30 VSジエム王国第二王子その二
両者の域がせめぎあい、鮮やかな魔術が七八方に飛び交う。それは、まるで小規模な戦争のよう。
「これは、なかなかに予想外な展開ですな、陛下。」
ローレン王に話しかけた者の名は、王子の教育係にして国の矛であり盾、近衛兵長ドリル·ヴァーサー=アメジスト。
第一王子および第二王子両者を幼少期から学問、戦闘指南諸々請け負ってきた彼は、今までの功績を踏まえて王からの信頼も、周囲からの人望も厚い。
彼は今回の試合、普通にジルが圧勝すると考えていた。
確かに、ジルは、兄であるレイと比べると見劣りはする。
だが、ジルがどれだけ努力しているかも彼は知っているのだ。
質も良いし、量で見れば兄を凌ぐ。
毎日自分の元へ来て、どこが悪いのか聞きに来たり、騎士達の鍛練に加わったり、本を読み漁ったり……ドリルは、ちゃんと見ていたのだ。
故に今回の勝負、いくら相手が詳細不明で雲隠れしていた令嬢であろうと、普通に勝って終わりだと予想していた。
だが、その予想は外れた。
かの不思議な白髪の令嬢は、なんとジルと張り合う…いや、押している!
「ふむ…確かに予想外といえば予想外ではある。だが、ジルは元より負けている。」
対するローレン王は、驚きつつもそう答えた。
「と、言いますと?」
純粋にドリルは疑問を抱いた。
「…戦闘指南もしておるのだろうお主。気づいておらぬのか?」
若干呆れたようなローレン王を見て、ふとドリルは思い出す。
……そういえば最近、魔法紙をやけに多く取っていた。さらに、普段は見慣れぬ魔法陣も…今回使っている魔術も、最近練習していたものだ。
「魔法陣……まさか、相手の技術からみるに…。」
「理解したか。全くお主、いまさら株を落としてどうするのだ。」
「ははは、老いとは怖いものですな。」
「ぬかせ。」
軽く言い合い、戦場へ目を向ける。
「──少しは己で考え、進化してみせろ、ジルよ。」
・・・・・・・・
ルミリエとジルの試合は、しばらく膠着状態が続いていた。
高い才能と、努力による技術で戦うジルと、魔術の知識を活かしつつ、ありあわせの身体能力と、十倍の恩恵にすがり戦うルミリエ。
ルミリエが木刀を振るった所で、ステータスが高くなったとはいえいなされ当たらない。
かといって、ジルが木刀を振るおうが引き伸ばされた驚異的力で、強引に避けられる。
「本当にここ数日で何があったんだ、お前。」
「マリーのおかげです!」
火魔術と水魔術が衝突し、バボオっと周囲に爆風を辺りに撒き散らす。
その瞬間。
危ない、と本能か何かが告げるのに従い、ルミリエは域を操作し壁を作った。
直後、襲い来る熱線と圧。壁越しでも、思わず震えるほど。王子も域操作で水の壁を作り凌いだ。
「今のは……いえ、水蒸気爆発だとしても規模が…。」
観客席から悲鳴とどよめきが聞こえてくる。
「おい、今の爆発はなんだ。明らかにおかしいぞ。」
「そんなことを聞かれましても、私も知りません……って!?」
巨大な瓦礫が、轟音と共に落ちてくる。
あわてて落下範囲から逃れると、一秒ほど遅れてズドオォン、と瓦礫が落下した。
建物全体が揺れ、見ていた者に動揺が走る。
「あ、あれは…!」
「でかいぞ!皆逃げろ!」
客席の人達が上を見上げたのに釣られ、ルミリエは崩壊した天井を見上げる。
逆光と土煙で全体は見えなくとも、そのシルエットには見覚えがあった。
第一の故郷、日本でも有名な、その巨大な影は……
「……竜!?」
どこからどうみても、竜だった。
・・・・・・・・
「グロウル様!サンフィード子爵からのご要望です!ご確認下さい!」
「見せてくれ…領地の拡大?ダメだ、今度の天会まで待てと伝えてくれ!」
忙しい。
「冒険者ギルドから、ダンジョン解放の許可を取りに支部長直々にいらっしゃったようです。追い返しますか?」
「またか、追い返してくれ。以前理由は伝えたろう、納得できないのなら獣護ギルドに依頼でもすればよかろうに…。」
ああ、忙しい。
「デトリーク男爵領に魔物出現!ランクは"C"、援護要請です!」
「フォダには伝えたか!?人的被害は出たか!?」
「はい!すでに住民、警備兵あわせ二十三名が負傷の模様!編成は、鉄騎士三十名、魔術師十名、いずれも準備完了であります!出撃許可を!」
「よし、直ちに救援へ向かえ!」
過去一番レベルに、忙しい。今も、商人ギルドへ向けての書類を長々と書いている。
「大変ですね、あなた。」
「ありがとうスエラ。すまないね、手伝いだなんて……タールは?」
「寝かしつけてきた所ですわ。」
スエラが持ってきてくれた紅茶を飲み、ふうと手と頭を休ませる。
「ところで、今日はなぜこんなにもお仕事が多いのでしょう?」
紙の束を抱えながら、スエラがそう聞いてくる。
「詳しくはわからないな……全く、領主なんてやるものではないね。」
流石に毎日ここまで忙しいわけではないが、それでもかなりの量があるこの仕事。うちのメイドやバトラーらも出張って片付けようとしても、捌ききれない今日の量。
「まあ、私の推測では…おそらく、あの性悪王が回してきたんじゃないかと思うよ。」
「王様が?」
あの方は、変なお人だ。たまに優しくなれば、突然怒りだしたり、笑いだしたり。基本、自分が楽しければそれでよいと思っている節があるので、それなりに扱いやすい。
「この前も一度あったからね。ほら──」
と、以前の出来事を語ろうとしたその瞬間、ドゴン、と遠くで爆発音が響いた。
カタカタと揺れる窓を覗いて、発生源を探すと……。
「……あそこは!」
「あなた、今すぐ向かいましょう!」
焦燥を浮かべたスエラがそう言った。
「なりません、危険です。ここは私めが…」
「いいえ行くわ!我が子がその危険に侵されているかもしれないのに行かないなんて、何が母親よ!」
「ああ、スエラと同意見だ。なに、心配はいらないよ。私もそれなりに戦えるし…君たちも複数人付いて来てもらえれば助かるよ。」
鮮やかな花のバッジを付けたその執事は、優雅にお辞儀をして応える。
「……承知致しました。それでは私、"菜"と"玄"がお供致します。」
「ああ、とびきり速い馬車で頼むよ。」
すでに、悲鳴がここまで聞こえてくる。
そうして、父グロウルと母スエラは、爆発の中心──ジエム幼等貴族院へと向かった。