19 取り巻きカルテット/間に合わない
「ルミリエ様、ごきげんようです!」
開口一番、馬車から降りた私に、ロローナちゃんが元気よく挨拶をしてくれた。
「ごきげんよう、ロローナさん。……それと皆さんも。」
昨日、友達が増えたと言ったな。あれは嘘だ。
……というのも嘘だ。ちゃんとできた。
「や、ルミちゃん。」
「…………」
「ごきげんよう、ルミリエ様。」
三者三様の挨拶をしたのは、新しくできた友達のリラちゃんと、クロリアさんとサリエちゃん。
ここ数ヶ月で紆余曲折を経て、仲良くなったのだ。
皆、私の白髪を悪く思ってはいないし、むしろ綺麗と言ってくれた人たちだ。
他のクラスメイトとはだいぶ話せるくらい打ち解けてきたけれど………未だに、イラシャちゃん率いる子たちは私を目の敵にしている。
それは別にいい。仕方のないことだし。
でも、だけどもロローナちゃん。それに対抗しようと仲間を集めなくていいのよ?ロローナちゃん含めこの四人はまだ違うと思うけど……だんだん取り巻きちゃんが現れてきてるんだけど。どうしてくれんの。
「お、なんだそれ~、重そーだね。」
気軽に話しかけてきたのはリラちゃん。侯爵家のとこのお嬢様で身なりもいいけど、タメ口を遠慮なく使ってくれるから、話すと気が楽になる。
「ちょっと頼まれ事をされまして。」
バッグと別に持っているのは、あのお触り王子から頼まれた大量の魔法陣。魔法紙が足りなくなったので途中でやめたけど、かなりの量になった。
「よろしければ、私がお持ちしましょうか?こう見えて私、力もちなんです。」
親切にそう言ったのは、サリエちゃん。礼儀正しくて、何かと頼りになる。太陽で反射した緑の髪がすごく綺麗。
「よろしいのですか?その、かなり重いと思うのだけど……。」
「大丈夫です!本物の剣を持ったこともありますから!」
それなら大丈夫かな。お言葉に甘えて、持ってもらおう。
「なるほど、たしかに重い……お……重っ!?」
「あ、落とした。」
あ、落とされた。
「ご、ごめんなさい!予想以上に重くて………ほんとうにごめんなさいい!」
「………持ったとは言ったけれど、振ったとは言っていない。」
そうツッコんだのが、普段無口なクロリアさん。
ずっと本を読んでいて、シンパシーを感じて一緒に本を読んでいたら仲良くなった。今も本を読んでいる。
「ごめんなさい……」
「まったく、ふがいないですね!私がお手本をみせてあげます!」
そうロローナちゃんが言うと、ひょいと魔法紙が入った手提げを持って……
「おお……やるやん。」
「すごいです……私だったら、もう落としてるところです……」
「…………」
「なかなかですが、楽勝です!このまま運びますね!」
「ありがとう、助かるわ!」
「うっへん!」
すごいドヤ顔。魔法紙って普通の紙より重いからね、持ってくれると助かるわ。
「……でも、ずっと持っていたルミリエもすごい。」
クロリアさんが何かに気づいたようだった。
・・・・・・・・
教室に入ると、黄色い歓声が聞こえてくるのは当たり前。慣れたもので、最初は追い払ったりしていた男子らも諦めて、席を取られた人は他の友達のところで談笑している。
ちなみに、席替えをして私の席もレッドゾーンへ入ってしまったのだが、座られたことはない。
ロローナちゃん筆頭に、謎の威圧感を出してくれる子がいるからだ。ありがたい。
「ルミリエ様、今日は最初っから運動ですって。めんどくさいですね。」
「そうねー。そもそも運動って苦手なのよ……。」
これは、前世から続く私の精神的な問題だ。運動、嫌い。
……そういや、神(笑)に出されたミッションとやら、まだ出来てないな。もうすぐ期限だし、そろそろ考えないと。
「とりあえず、着替えましょうか。」
「そうですね!」
学院の運動服に着替えるため、更衣室に向かう。
「おい待て。」
教室を出る前に、王子に呼び止められた。
「ちょっとこっち来い。」
「ああ、例の件ですね。今ですか?」
「いまだ。」
ええ……空気読んでよ、今から着替え行くっちゅうのに。
でも、仮にも王子の命令は聞かないとまずい。
「わかりました。……皆さんすみません、先に行っておいてくださる?」
「かしこまです!」
ロローナちゃんたちに先に行かせて、早くしろと急かす王子を横目に魔法紙を取り出す。
「……はい、例のブツです。くれぐれも見つからないようにして下さいよ?」
「別にみつかっても問題ないだろ。」
危ない薬の裏取引みたいだが、ただ紙の山を渡しただけだ。
「……かなり重いな。どれだけ描いたんだ?」
「今までのあわせて、三百枚くらいですかね。」
「そ、そうか……やはり努力してきたんだな。」
努力もなにも、暇だったからね。だから、そんな感慨深げに見られても困る。それ、処分に困ってたやつばっかだから。シュレッダーないし。
「ありがとう。これからもよろしく頼む。」
「承りましたわ。できる範囲で、持ってきます。」
なんか王子が優しい。抑圧的だったのが薄れた感じだ。
「………それで、時間大丈夫なのか?他のやつらはもう行ったぞ。」
「あっ」
この世界共通の、時計を見る。
リミットはあと三分!
「ど、どどどうしましょう!今から更衣室は遠いですし……というか王子も危ないのでは?」
同じ境遇だろう王子に聞いたものの、キョトンとした顔で、
「何を焦っている?ここで着替えればいいだろう。」
そう言って、目の前で服を脱ぎ始めた!
なな、なにっ!??なで目の前で……そうか、精神年齢高いとはいえ私ら6歳!恥じらいがないんだー!!
「え、あ、そのっ」
どうしよ、ここで着替えないと本当に間に合わない……けど、王子の目の前で?やけに広々と開放感があって、隠れる場所がないここで?
別に、こんな小さい子供に見られること自体はいい。だが、着替えを見られることがダメだ。しかも、6歳児とはいえ異性。やばい。
「どうした?まだ着替えないのか?……わかった。お前、今まで自分で着替えたことないだろ。人に任せっきりだとそうなるんだ。
今回は俺が着替えさせてやるから、こんどから自分でできるようにしろよ。」
「お、お断りします!てかあっち向いてて下さい!今から着替えるので、絶ッ対に見ないで下さい!!」
「わ、わかった。」
ぷい、と王子があちらを向いたので、猛スピードで運動服に着替える。
というか何故いるんだ王子。先に行けばいいでしょ……。
「終わったか。」
「終わりました。」
「よし、走るぞ。」
タイムリミットまで、あと一分半!
この学院はアメリカンに広いので、教室から校庭……というか平原までも遠い。
ここから一分半、行けるか?
王子が駆け出したのに続いて、私も後を必死について行く。今までニート生活をしていたせいで、体力は全然ない。それに比べ天才王子。流石、速い。
階段を降りて、靴へ履き替えてから外へ飛び出す。
ここからが遠いのだ。もう、一分は切っているだろう。
王子が、爆発的な加速で私を置き去りに先へ進む。
「はっ、速っ、まって………」
あああ脇腹痛い。喉元痛い。
王子はぐんぐん走って行く。あれなら、追いつくだろうな。
………でも、多分私は追いつけない。時間はオーバーするだろう。
侯爵家の娘として、家のメンツのためにもこういうことは犯さないようにしてたけど……無理だね。
百メートルちょっと全力で走って、このザマだから。せめて、トリスタンがあれば……ああ、あの薬って、いっつも使いたい時に手元にないのよね。
もう無理、限界。鐘鳴る。後十秒。
ふらふらする。もはや歩くのと同じスピードだ。視界もぼやける。
「あ……」
鼓膜にチャイムの鐘の音が届いたその時、一瞬人影を遠くに見て……
視界いっぱいに床が広がり、私は意識を手放した。
この日の気温は28度ほど。