異世界生活の始まり
ページを開いてくれた皆さん、ありがとうございます。そして初めまして。「雪桜と紅葉」と申します。作者名は長いので、皆さんでお好きなようにお呼びください。遅筆ではありますが、皆さんの生活の糧になれば何よりです。
この世界には多くの価値観がある。美しい、好き、愛、思いやり、正義、寛容、情熱、好奇心、尊敬、勇気、喜び、信頼。正の感情を表す言葉は多くあるが、それ以上に負の感情を表す言葉存在するだろう。人の感情とは一概に表せるものではなく、同じ言葉を用いてもそれを使う人間の経験によって、そのニュアンスは無限に等しい分岐を見せる。では、そのような多種多様な感情を持つ人間は、二者択一の問題に直面した時にどのようにして自分の答えを導き出すだろうか。合理的かもしれない、感情的かもしれない、情かもしれない、仁かもしれないし、義かもしれない。
だが、己が命が掛かっていたとしたらどうだろうか。前述した道徳的な考えに至れるだろうか。倫理的な答えを持てるだろうか。どんな要因もかなぐり捨てて自己防衛に走りはしないだろうか。
必ず天秤はどちらかへ傾く。それは条理が立つかどうかに関係なく帰結するものである。それが人間の汚さであり、時には人間の美徳にもなる。人間とは理性と本能を使い分ける生き物であり、他の生き物とは異なる生存競争に日々、身を置くものである。
夏の日差しが眩しく照り付ける中、学校への道を自転車で走る。月曜の憂鬱な朝。蝉が煩く鳴く街路樹を恨めしく思いはするが夏の風物詩だと、祖父に言われたのを思い出し溜飲を下げる。明日が卒業式で、今日はその予行練習だ。高校生活における多くの時間を費やしてきた部活動も終わり、朝練から解放されているのもあり、余裕をもって学校に向かうことができている。
「長いようで短かったな」
そんなことを考えていると目の前に同じ高校の制服を着た女子学生が見えた。名前は知らないが、確か全国模試で10位を取ったとかで先生に褒められていた。まぁ、学年でも男女ともに人気のある生徒ではあるが俺にはあまり関係のない人、殿上人に近い存在。
そんな彼女は少しゆらゆら揺れながら歩いている。優等生には珍しく夜更かしでもしたのだろうか。前からトラックが突っ込んでこなければ笑い話で終われたのに。きっと運転手のおじさんも夜更かししたのだろう。日本人は働きすぎだ。
自分と彼女ではどちらの価値がより上だろうか。自分は体力測定や勉強においては上位を取っている。ただ彼女はその中でも勉強においてはトップ10である。彼女のほうが交友関係も広く、クラスの代表なんかも務めている。他人が「どちらかだけを選べ」と言われれば「選べない」と言うかもしれないが、少なくとも、自分の中では彼女のほうが価値が高い。
自転車の速度を上げる。日本特有の湿り気を帯びた風が頬を撫でる。強く足を押し込むことで軋みを上げる自転車。その不快な音が、なぜだがオーケストラにも負けない天井の音色に聞こえた。
気が付くと白い部屋にいました。壁だけは一切の汚れがない白亜の壁。ピンクのソファなどピンク系統の色を基調とした家具が点在しています。少女趣味全開。見ているこっちが恥ずかしい。
「最近流行りの転生ものならやめて欲しいんだけどなぁ」
友達が休み時間に話していた好きなものの話とよく似ている。その人から聞いただけなのでよくは知りませんが、なぜ死んだ後も魔王やドラゴンと戦わないといけないのでしょうか。主人公ひとりに一国の命運を委ねる国もどうかと思いますが……。私、主人公なんて似合わないですよ。
もう死んだんだろうからほっといてほしいなぁ。死んでからも健気に働かないといけないとか、地獄です。だから日本人は働きすぎだって外国人に言われるんですよ。バイトすらしたことないですけど。
『あの~、全部口に出てますからね。せめて心に留めておいてもらえませんか?神様でも傷つく心持ってますからね?あと、私は全ての生物が主人公だと思ってますからね』
意図的に無視していた存在が話しかけてきた。確かに、人類基準で言えば美人だろう。可愛くもあり、美しくもあり、凛々しくもある。万人が振り向くその容姿に文句をつけるようなことはしない。神様というだけあって、信仰心を得やすい見た目をしている。容姿には欠点はないだろう。
「あの子助かりました?」
一応、聞いておきます。
『えぇ。彼女は無事ですよ。あなたに突き飛ばされたことで擦り傷はありますが無事です。因みに彼女の寝不足の原因は家族喧嘩ですよ♪』
いらない情報をありがとう。とりあえず、救えたのなら死んだ甲斐がありました。これで彼女も死んでいたら、今頃私は自分からトラックに突っ込んだ自殺志願者のレッテルを張られていたでしょう。よかった。
「じゃあ神様、私を死後の世界に『あなたには別の世界に転生していただきます!!』」
この女神食い気味にきやがった。拍手をするな。何もめでたくないんだよ。
「なぜ私なんでしょうか?死亡者なんて日本だけでも日に3000人近くいますよ?」
女神はよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに胸を張って答える。神々しさが言動で台無しです。
『あなたが普通科の学生だったからです!あとは単純に若いほうが順応性が高いですし、あなたは特にそれが顕著ですからね~』
さっきから自分の舌を噛み切ろうとしたり、爪を食い込ませようとしているんですが通り抜ける。透過する。くそっ、逃げ道がないじゃないですか。他に方法はないか?
『もう諦めて、次のこと考えましょう?この部屋に来てからずっと自殺しようとしてますよね?私の気持ちも考えてくれません?』
……
諦めました。これは無理です。自暴自棄です。なんで負けが確定した世界に送り込まれなきゃいけないんですか。どんな能力をもらっても一般人ですよ?テニス部に入ってた高校3年生にどうしろと。いえ、次の日には卒業式だったのですから、ほとんど高校生ではないんですけどね。
『それでは改めて、私はエシャクといいます。あなたにはある世界に行ってもらいます。そこで好きなように生きてもらって結構です。これはあなたの世界でいうところのロスタイム、夢の続きのようなものです』
はい、そうですか。好きなようにね。
『あなた、う~ん。他人行儀過ぎますかね?前川聲くん、あなたには、あなたの心にあった魔術とランダムでひとつ魔法を授けます』
『これからあなたが向かう世界は基本的にはあなたのいた地球と同じルールが適応されます。差といえば、追加ルールとして魔法が入り込んでいるくらいです。』
「転移場所の指定はしても?」
眼で促される。私が諦めたことで実に満足気な顔をなさっている。箪笥の角に小指でもぶつけてしまえ。
「街道に近い場所でお願いします。半日も歩けば町があるくらいの場所だとなお良いです」
『それではここにしましょう~。前川聲くんの旅路に幸あれ。いってらっしゃ~い』
ふぅ~。行きましたね。今回の子は今までにないタイプでしたね~。あそこまで拒否するなんて……。あの子はどんな物語を紡いでくれますかね~。願わくば余生を謳歌してほしいところですが、あの環境では厳しいでしょうね。私は確信犯です!
『イタッ!なんで今日に限って箪笥に指ぶつけなくちゃいけないんですか~』
まずは1話の読了、お疲れ様でした。文章は読み難くなかったでしょうか?
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