【6.牛首】
ともかくも、前進すると決めたからには歩くしかない。
山小屋を去ろうとするとき、料金札のかかった水タンクが小屋の角にあるのに気付いた。この時、キレット小屋で補給した水はまだ一リットル以上残っていた。もし計画通り五竜山荘で泊まるのだとしたら、余分に給水されたこの水は無駄荷だったことになるが、前進することにしたため、無駄にはならなかったと思った。そういえば、鹿島槍で出会った二人には、今日の宿泊予定地は五竜だと伝えていたことを思い出した。テント場に私の姿がないことを見て、彼らはどう思うだろうか。小屋に泊まるかもしれないとも話したので、小屋泊していると思うかな、などと考えた。
私はここでストックをザックから外して手に持った。冷池から一気に唐松まで行くというのは、コースタイムでも十二時間を超す行程である。ちゃんと到達できれば快挙だろうが、万一のことがあれば無謀な行動だと揶揄されるだけだろう。そんなことがないように、集中力を持ちながら進もうと思った。
五竜山荘を出てすぐ裏手に、白岳という山がある。山小屋からそちらの方向へ登山道がのびていたので、そこまで二、三十メートル登った。休憩直後の登り坂はきつかったが、すぐに遠見尾根との分岐となり、そこから唐松方面へ向かう道は下りとなった。
その分岐を通過してから、付近のガスは次第に薄くなっていった。山小屋の人も言っていたように、ここからしばらくは下り坂である。ちょうどガスが取れていったために緑色の稜線の先がよく見えて、たいへん気持ちがよかった。昨日入山してからほぼ初めてと言ってよいほどだが、時折太陽の陽射しも届くようになった。私はそれまで長袖シャツと半袖シャツとを二枚重ねで着ていたが、長袖シャツを脱いでザックに括りつけた。ここまでの行動中にほぼ乾いてきていたが、日に当てて完全に乾燥させようと思ったのだ。同じく、濡れたままザックのサイドポケットに押し込んでいたレイングローブも出して、ザックのサイドに括りつけた。そして、準備してきた日焼け止めを腕と首に塗った。今回は暑い山行になるだろうから半袖の場面もあるかもしれないと思い、今回の山行のために購入した日焼け止めだった。残念な天候のせいでここまで出番がなかったが、ここで初めて使うことになった。
(ようやく青空が見えた稜線。唐松岳は前方の雲の中だが。)
鮮やかな緑色の中、なだらかな稜線を下っていくのは実に気分がよかった。しかしそんな楽な行程は束の間だった。やがて登り返しがやってきて、急に身体が重くなった。私は何度も休憩をしながら坂を登った。
やっと登ったその坂の頂点で前方に見えたのは、百メートルはあろうかという登り坂だけではなく、その坂に至るための、「下り」坂だった。私が恐れていたアップダウンは、やはり存在していた。山小屋の人は、私とは「アップダウン」の定義を異にしていたのかもしれない。彼と会話を終えた時に感じた違和感はこれだったのだ。
しかし、もし仮にアップダウンがありますよと言われたとして、はたして私は五竜で行動を終えていただろうか。よほどの危険性を指摘されない限りは、おそらく、不安を感じながらもやはり進んでいただろう。いずれにしてももう歩き出してしまったのだから、歩ききるしかないのだ。
私は下って、また登り始めた。向こう側から人がやってきたので、まだまだアップダウンはありますかね、と苦笑しながら尋ねた。その人は、うーん、あと、二つ、三つくらいかな、と言って、私と逆方向に歩いていった。私はそれを聞いて、この急坂を越えてもなおまだ二つの小ピークを越えなければならないのかと思い、滅入った。時折ガスは流れていたが、上空の三割ほどを青空が覗くようになった。私は稜線上で強い陽射しにさらされながら、なんとかその坂を登り切った。
後ろを振り返ると、私と五竜岳との間を雲の塊が遮っていて、五竜の姿は見えなかった。しかしその雲の下に、私が歩いてきた稜線と、五竜の裾野が見えた。ずいぶんと歩いてきたことを実感した。ひどくきついが、こうして確実に歩を進めていることを実感できるのは励みになった。前方には頭上に小ピークが控え、その奥に、さらに一段高いピークが見えている。先ほどの人と会話してから三つ目のピークだと考えれば、そのピークこそ目指す唐松岳だろうか。だが、その姿や距離感から見て、どうも違うような気がした。先刻の人が言った三つのアップダウンというのも、初めから鵜呑みにはしていなかった。いつ・誰から問われるか分かるはずがないものを正確に数えているはずはないし、山小屋の人と同様、どの坂を一つと数えるかという点には大きな個人差があるからだった。
手前にあったピークを越えて、その奥に見えていたピークの斜面までやってきた時には、非常に疲労していた。その手前で、ちょっとした岩場や鎖場を越える場面があって、体力をどっと使っていたのだった。私は小さなスペースを見つけて、重いザックを下ろし、覆いかぶさるようなピークを上方に見上げて水を飲んだ。十名ほどの登山者が、前方の急坂を登っていた。
私はそこへ向かって気力をつないだ。ただ一歩ずつ登るだけだった。ひどく暑かった。無心で登っていると、知らないうちに前方の登山者との距離が縮まり、やがて追いついた。中年の女性ばかりの団体だったが、軽装で、元気に登っていた。彼女たちは、後方から迫ってきた私を見つけると、先に行ってくださいと言って道を開けてくれた。礼儀上、ありがとうございますと言って通過するのだが、この時は足が思うように上がらずに苦しんでいた時だったから、待っているその人たちのために歩を緩めることなく登らなければならないのは、実のところたいへんな苦しさであった。
その一行はてんでに楽しみながら歩いていたので、各人の間隔がけっこう開いていた。広く分散して歩く彼女たちパーティの間を、徐々に追い抜いていくような格好である。一人を抜くと少し間隔が開くので、その機会に足をとめて息をついた。後方の五竜岳から次第にガスが取れていった。もしかしたら五竜岳の雄姿が見えるかもしれない、そんな期待を持ちながら登っていくと、次に前方にいた女性が、五竜が見えると声を上げた。ちょうどその時、彼女のそばには仲間ではなく私がそばにいた。ほらあれ、あれがピークでしょ、と喜ぶ彼女に応じてあげながら、私も一緒に五竜岳の展望を楽しんだ。ちょうど五竜のバックには半分ほどの青空が広がり、美しい光景だった。
(美しい五竜岳。これまでの辛さが一気に報われる)
写真を撮ってから歩き出したが、足元が少しふらつくような感覚をおぼえた。相当疲労がたまっている証拠だった。なかなか坂の先端へたどり着くことができなかった。しかも鎖場が現れた。先ほどちょっとした鎖場があったので、そこと同じ気持ちで進入したが、すぐに気持ちを改めた。一転して登山道は細くなり、高度感も増した。
いつの間にか、私はこの付近では再びヘルメットを着用していた(正確に記憶していないほど疲労していたのか)。足元が覚束ないので、非常に神経を遣った。体力は気力で補うしかない。陽にさらされて熱くなった岩を慎重に掴んで三点支持をしながら、歩を進めた。疲労の極度にいるため、自分の手足を信用してはいけないと思った。途切れがちになる注意力を集中させながら、登った。
そこを越えると、またその先に険しい岩場があった。そのまま登り続ける体力がなくなったので、岩と岩の間に腰掛けて、休憩をとった。中年女性ばかりの団体の中で、一人だけ年配の男性がいて、そこで休憩していた。私はその人のそばで行動食を口にしつつ休憩しながら、話をした。彼らは遠見尾根から五竜へ至り、このまま唐松へ行き、明日は八方尾根を下るということだった。私も唐松へ行って、明日は不帰へ行くつもりだがⅡ峰の北峰の下りが不安だとその人に話した。ずいぶんとこの山域に詳しそうだったので、アドバイスをもらえるのではないかと思ったのだ。すると彼は、まあたいしたことないですわと穏やかに言ってくれたので、ずいぶん気が楽になった。
彼は、今日のキレット小屋は、すいていましたかと聞いてきた。分からないと答えると、なぜ分からないのかが理解できないらしく、もう一度同じ質問をしてきた。話がかみ合わないので、通過したのが朝早くだったので分からない、しかし見た印象では、混雑はしていなかったようですよ、と言葉を補って答えた。どうやら私がキレット小屋に泊まったものだと思い込んでいたらしく、ではどこから来たのかと聞かれた。私は冷池からだと答えて、行動食を片付け始めた。彼はなお後続のメンバーが追いつくのを待つようだったので、私は先に行きますと言って立った。まあ気をつけてくださいね、と彼は優しく声をかけてくれた。私が鎖をつかんで進み始めたとき、ちょうど彼の仲間がそこへ追いついたところだった。彼がその仲間へ、あの人、冷池から来たんやて、と、感嘆しながら話しているのが、背中で聞こえた。
その鎖場が、この付近では最大の難所だった。五竜山荘を出発して以来の苦しさのあまり、牛首の鎖場の存在を忘れていたが、間違いなくここがそうだと思った。落差のある、登りの岩場である。唐松方面から逆走する場合は急な下りとなるため特に危険だという知識があった。登りだから下りほど危険ではないが、ふらつく感じがあるのに加えて、高度感によって目がくらむのが厄介だった。ふとした瞬間に目まいなどしてしまったら、場所が場所だけにたいへんなことになる。平衡感覚を失わないように気を遣って、ゆっくりと鎖場を通過した。切り立った岩場のトラバースだった。一歩もおろそかにできなかった。
そうして岩場の突端をぐるりと回り込むと、鎖が途切れた。そしてその先に、唐松岳頂上山荘の赤い建物の姿が見えたのだった。
(牛首の岩稜帯。登りは比較的に平易のはずだが、疲労がピークでつらかった)
最後の鎖から手を放すと、ほっとした。もう大丈夫だと思った。そして、よくもまあ冷池山荘からコースタイムで十二時間超もかかる岩稜帯を歩いてこられたものだと思った。鹿島槍ヶ岳と五竜岳の百名山二座を踏破し、八峰キレット・五竜、そして牛首の岩稜帯を突破してきたのだ。我ながらすごいと思った。
ちょうど、唐松岳頂上山荘から散歩に来ていた平装の中年女性二人が私とすれ違った。彼女らは私の登山姿を見て、ほらああしてヘルメット着けて、もし何かあった場合でもヘルメットを着けている方が安全なんだわ、などと会話をしているのが背後で聞こえた。
ロープウェイを利用して八方尾根から手軽にアクセスのできる唐松岳は、下界の観光地とほとんど大差がないように思える。すれ違った中年女性らは、きっとすぐその先にある牛首の岩稜帯など知らないことだろう。ましてやさらにその先の五竜や八峰など…。折しもすぐ左前方の唐松岳の頂上付近から、しきりとやっほうの声が聞こえてくる。ほとんどふざけ半分だ。きっとどこかの中学生などが修学旅行で来ているのだろうと思った。私は唐松岳頂上山荘に近づきながら、自分は、ここにいる人たちとは違うのだという、驕りを含んだ自負を感じた。
唐松岳頂上山荘に到着したのは三時少し前だった。休憩を除けばコースタイムより早く着くことができた。あとから確認したところ、この日のトータルで、コースタイムの十二時間超に対して行動が九時間弱、休憩が一時間強だった。我ながら早いスピードだと思うが競技をしているわけではない。それよりも、二日目にして唐松岳まで進出できたことが、たいへんに意味のあることだった。これにより翌日は白馬岳までほぼ確実に行くことができるだろう。使えない天狗山荘でテント泊を強行する必要はなくなったわけだ。
山小屋の建物の周りには、思った通り、中学生らしき団体がそろいのジャージを着て隊列になった状態で待機していた。いくつかの班に分かれて山頂へ行っているのだろう。それほど広くない小屋前のスペースの中でたむろする彼らの中、ヘルメットを着け大型ザックを背負って通ってゆく私は玄人に見えたに違いない。
私は山小屋の入口の近くにザックを下ろして、中に入った。五竜山荘の時点ですでにテント泊でもよいと思っていた私だが、受付をする前に、念のため、テレビに表示された三時間予報を確認した。すると、明日の三時から六時頃の予報は晴れと表示されていたので、私は迷うことなくテント泊の申し込みをして、ついでにスタンプも押した。
受付の際、例によって次の行程を書く欄があったので、白馬と記入した。すると、テントですかと聞かれたので、小屋泊にするかもしれないと答えた。次の予定地が白馬と知って、受付係はみずから白馬方面の情報を話し出した。まずは天狗山荘が使用できないこと、これは既に知っている。次に白馬鑓温泉へ下山する場合、食事の提供はご飯とみそ汁のみとなっていること、これは、その方面への下山は考えていないし、仮にそうする状況に陥ったとて食糧は持参しているから問題はない。最後に、水である。受付係から、水は売店で売っているので煮沸して飲んでくださいと言われたことが引っかかった。
自炊用に使う分は当然煮沸するから良いとして、白馬までの飲料水も補給して持って行くつもりだったから、そのまま飲料用に使えないのは問題だった。私は補給用の水ボトルを一つしか持っていない。あとは行動用の小型ボトルだ。一度すべて煮沸してから入れ替えようにもボトルがないし、仮にやるとしても何度かに分けて煮沸しなければならず、あまりにも面倒だ。いったん要煮沸の水をボトルに入れてしまうと、ボトルはその時点で汚染されたことになるだろうから、明日白馬で給水する水も同じ扱いをする必要が生じるわけだ。
そこで、天狗山荘に急ごしらえの水場が設置されたという、事前に得ていた情報を確認しようと思い、天狗山荘は…と言いかけたところ、はっきりと、天狗山荘には水場はありませんと言われた。さらに、二人いた受付のもう一人までもが言葉を継いで、ですのでここが最後の水場と思ってくださいときっぱり言われてしまった。私の得ていた情報とは異なっており、しかも彼らはアルバイトらしく見えたので、どことなく信用する気になれなかったが、そこまで断定的に言われてしまうと反論するのは面倒だった。私がインターネットで見た情報も出所が不明なので、ガセかもしれない可能性も否定できなかった。
しかし、水がそれしかないというのならば、腹を下すことを覚悟した上で、そのまま口にする以外になかった。私は売店の人に、そのままでは飲めませんかと聞いてみた。もちろん、飲めますと言うはずがないのだが、困っている私を見て、もしそのまま飲みたいのなら、ペットボトルのミネラルウォーターがありますよと言ってくれた。ただし計量水ならば一リットル百五十円であり、私はそれで予算立てしてきているわけだが、ペットボトルとなると五百ミリリットルで四百円にもなる。売店の人は続けて、常温のものならここにあるし、冷たいのがよければ自販機で買ってくださいと言った。
私は考えさせてくれと言って、悩んだ挙句、常温のボトルを二本購入することにした。明日の行動を考えれば一.五リットルはほしいところだったが、なにぶん高かった。キレット小屋で給水した水も少し残っているし、もし食事の後で水が足りないと感じたら、明朝自販機でもう一本買おうと思った。しかし要煮沸ということが事前に察知できなかったことは、大きな痛手だった。もし知っていれば五竜山荘で給水していたことだろう。
私が売店の人と会話している時、他の宿泊者が、雨具を乾かしたいのだがと、受付で乾燥室の所在を聞いているのが聞こえた。私は特別その人の会話を気にしていなかったのだが、それに対して受付係が、ここでは乾燥室がなく靴を乾かすのみだという回答をしたので驚いた。
これほどの規模の山荘でありながら、水も乾燥室もままならないのであれば、小屋に泊まる意味自体がほとんどないのではないかとすら思えた。ここが大規模な山荘であることから、そうした設備があるものだと疑うことなくここまで進出してきたわけだが、もしこうした情報を知っていたら、きっと五竜山荘から先へ進むことをためらっていただろうと思った。
私はトイレをすませた後、外に置いていたザックに戻って水を詰め替え、空いたペットボトルをゴミ箱に入れて、テント場に下りた。テント場は、唐松岳頂上山荘の西側に伸びる餓鬼山方面への下り登山道の手前にあった。
もはや一歩も歩きたくなかった私にとって、テント場までのわずかな下りはつらいものだった。テント場といっても、その登山道の途中の、多少広いスペースに張れるようになっているだけであり、当然のことながら、手前の山荘に近い部分から順に、スペースがすでに先客によって占有されていた。下へ下りれば下りるほど場所を確保できる可能性はあったかもしれないが、もう歩きたくなかった私は、登山道上の少し幅広な部分にテントを張ってしまった。きっとここはテントを張る想定場所ではないと思われた。その証拠に、その先に下りた場所にあるスペースと、さらに下のスペースにそれぞれテントが張られていたからだ。もし私の設営地が通常の想定場所であれば、きっと先着した彼らが目ざとくここを占有していたに違いない。
ともあれテントを張った。ふつう見て登山道である場所にテントを設置したのだから、他の人に邪魔になることが気がかりだったが、目いっぱい山側に寄せて張ったので、通行の障害とはならないだろうと思った。してみれば、反則技かもしれないが、大きく下ることなくテントを張れたことはもうけものだと思った。
テントの中に荷物を押し込んで中に入ると、まるで何もする気がなくなった。それほどに疲れ果てていた。もう動かなくてもよいのだという安堵感が、生活に関わる行動すらも停止させようとするほどだった。それでも動かないわけにはいかないので、ザックからエアマットを引っ張り出して膨らませたり、着替えて身体を拭いたり、濡れた靴下や装備をそこらに広げて干したり、日記を記したりなどした。この日も休憩用の甘酒を用意してきてはいたが、何をするのも面倒だったので、飲まなかった。先ほどの水のこともあって、水を温存できるからちょうどいいなどと思った。
前日より直射日光がない分、過ごしやすかったが、横になると確実に眠ってしまうと思ったので、がんばって起きていた。スマホで天気予報でも見ようかと思って電源を入れたが、テント場が稜線より富山側に下ったところにあるせいか、長野側から来ているはずの電波を拾うことはできなかった。仕方がないので再び電源を切って、ぼうっとすることにした。昼過ぎにテント場に着いていた昨日とは異なり、あと間もなくすれば四時だから、退屈ではなかった。
唐松岳の山頂は、山荘から七十メートルあまり登った所にある。到着した時からガスが行ったり来たりしてはいるものの、山としては概ね良い条件のため、ずっと混雑している様子が、テントから見上げて分かった。山頂がくっきりと見えるわけではないが、山荘から山頂へ向かう人々の列が見えた。一瞬山頂が晴れ上がった時があり、その時ばかりは山頂へ行きたいと思ったが、どのみち明日通過することになる山頂を、往復三十分をかけて登る力はなかった。
(この日の行程図。たいへんな距離であった)
四時頃になって、食事の準備を始めた。前日の反省もあって、手順どおりに行なう。昨日と違う点は使用するフリーズドライの具材だけであり、ほかはまったく同じメニューである。この日は「スープカレー」だった。いちばんうまそうなこれは最後の日に取っておきたかったのだが、疲労のあまり食欲が減退しているので、これを食べようと思ったのだ。これは期待に外れずうまかった。前年は粉末カレーを持っていったが、このフリーズドライ食品であれば具材も入っているし一回で食べきることができるので、はるかに使い勝手がよい代物だった。カレー好きの私はこれまで何度となくレトルトカレーを山に持って上がるなどしたが、おそらくこのフリーズドライが、使い勝手・重量・味などの点で最もバランスが取れていると思った。このおかげで、疲労した胃でもなんとか食べきることができた。
片づけをして、横になった。ガスが少し雨を含んできていたので、外に干していたものはすでに中にしまってあった。気になる傍らの登山道については、二三度通行者がいたが、テントは邪魔になっていないようだった。
前日にシュラフが結露によって濡れてしまったことを反省し、レインウェアの上衣のジッパーを締めた状態にして、上衣の裾からシュラフの足を突っ込んで寝ることにした。シュラフカバーの代用である。なおこの日もそれほど寒くはなく、ダウンは着用しなかったし、頭部をシュラフに埋めるまでもなかった。眠ろうとしたら、もうその瞬間に眠ってしまった。傍を歩く人の足音で一度夢うつつに目が覚めたがそれも一瞬だった。その後、遅くなって降り出した雨の音に気がつき、また目が覚めた。この時も夢心地の中、出発する頃には止んでいるだろうとぼんやり考えて、またすぐ眠りに落ちた。