26 鬼教官は身近に...
「お嬢様、まずは体力づくりから始めましょう。」
私は現在、マリーに連れられて学院の訓練場に来ていた。
今日は、日本で言う土曜日で、学院はお休み。自主的に魔術を撃ちに来る生徒もいるみたいだけれど、ルミリエの名で貸し切った。ちなみに、お父様方には何も伝えていない。
「体力づくり…ランニングですね。そのためにジャージ……」
ランニングは嫌いなんだよね。そもそも運動が嫌いだったし。
「魔術だけでどうこうできる相手ではありませんので。多少なりとも体や俊敏を上げておいて損は無いと思います。」
先生のように、自らもジャージ姿となって指導するマリー。
「それでは早速、ストレッチを行ってから走りましょう。この施設の端を……三十周ほどが妥当でしょう。終わり次第、剣術の指導を致します。」
何周とマリーが言ったか聞き取れなくて、十回ほど繰り返し確認した。
三十…
・・・・・・・・
死ぬ。
死んだ。いや死んでないけど、死んだ方がマシだわ。
「っは、はふっ、ひゃ」
「お嬢様!あと一周でございます!ファイト!」
広大な600メートルトラックを三十…18キロメートル。
朝っぱらからぶっ通しで走ってるからもう限界…限界なのに…
「ペースが落ちておりますお嬢様!"リカバリー"!」
あああああああ!
疲労が回復して走れてしまう!
限界まで疲れて回復して、また疲れて……の繰り返し。おまけに、昨日トリスタンを飲んだ影響か、今日は起きた時から体がだるかった。
「ま、マリーやめて、はっ、しぬ」
「大丈夫でございます!あと七枚残っておりますので、このままゴールを目指しましょう。」
鬼だ!このジャージ着たメイド、鬼だわ!
精神的にキツい。肉体的にも、ヒールをちまちまかけられるせいでピンピンしてるし!
あー脇腹痛くなってきたー、喉もちょっと痛くなってきたー。
「あと少しです、"ヒール"」
ほら。もうやだおうち帰りたい。
「残り半周!いけますよお嬢様!」
半周!こうなったらもうやけだ。何がなんでもさっさと走りきって、家でまったり寛いでやる!
私は走った。輝かしい未来のために、全神経と体力を使って走った。
あと残り約二百メートル。
「ラストスパートです。頑張って下さい!」
残り百メートル。
「"リカバリー"!あと僅かでございます!」
残り五十!
「ゴールは目前です!あの線を越えた時点で終了となります!」
残り……十メートル。
「はっ、やった、やったわマリー………、」
「お疲れ様でしたお嬢様!」
0メートル。
「次は剣術の稽古となりますので、汗を簡単に拭いた後、新しい服へ着替えて来て下さい。」
マリーさんは、鬼畜だった。
・・・・・・・・
「お、おわったぁ……」
「はい、今日はこのくらいでよろしいかと。まだ初日ですし。」
マリーの言い方に含みがあるけど、なんとか地獄のトレーニングを終えられた。
結果、朝から夕方まで食事もろくに取らずに持久走やら剣の稽古やら、体術や柔軟その他色々…。
でも、結構さまにはなったと思う。とくに身のこなしが良くなったと、マリーに褒められた。
「疲れたわマリー…お父様方には何と言い訳をすればいいかしら。」
「そこは、私めにお任せあれ。それにしても、お嬢様は飲み込みが早いですね。エレイ様も同じ訓練を前に致しましたが……」
「お兄様が?」
初耳。
あの人は大抵なんでも出来ちゃうスーパーデラックス兄様だから、こんな苦しいトレーニングをしたとは知らなかった……。
「エレイ様の場合、一日でステータスが軒並み2ほど向上しましたね。その点、お嬢様はそうですね…今日だけで3ほどは伸びたのではないでしょうか。」
数字で見ると悲しいなおい。
あ、でも10歳の子が普通20前後のステータスらしいから、伸び幅はかなりのものか。でもこれ続けるのはなぁ。嫌だわ。死ぬわ。てか死んだわ。
「お嬢様は力はさほどお強くありませんが、かなり身軽なようですので…剣は軽い物が良いでしょうね。」
おお、やっぱり。王子に頼んだのも短剣だったし、私の選択は間違いではなかったのね。
それに、トリスタンを飲めば一錠十倍…ステータス3の伸びが実質30みたいなものだし、王子戦までは頑張るのもいいかな。
「明日は魔術を中心に、ダガーを用いて戦う方法を試しましょう。いやはや、お嬢様がその小柄な体躯で戦場を駆け巡る姿、想像しただけで……じょる」
おっと、マリーさんが何かやばいぞ。たまにマリーはこうなるから困る。仕事人オーラが無に帰る時があるのよね。
しても、本当に今日は疲れた。明日もキツそうだし、屋敷に帰ったらお風呂に入って食事をして、そしてさっさと寝よう。
……そういえばマリー、最初のマラソンの時全く息切れしてなかったなー…あの人にはもう何も突っ込まないようにしよう。