38 結局は神頼み
「お嬢様!私が時間を稼ぎます!早くお逃げを!」
「そんな、マリー!」
ジャキン、と何処から取り出したのかわからないような巨大な大剣を構え、マリーが黒スライムに相対する。
この黒スライムからただよう雰囲気は、尋常じゃない。この前の竜人族も凄かったけれど、そんなものとは比べ物にならないほど禍々しい。
…十魔の四。流れや数字で言えば、魔王の手下で四番目とかいう強キャラだ。
しかも、国を滅ぼすクラスだって?
「なんでこんな所に、そんなヤバいのがいるのよ!」
ジリジリと、状況を楽しむように黒スライムがにじり寄る。
…落ちていた石が、ほんの一秒で溶けて消えた。
『エ……ココヲ住処ニシタダケダヨ。』
…あ、うん。魔物も巣とか作るしね。偶然、ここに居着いただけってことね。特に理由とかないのね…。
『ソンナコトハ、ドウデモイイヨ!ドウセ、君タチハ死ヌカラネ!』
さらにゴポゴポと形を変え、上部を大きな口のような姿に変化した。
やばい、完全に食べる気だ。
逃げたら、マリーが無事では済まない。
でも戦っても、私も無事では済まない。
…トリスタン、三錠…いや、四錠飲めばいけるかな…でも、一錠の全力戦闘で、副作用がアレだ。聖剣の効果があっても、その倍の数飲んだらどうなるかわからない。メリットが10を累乗していくなら、デメリットも同じ感じかもしれないし…。
そんなことはいい、生死がかかってるんだから使わないと!
懐にしまったトリスタンの瓶を開け、中から三錠取り出す。
あとは飲んで、いざ戦闘……だけれど、相手はそう甘くなかった。
『アレアレアレアレ?危ナイ危ナイ、危険ナニオイ。ナニソレナニソレナニナニソレソレ?』
黒スライムが、爆発した!……いや違う、分裂だ!
ビチャビチャと雨みたく周囲に飛び散った欠片は、一つ一つが意思を持っているのか、トリスタンを奪いに襲いくる。
「うぇ…って気持ち悪っ!」
無数のミニスライムが突進してくるけど、あまり痛くはない……痛くはないけど、粘着力が凄まじい。その強度、アロンアル〇ァ並。
左腕が封じられた。でも私の利き手は、右手だ。トリスタンを乱雑にしまい、なんとか一錠だけガリッと飲んで、聖剣を取り、とにかく飛びかかってくるスライムを斬った。
「あれ、効いた!」
物理攻撃は通らなそうな外見だけど、聖剣効果か何故か黒ミニスライムが消滅した。よし、これなら…
『ンンンン?聖ナル輝キ?珍シイネ!厄介ダネ!』
本体スライムがさらに大きくなる。その上部は常に爆発を繰り返し、ミニスライムを倒しても倒しても倒しても倒しても、分裂を絶えず行う。上空から、横から、時には地面からミニスライムが襲いくる。
ダメだ、そろそろ限界。せめて、"幻霧域"が展開できれば……。
そんなことはお構い無しに、次は本体からの触手攻撃が加わった。そういう系の漫画とかに出てきそうな10本以上の黒い触手が、軽くビンタをするように弾幕ゲーの中に追加された。
上、上、下、下ミニスラからの触手、左、右からの左、そして右からの触手!今だ!
本体である触手に、刀身の短い聖剣がザクりとめり込む。
……が、ただそこが消滅しただけ。新しく再生して、全くダメージが通っていない。
魔術を撃つ暇がない。
「んぐっ!」
バチンっ、と嫌な音が間近で鳴った。
脳が揺さぶられる感覚。そして、身体全体に伝わる衝撃。
『ナカナカ渋トカッタネ!』
地面に倒れ伏し、動けない所に殺到するミニスラ達。
一瞬で下半身の身動きが取れなくなった。っ、ピンチですねこれ、真面目にヤバい。
スライムの弱点、スライムの弱点……何かなかったかな、と記憶を漁る。
…そうだ、スライムといえば火!──は、自分巻き込むし…。
「お嬢様から離れ…っく!」
『ムダムダ、何シテモムダダヨ。所詮君タチハ神ニ見放サレタ存在、出来損ナイノ欠陥品。』
「な、にを……」
神と聞くと、神(笑)のことしか出てこないけど……そういえば、神(笑)は魔神と戦ってるやらなんちゃら言ってた。
その配下が魔王で、さらにその幹部…まさかこのスライム、何か知ってるの?
『アレ?アレアレアレ知ラナイノ?知ラナイノニ、魔物ヲ狩ルノ?…ヤッパリ、人間イラナイヤ。完全ニ欠陥品。君タチモ同ジ。──バイバイ、害虫。』
私同様、拘束されたマリー諸共呑み込む大きさの液体、黒スライム。
「…あ」
……走馬灯、パノラマ現象というらしい。きっと、『食らったら死ぬ』と、直感で感じたのかもしれない。
それは、私が小さく、そして重いしがらみから解放されたあの夏の…神(笑)に会ったあの日。
…の、この世界に来て最初にしたこと。そう、胃にしまわれていた"トリスタン10"の説明欄を確認した時の記憶だ。
確か、そこにはこう書いてあった。
───この錠剤は、他者に与えてはいけない。
この一文が意味するのは、果たして『私が、誰かに飲ませてはいけない』のか、はたまた『誰かがコレを飲んではいけない』なのか、それともどちらもなのかは、わからない。
でも、動かせるのは右腕だけ、フタを開けられなければ、もちろん錠剤を飲むことも出来ない今、神(笑)を信じるしか私には出来ない。
……ええい!一度死んだこの身!こんなあっさりと終わらせてやるもんですか!
「くらえ!チートアイテム手榴弾っ!」
『!!?』
一か八か……いや、零か十かの命をかけた賭け。
もしどうにかして飲めれば勝機が見えたかもしれない。その希望を自ら相手の手に渡す!
バクンと黒スライムが、瓶を一瞬で飲み込み吸収する。
もちろん、中身も。
……そして、幸い変化はすぐに訪れた。
『!!?!?ナナニナニコレナニコレコレナコレナナナナナニナニコココレコレニコレナコキナニナニナナ』
〘──履歴:個体干渉の記録が秘匿されました。〙
ほんの目の前で止まった黒スライムが、急激にその巨体を萎ませる。同時に、放った分身全てが、溶けるように消えていった。
……やった。本当にあった。
私以外に使ったら発動するペナルティ、様子をみるに、それも私が使った時の真逆の効果を発揮する。
──10×飲んだ個数分の乗…分の1。
今回、黒スライムが吸収した分は、大体200錠。
つまり、この目の前にある小さな黒いボールは、1に0を200個付けた数…分の一の力となっていると考えられる!文字以下のクソザコスライムと化したのだ!
「お嬢様、ご無事ですか!」
「平気よマリー。…見て。」
照らすと、プルプルとスライムが震えているのがよくわかる。全長一センチくらい。喋る力も今はないらしい。つつけば、リアルで死にそうだ。
……さて、親にも(この世界では)ぶたれたことないのに、容赦なくベチィとこの私を引っぱたいたその罪………身体で払ってもらおうか!