が適しているとは…不思議なこともあるものだ。大抵、髪の色はその者の適性が高い属性を表すと言うが、黒と白で真逆だな。ちなみに、俺は光属性以外では、雷属性の適性も高かった。
「薄々勘づいてはいましたが…私は、光属性が苦手なんです。だから、最上級光魔術は描けません。ご容赦下さい。」
「ああ。俺の兄が得意なのは土属性だからな、焦らずでいいだろう。」
「さいですか。…次の授業何でしたっけ?」
こいつは、俺に一応協力してくれるものの基本的には興味が無いらしく、こんな冷めた答えが返って来る。別に興味持てとは言わないが…。
「運動だ。」
「……あ。」
時間を確認すると、開始まであと少しと言ったところ。
「あ、あ、時間が、どどどうしましょう間に合わない!」
「俺は中に着ているから大丈夫だ。精々頑張れ。」
「はぅっ…」
昔、同じようなことがあった気がするが…大丈夫だろうか。確か、その時は倒れたんだったな。
「ダッシュで着替えてきますっ!」
「……おい。」
「はい?」
「どうせ、急いだらまた倒れるだろ。ゆっくり行けよ。」
「いや、それだと間に合わな…」
「…俺が呼んだせいでもあるからな。事実を話せば、皆納得してくれるだろう。だから…」
「だから?」
「俺が付いてってやる。」
「余計なお世話です。」
ストレートに断られた。