11 友達ができた!
「続きましては、ルミリエ·セルグランス=ダイヤモンド様による、新入生代表の挨拶でございます。」
コツ、コツと、マリーさんから教わった通り、一歩一歩優雅な足取りで前へ出る。
……でも正直、私の内心は王と対峙した時と同じくらいやばい。前世でもそうだったけれど、私は人前に出ることが苦手だ。面接すら心臓が凄いことになるし、ましてやこのような大人数の前に出るなんて…………おい過去の私よ、何故引き受けたのだ。
そんな内心はお構い無しに、足はついに中央へ。……さて、仕方ない。ここまで来たからには、思いっきりやってやるぜ!準備完了!ルミリエ出撃用意!砲言撃戦、始めます!
まず手始めに、この騒がしいガキど………子たちを静かにさせ、私に意識を向けさせる。
そのために用意したこの"魔式拡声器"、つまりはマイク。これは、音を電気ではなく、魔力を媒体に音を伝える魔道具なので、スピーカーはいらない。
一つ、深呼吸。
………刮目せよ!くらえ、ハウリングLvMAX!
式場に響き渡る高音。
聞き慣れない音に混乱する各々。
私は、努めてにっこりと笑顔を作り、「私がやりました。」と「静まれ、者共」というオーラを頑張って出す。
……よし、上手くいった。皆の視線は私に集中し、子どもも騒ぐ輩はいなくなった。
でも、ここからが本番。背筋を伸ばし、緊張を心の底へ押隠す。
「花びらが舞い、鳥が囀る。風は穏やかで、咲き誇る桜は、私たちの未来を指し示すように堂々と佇んでおりました。───」
……そこら辺から先は、正直緊張で覚えていない。
・・・・・・・・
「あ゛あ゛あ゛終わりましたぁぁぁ」
「お疲れ、ルミリエ。」
ぽんぽんと私を宥めてくれるお父様。
結論から言って、私の代表挨拶は大成功だった。
ただ、気付いたら割れんばかりの拍手が聞こえてきて、それでハッ、と我に返ったのだった。
「緊張で胸がグチャドロになりそうでした……」
「表現がグロテスクだよルミリエ。……でも、見ていて緊張しているようには見えなかったよ。むしろ堂々としていてとても良かった。」
「そうですかぁ……」
もう式は終わり、殆どの人が式場を出た。ただ私は、すり減ったSUN値を回復すべく、お父様にすがり付いている。迷惑かな……とも思ったけれど、お父様も嬉しそうだから良し。
本当に疲れた。精神が疲れただけだけど、身体の方も重く感じる。
いやぁ、人の視線て、やっぱ怖いね。
「あ、あの……」
「んぅ……?」
埋めていた顔をのそっと後ろに向ける。
……女の子だ。私に声を掛けてくれたのか?と考えていた途中、私がお父様にしがみついていることに気付いて、慌ててお父様から手を離す。
「さきほどのルミリエ様の挨拶、すばらしかったです!」
「ほんとう!?」
嬉しい!正直、文に問題とか色々気になっていたし、どう思われたか少し……いや、かなり気になっていた。
「はい!私の父上と母上も感動しておりました!」
やった……仮にお世辞でも嬉しいです!なにこのいい子、パーティーの時見かけた気もするけれど……
「ありがとう。……あなたのお名前は?」
そう問うと、慌てふためきながら
「こ、これは失礼致しました!私はロローナ·シンゼ=ブルベリルと申します!」
そう、スカートの裾を摘んで可愛らしく礼をしたロローナちゃん。どこかで見た………パーティー……あっ!
「もしかして、パーティーで会った……」
「あの時は、せっかく話しかけて頂けたのに逃げてしまい……ごめんなさい!」
心底申し訳なさそうに頭を下げられた。ほんの少し感情に恐怖が混じっているような……
「いえいえ、そんな気になさらなくとも……。ほら、ロローナさんも謝る必要なんてないから。」
やっぱり私の立場かな……それか、この髪か。どちらも、って線もあるなあ。
とにかく、これは友達確保のチャンスに違いない!
「それに、私こそいきなり話しかけてしまい……びっくりしたよね。」
「あはは……たしかに驚きました。」
そこは肯定すんのかい。でも、同年代と話すのって、こんなに楽なものなんだ。前世、教室でキャッキャ騒いでた陽キャの気持ちが分かったような気がしないでもない。
「それで、そのぅ………」
もじもじし出したロローナちゃん。もしや、この流れでこれは、まさか……!
「ルミリエ、父さんが蚊帳の外になってるんだけど……迷惑なら、席を外そうか?」
自覚があるなら話しかけず静かにしていて下さい、と言いかけるも、その言葉をギリギリで喉元に留める。
「あっ!ごめんなさい!その、私、そんなつもりはなくて」
「ははは、大丈夫だよ。ルミリエは今の今まで友達がいなかったからね、仲良くしてやって欲しい。」
バッ、とお父様の方へ振り向く。ええ嘘でしょ……このバカ親父。このタイミングでそれは無い。
「ととと友達なんて、そんな大層なこと……」
ほら、ロローナちゃんもビックリしてるじゃない。「友達になろう」は、正面切って伝えるの案外言い難いもの。
でも、私もお友達になりたかったわけだし……よし、ここは。
「……一つ、良いですか?」
「はいっ」
努めて真面目な顔を作り、ロローナちゃんに向き直る。
「私の髪について、どう思いますか?」
その問いに、お父様が反応した。
「ル、ルミリエ……君は……」
「お兄様から聞きました。白い髪の毛は、魔王と同じ色だそうですね。忌み嫌われ、迫害される…………理不尽だと思いました。ただ、髪が白いだけで追い詰められる。書斎にはそれに関する本はありませんでした。お父様が隠して下さったのでしょう?これまで、一歩も外へ出ることを許さなかったのも、学院もここを選んで下さったのも。私を、心配させないように、と。」
それに、私は知っている。
あれは、私が転生してからまだ数ヶ月の頃。この世界の言語がまだ詳しく解らなかったため、今まで確証が出来なかったけれど、お兄様の話を聞いて気づいたこと。
私はその話を、ベビーベッドで寝たふりをしながら聞いていた。
「……やはり白、かい。」
「ええ。……マリーさん、無理はしなくていいのよ?」
お父様とお母様は、マリーの心配をしていた。
「問題ありません。仕事ですから。」
「マリーさん……」
「確かに私の……私の家族は、魔王に殺されました。鮮烈に覚えています。恐ろしかった。あの血に濡れた白い髪が、今も脳裏に焼き付いて離れない。」
マリーは、表情を何一つ変えていなかった。
「白髪の方を目にする度に、殺意が湧いてきてしまいます。よくも私の家族を手にかけたな、と。よくも人を殺して笑っていたな、と。
しかし、それは理不尽です。私の家族が理不尽に虐殺されたなら、私が抱えるこの気持ちは魔王にだけ向けるべき憎悪。何の罪も無い、ただ白髪として産まれた方に向けるべき感情ではない。私はそのような感情が湧く度、魔王に負けた気がして苦しい。」
お父様とお母様は肯定も否定も非難もしなかった。出来なかったのかもしれない。
「お嬢様は白髪です。ですが、魔王とは何ら関係がありません。むしろ、お嬢様を見ていると何かが掴めそうな気さえしてきます。」
そうだ。この時私は、マリーに撫でられた。優しく、家族に向けるような手で。
「ですから、問題ありません。仕事ですから。」
マリーは笑っていた。当時はわからなかったけれど、彼女は白髪の私を、今まで世話してくれていたのだ。嫌だったかもしれない。白い髪が気持ち悪かったかもしれない。けれど、マリーは私と一緒にいてくれた。それに気付いた時の気持ちは、もう何と表せばいいのか。
「そうか、知っていたか。やっぱり、ルミリエには隠し事はできないね。そうだよ、貴族院でも、地位に執着する親が多いここなら、ルミリエに手を出す子はいないと思ったんだ。本当は、もう一つの所へ行かせる予定だったけれどね。ここも近くていいだろう?」
もう一つの学院については調べた。そこは、学院長が魔族排他、つまりは魔王なんぞ許さない、白髪も許さない、人族以外許さないというキチなガイ院長らしい。この世界では珍しくないそうだけれど。
「それで、ロローナさん。この、私の白髪はどう思いますか?」
既に、権力やコネではなく、ただ私と友達になりたくて話してくれたということは確信しているが、もう一度あえて聞く。どう思われるのかが気になる。
「私は……」
呼吸の間を一つ置き、彼女は答えた。
「私は、綺麗だと思います。これは、私の素直な感想です。」
嘘はついていない。というか、6歳児は正直だ。だから、疑いようもない。
この子はいい子だ。決して、私を馬鹿にしたりなどしない。
ここで、ふと気づいた。
私は怖かったのか。確かに精神年齢は、既に大人と同じくらい。でも、それでも嫌われるのは嫌だ。悲しい。人間である以上、仕方のないことなのかもね。
「ありがとう、本当に。ごめんなさい、変なこと聞いて。」
「いえ滅相もない……それで、その、お友達には……」
「もちろん!これから仲良くしましょう!」
今の私が出来る、最高の笑顔を自然に出す。
怖かったと同時に、寂しかったのかもしれない。6年という時間は、良くも悪くも人にとっては長い時間だし、転生したという事実を飲み込むのには十分な時間。
でも、転生する時の懸念だった"友達"の部分。自分の知らない間に、私はあの地球の良き友人達が恋しくなっていたんだ。
失ったピースはもう取り返せない。でも、新しいピースを手にすることは出来る。今、私はそのピースを一つ、手に入れた。
「よろしくお願いします、ルミリエ様!」
「こちらこそよろしくお願い致します、ロローナさん!」
明日から、学院生活が始まる。
自衛も大事だ。でも、これからは本当に大事なことを大切にして暮らしていこう。
「ううううおおおおおおおルミリエエエエエエェェェァァア!!!」
ギョッとして、後ろを振り返る。
そこには、公爵とは思えない父の顔があった。
「お、お父様……?」
「ルミリエェェェェよがったなぁ……ごれがらながよくしてあげで、くれぇ」
「あ、あはは………」
あっ!ロローナちゃんが引いてる!ちょっとお父様、泣き止んで!ほら!
「ルミリエェェェェ、ひっく」
「ほら、そろそろ帰りましょうよ!あ、ロローナさん!また明日!」
「はい!また明日!」
一向に泣き止まない父を連れて、馬車へと戻った。
まったく、この親バカ親父は……
その後、慌てて追いかけてきたドリンクバーさんに賞賛の声を頂き、屋敷へ帰った。
楽しい学院生活まであと一日!ということで、帰るなり書斎へこもり読書を嗜んだ。
そして、明日はやって来た。