10 入学式が始まりました
「今年の入学生は、全員で175名ですか………」
眼下に生徒一同を捉え、そう呟いたスーツ姿の女性は、このジエム幼等·小等·中等貴族院の副院長兼、院長秘書であるスーラ·デスクスク=アメトリン。いかにも仕事が出来る、といった風貌だ。
「ええ、過去最多です。庶民院に至っては5000人を超えたと。そろそろ新しい校舎をもう一つ建てた方が良さそうです。」
「5000人………」
この国では、学院はジエム学院しかない。ただ、ジエム学院だけと一口に言っても、校舎により毛色が違う。このセルグランス区の貴族院は、中でも高い身分の者が集まる。
そして今年も、そんな学院の入学式がやって来た。
「さて、ルミリエ嬢はアレをどう凌ぐのでしょうね………」
院長の単眼鏡が、きらりと光った。
・・・・・・・・
やってきました入学式当日!
学院は、屋敷からかなり近く、前世だったら友達から「近くていいなぁ」と羨ましがられるほどの距離だけれど、予想通り通学は馬車らしい。
そんな僅かな時間馬車に乗り、降りた先は超巨大な建造物だった。
「お父様……これは。」
お父様に聞くと、どうやらこれが私たちの学び舎らしい。でかい。志望していた大学のキャンパスよりでかい。屋敷よりもでかい。もはや城。
「今年の入学者数は175人と多いからね。少し狭いかもしれないかな。」
お父様の感覚が解らない。
狭い?175人で?お父様は何を仰っているのでしょうか?
「ほらルミリエ、早く行かないと遅れてしまうよ。」
おっといけない。私とした事が……そうね、そうだわ。ああ、この建物ちっせーなー。せめて東京ドーム数個分くらいにしろよなー。
「これはこれはグロウル様!」
「まぁ、セルグランス卿だわ!」
「グロウル様、本日はお日柄も良く……」
変なことを考えながら歩いていたら、こちらに大人たちが寄ってきた。あー、あれか、目上の人に媚びへつらうタイプの方々か。
というか、保護者なら子の元を離れてこっち来ちゃダメでしょ。……あ、ほらあの子なんて「えっ……」みたいな感じで固まっちゃってるじゃない。
「おはようございます、皆さん。」
「ごきげんよう、皆様。」
一応私も、お父様に見習って挨拶をする。ふむ、今回は中々綺麗にできた。
今私は、学院の制服を身にまとっている。ブレザーとスカートという前世にかなり似ていて、ベレー帽っぽいのも付いている。まあ、6歳児のちびっこなんですけどね。
大人達の反応はどうだろう……………あれ、反応されてない。お父様の挨拶には「ありがとうございます!」とか言ってるのに……
「それでグロウル様、本日エレイ様はご一緒ではないのですか?」
「パーティーでのエレイ様のダンスは素晴らしいものでしたわ。ぜひ今度、うちの娘とご一緒させては下さりません?」
「先日、グロウル様に新たにご子息が誕生なさったとお聞きいたしました。一度、お顔を拝見させて頂きたく……」
ああ、なるほど。流石は貴族。お兄様とタール狙いかぁ。そりゃあ、公爵は世襲制だし、性別的にお兄様かタールがなるのだろうけど……
………なんだろう。ちょっと悔しい。
「すまないが、時間がない。今日は我が娘の晴れの日だからね。遅れさせて恥などかかせたくは無いのだよ。……行こうか、ルミリエ。」
「お、お父様……」
私の、お父様の手を握る力が強くなったことに気付いてか、お父様がこの場から離れてくれた。
ちらっとお父様の横顔を見る。
その時のお父様の顔は、いつもの柔和な表情とは少し違い、頼れる父の横顔だった。
・・・・・・・・
入学式は、学院の大きなホールで行われる。
舞台があり、椅子が並んでいる。要は会議室や映画館みたいな所だ。
「お父様……私、実は隠していたことがあるのです。」
「何だい、ルミリエ?」
さて、先程沈んだ気持ちを吹き飛ばすように宣言しよう。それは……
「実は私、今日の式内で代表として言葉を述べることとなっています!」
ドリンクバーさんが帰った後、「どんな用事だった?」とお父様らが聞いてきたものの、私は秘密にしていた。そっちの方が面白そうだったからだ。
「すごいじゃないかルミリエ!もしかして、前にセルフさんが来た用って……」
「お察しの通り、これについてです。」
それを聞いて、いつになく沈んだ様子だったお父様の顔にも活力が戻った。
「すごいよ。今年はジル様が行うと思っていたけど、それを抑えてルミリエが……良かったな。」
「はい。」
本当は、その王子が拒否したからなんだけどね。
まあ、お父様も嬉しそうだし、言わなくてもいいかな。
「それで、いつ頃ルミリエは出るんだい?」
「あ、そうでした!早く行かないと……」
順番で言って、私の役は式中の三番目に行われる。
ドリンクバーさんには最初から待機していて欲しい、との事なので、式が始まる前に裏へ回るのだ。でも、その前に……
「お父様!例のブツは……持ってきて下さいましたか?」
「はい、これだね。それにしてもこれって何に使う道具なんだい?」
受け取ったモノを確認し、私はニヤッとほくそ笑む。
「……それは、私の番まで秘密です!」
そう言い告げて、私はお父様と一旦別れた。
・・・・・・・・
まず初めに、パーティーの時と同じくドリンクバー院長の話が始まった。
ご入学おめでとうございますや、簡単な学院な説明やら。
私は大事な役目があるから舞台裏で聞いていたけれど、ちょっと寂しかった。だって、他の子は親の隣で聞いているのに、私はお父様と離れてるって……仕方ないけど。
ちなみに、入学生入場みたいなことはやらない。甘やかされ育った子が多いのか、式が始まったというのに騒ぐ子もいる。
ま、私はこのことを予想して、コレを持ってきたのですがね。
お、院長の話が終わって、次は在校生の言葉か。横から見る形だけれど、かなりのイケメンね。まだあどけなさが残っているけど。……私?六歳ですが、なにか?
……どうやら、このイケメン在校生は、アルセイ·フェーグン=ルビーという名……つまり、公爵家のご子息だ。話も、学院どこが楽しいとか、学業を頑張れとかいう内容だけども、お兄様のような大人びた雰囲気が醸し出されている。
……在校生代表の話が終わり、盛大な拍手が聞こえる。
さあ、次はついに私の番だ。気を引き締めて行こう。
次回は、明日同じ時間に投稿です。