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後立山連峰縦走紀行 ~2017年7月~  作者: たかの りつと
5/12

【4.鹿島槍ヶ岳を経て八峰キレット】

七月二十七日(木)【二日目】

 私は目覚めるなり、外に聞き耳を立てた。そして、どうやら雨の音がしていないことに安心した。

 私はシュラフから身を起こして、暗闇の中、手探りでザックの中から服を取り出して着替えた。眩しいので、なるべくヘッドライトを使いたくなかった。

 天幕を開けて外側のフライシートに触れてみると、常のごとくひどく結露しているのが分かった。私は内側からフライシートを少し叩いて、多少の水滴を落としてからフライシートを開けた。その振動で、フライシートに付着していた水滴が、ぼとぼととテントの中へ落ちてきた。嫌なものだが致し方がない。あとで拭くしかないのだ。

 私はフライシートを留め具で固定して、開口部を確保した。そうしてヘッドライトを点灯してから、カップで一杯分の水を量り、火にかけた。湯が沸くまでの間、シュラフを圧縮して収納した。シュラフの足元側が結露して濡れていたので、さっと拭いてから収納袋へ力まかせに押し込んだ。そして、朝食用のフルグラを入れた袋から、一食分をカップで計量して皿へ入れた。そのうちに湯が沸いたので、カップで即席みそ汁を作った。みそ汁は、いつも粉末タイプのものを持参している。即席みそ汁は生味噌タイプが主流だが、重いし生ゴミが出るので、味は落ちるが専ら粉末タイプを愛用しているのだ。

 フルグラとみそ汁というのは少々取り合わせが変だが、重量・栄養バランス・調理の簡便さなどの点から、ラーメンと並んで私の朝食の定番である。睡眠不足の寝起き直後だと食欲がわかずに食べられないものだが、前夜よく眠れたこともあって、この日は苦しまずに朝食を食べることができた。

 クッカーや食糧を手早く片づけると、座布団代わりに敷いていたエアマットを圧縮した。それから、エアマット、シュラフ、着替えた服、クッカーと食糧、といった順に、荷物をある程度ザックに収納しておいて、外へ出た。周囲を見てみると、昨日最後に到着した二人組だけが、すでに起きて準備をしていた。

 私は貴重品だけをレインウェアのポケットに入れて、テントを閉じた。面倒だが、山荘まで下りて用便を済ませる必要があったのだ。暗い中、ストックを持ってテント場を離れた。その直後、トイレットペーパーがない場合は大問題になると気づき、テントへ戻った。トイレットペーパーがあるかどうか、昨日確かめておけばよかったと思った。テント場までの間はほんの数メートルだが、登り返すのは面倒だった。

 トイレットペーパーを持って、今度こそ山荘へ下った。遠く東の空がかすかな紫色になりつつあった。その暗い光の中で、背にしている山のシルエットがぼうっと見えた。鹿島槍ヶ岳ではないかと思った。昨日は見えなかったが、今朝は見えている。天気予報どおりだと考えて、嬉しく思った。一時間早起きして正解だったと思いながら、再び山荘の方向を向いた。

 昨日テント場に上がってきた時、山荘までの道が所々ぬかるんでいて、崖に近接している箇所もあることを覚えていた。だからこそストックを持ってきたのだが、案の定歩きにくかった。出発前の用便のための道で転倒するというのはいかにも間抜けである。気を付けなければならなかった。昨日はテント場に上がる距離がとてもつらかったが、同じ道を歩くというのは心理的に短く感じられるものであり、ほどなく山荘に到着した。

 建物はまだ暗かった。テント場に一番近い側へ下りる階段があって、その先に外部トイレがある。ストックを入り口に立て掛けて入ってみると、運よく無人だった。真っ暗なのでヘットライトは点けたままである。便座は洋式で、ちゃんとトイレットペーパーも置いてあった。バイオトイレで、ほとんどくさくない。昨日の早い食事や十分な睡眠などの条件が重なったのか、スムーズに済ませることができた。

 用便を済ませるとテント場まで登り、テントの収納に取り掛かった。まだ暗かったが、遠くの空から次第に闇が薄れてきているので、ライトを点けなくても支障はなかった。まずは結露を丁寧に拭き取ってから収納していった。結露を拭き取るのに使用したセーム布は、何度も絞って多量の水をじゃばじゃばと落とした。すさまじい水分の量だ。きちんと拭き取らないと、これだけの水をザックに背負うことになってしまうのである。面倒だが、これをきちんと行なうことが一日の行動全体に影響するのである。

 テント場を出発したのは四時半頃だった。先刻山荘へ往復する際はかすかに鹿島槍が見えた気がしたが、周囲にはガスが立ち始めていた。時折、ガスの合間から雲海が見えて、眼下の長野県側をすっぽりと覆っているのが見えた。その雲海の上部からは、これから上ってこようとする朝日がちらりと見えた。だがそれも一瞬のことで、たちまちガスに覆われてしまった。登山道は稜線の長野県側を走っていたので、富山県側の様子は分からなかった。

 冷池山荘から鹿島槍ヶ岳まで、およそ五百メートルの登りである。そのちょうど中間地点に布引山があるので、まずはそこが最初の目的地だ。テント場がそもそも登り勾配の尾根上にあるということもあるが、今日はいきなり登りからのスタートである。しかし昨日と比べて一日分の食糧が減ったことと、水を一リットルしか持っていないことで、足取りは昨日よりも軽かった。

 登山道が稜線の富山県側に振れた頃、目前に布引山と思われるピークがガスの中から見えた。富山県側からガスが吹き付けていた。風が来る左側の方角の下方には黒部峡谷があるはずであり、谷を隔てて壁となっているのが立山から剱岳にかけての山塊のはずだ。ガスの中から、それらの谷や山々の一部が見えるのだが、全体が全く見えないので、どれがどれなのか、まるで分からなかった。ガスは目まぐるしく流れていて、真っ白で見えなくなる時もあれば、突然立山方面の山裾が見えたりした。


挿絵(By みてみん)

(ガスの中に見え隠れする布引山。その右後方にあるはずの鹿島槍は見えない。)


挿絵(By みてみん)

(左側。西に立山連峰の山影が時折見えるが、おびただしいガスに包まれている。)


 ゆっくり登っていくこと約三十分後、布引山の山頂に着いた。コースタイムでは一時間半となっているが、さすがに三分の一の時間で到着するはずはないので、地図の表示が誤っているのではないかと思った。そこは山頂という印象ではなく、尾根の中間地点のコブという印象である。地図では「布引山」と記されているが、立てられていた標柱には「布引岳」と書かれていた。周囲は真っ白で、何も見えなかった。私はここで小休止して、先へ進んだ。ガスは濃くなる一方で、水の粒がまつ毛や服に付着するほどだった。

 今日はアンダーシャツの上に長袖のメリノウールシャツを着て、さらに上から半袖のシャツを着ている。長袖のシャツに水滴が付着しだしたため、レインウェアを取り出して、上から羽織った。正面には、細かい岩石に覆われた登山道が、緩い曲折を混ぜながら白いガスの中をまっすぐ上に伸びている。つらい登りだったが、高度計を見ると、あと百五十メートルほどで鹿島槍の山頂だと分かった。私はそう言い聞かせてザックを背負い直し、また歩き出した。しかしその矢先、水の粒子は明らかな雨粒となって、風とともに身体に当たってきた。私はなおそのまま進んだが、雨が急にばらばらと激しく身体を叩きつけてきた。私はまずいと思い、咄嗟に立ち止まってフードをかぶるとともに、レインパンツを取り出して靴を履いたまま強引に着用した。ザックには既にレインカバーを装着済だった。

 いきなり本降りになった。鹿島槍を目前にして、予報よりも相当早く雨が降ってきたのだ。このガスの状況から見てこうなる不安はあったが、降るとしてもまだ時間があるだろうと思っていただけに、あまりの急変ぶりに驚いた。

 私の前部上方に二人の登山者がいて、彼らもまた慌ててザックを下ろしてレインウェアを着込んでいた。私が彼らに接近した時、彼らはまだレインウェアの袖口を締め直したりと入念にチェックをしていて、道を譲ってくれた。降ってきましたね、と苦笑交じりに言って、彼らの傍らを通過した。テント場にいた二人組だった。

 鹿島槍ヶ岳の山頂には、その後まもなく到着した。日本百名山の山に登頂したというのに、雨に叩きつけられてのひどい登頂だった。喝采するような気分ではなかった。

 比較的広い山頂に、山頂標識が二本も立っていた。それぞれ文字が西向きと東向きである。きっと大勢の登山者が一度に来た時の場合や、東西それぞれの景観をバックに写真を撮影できるように、こうして設置されているのだろうと思った。

 驚くべきことに、早立ちしてやって来たにも関わらず、すでに先着者がいた。あの外人である。昨日テント場で会話した後、彼が戻ってきた姿を目にしていなかったが、それは私がちょうどテントの中に入っていたためだろうか。昨日、彼が言葉どおり布引山までピストンしていたとして、今朝再び、冷池山荘から布引山を通過して鹿島槍ヶ岳までやって来たというのだろうか。その行動力に、ひそかに舌を巻いた。

 私が山頂標識の前で自撮りしていると、写真撮りましょうかと彼の方から話しかけてきてくれた。私は有難くお願いした。この後キレット小屋ですかと聞いてみると、冷池山荘へ戻るのだと言っていた。また今日も雷鳥を見たよと話してくれたので、ぼくはキレット小屋に向かいます、などとこの後の予定を話した。雨の中の鹿島槍ヶ岳山頂で、こうして外人と二人きりになって写真を撮ってもらうことは、ドラマのような場面だなと思った。

 やがてさっきの二人組が上がってきた。雨がかなり降っているので、レインウェアがびしょ濡れである。フードから覗いている顔が、思いなしかひきつっているように見える。彼らの目には、きっと私も同じように映っていることだろうと思った。

 私は、登頂を喜ぶ彼らから離れて座って、休憩することにした。雨の中、じっと座って行動食と水を口に入れた。いかに天候が厳しくとも、ここから先、いよいよ岩稜帯である。キレット小屋まで、およそ四百メートルも一気に下るのだ。コースタイムは二時間半もある。そこを無事に乗り越えるために、この登りで生じた疲労を少しでも回復させて臨む必要があった。

 二人組が先に出発しようとしていた。出発前に、彼らのうちリーダー格の方が、私にこの後の予定を尋ねてきた。一応五竜山荘の予定だが、この雨なので、もしかしたらキレット小屋でやめるかもしれないと、正直な心情を話した。実際、これほどの雨の中を何時間も歩くのは無理だと思った。八峰キレットを通過できるかどうかすら楽観できないので、キレット小屋へ到達するだけで精一杯ではないかと感じたのだ。

 彼らも五竜まで行くのだと言った。続けて、テントですよねと聞かれたので、この雨で濡れてしまっているから小屋泊にするかもしれませんと答えた。そう聞いてきたということは、彼らも、私が冷池のテント場にいたことに気づいていたのだなと思った。互いに、気をつけてくださいと言葉を交わした後、彼らは北方へと下っていった。

 私は本当に、今日はキレット小屋で終わることになるかもしれないと考えた。すでにレインウェアの袖口から雨がしみ込んでいて、長袖シャツの袖口が濡れているのを感じている。腰回りにも冷たい感覚がある。今回は荷物を軽くするために着替えをほとんど持ってこなかったので、長袖は今着ている服のみである。ダウンは温存してあるが、雨が予想される今回の行程の中で、行動用として持ってきた唯一の長袖服を早々と濡らしてしまったのは痛手だった。ゲイターも持ってきていない。キレット小屋までの二時間半は何とか頑張れるだろうが、この調子で降られ続けたならば、相当つらい行程になるだろう。また、長い岩稜帯を歩き続けることへの不安もあった。まずはキレット小屋に集中して、もしも行けるようであれば五竜山荘を目指せばよい、いずれにしても今夜は小屋に泊まって、濡れた服を乾燥させてもらおう、そう思った。

 やがて外人男性が、休憩している私に向かって声を掛けて、去っていった。雨の中、鹿島槍ヶ岳の山頂に独り残された。標高では白馬岳に譲るものの、後立山連峰の主峰とも目される人気の山である。そんな山にただ一人でいるというのは、贅沢であると同時に、今がそれほどに厳しい状況であることも意味しており、なんとも複雑な心境であった。雨は容赦なく私の身体を濡らし続けた。


 休憩を終え、レイングローブをつけてザックを背負った。ここで岩稜装備をするつもりだったが、さっきの二人組がノーマル装備のまま下っていったので、危険地帯はまだ先なのだろうと思ったのだった。しかし、下り始めからいきなりの急勾配だった。急な斜面に稲妻状の登山道が切られているが、落差が大きく、上から見ると、ほとんど真下に向かって下るような感覚である。岩にペンキで矢印が示されているのでルートを外すことはないが、雨の中、こんな急勾配の斜面で岩に乗るのはとても怖かった。しかも悪いことに、私の登山靴はやや滑りやすくなっている。つい三年ほど前に新調した靴だが、この三年間の度重なる難路と強行軍のせいか、靴底がかなり消耗していたのだった。実はこのことも今回の岩稜ルートにおける大きな不安要素だった。一瞬の油断が命とりになるため、文字通り、一歩ずつ、慎重を期して下っていった。すると間もなく、先行した二人組が下にいて、岩場の下降を前にした斜面上でヘルメットを装着しているのが見えた。

 どのみち前方を遮られて進めないので、私もどこかで装備しようと思ったが、急斜面である。平坦な場所などなかった。やれやれと思った。山頂直下のこんな危ない所で結局ヘルメットをつけるのだったら、安全な山頂で装備を整えておくべきだった。やむなく登山道上で山側を向いてザックを下ろし、ザックの背面からヘルメットを取り出して被った。雨のため日よけは不要だから、帽子はザックに括りつけておいた。そしてストックを収納した。それら装備を括りつけたザックの上から、ひとまとめにザックカバーをかぶせてある。私が準備を終えても、二人組はまだ何か作業をしていたので、ついでにまた水を飲んでおいた。できれば水筒も収納したかったが、一日分の食糧が減っただけでは荷物の容積はそれほど減っておらず、むしろ、結露を完全には除去できなかったテントが膨張しているため、水筒を内部に収納することはできなかった。岩稜帯に入るので、サイドポケットに差した状態では、体勢によっては落下させる恐れがあるのだが、やむを得ないと思った。

 やがて彼らがようやく出発したので、私もあとに続いた。先行するリーダー格が、仲間に向かって、この岩は抜けそうだから気をつけろ、とか指示を出している。その仲間がそれを聞いてゆっくり下降するが、私が彼の進行を待っている状態だ。晴れていれば何でもない岩場かもしれないが、濡れた岩の下降には誰でなくとも神経を遣うものだった。濡れた岩を手で掴みながら下った。しかし五メートルも進まないうちに、彼が私に先行するように言った。このような場所で先行しろと言われても十分な幅はないのだが、少し端に寄ってくれた彼の横を、ゆっくりとすり抜けた。その様子を前方で見ていたリーダー格も、止まって私を先行させた。すみません、先に行かせてもらいます、と挨拶して、彼らを通り越した。

 ガスで包まれた白い空間の中を下った。進路には、線のような細い尾根しか見えない。両側はガスで真っ白なので、エッジのような尾根上を歩いているのだなと分かった。さっきの岩場を通り過ぎてからは、尾根道は比較的ならされた路面になった。ただ、こぶし大の石がいくつもごろごろ転がっているので、うっかりするとそれに足をとられてしまう。だから歩調を速めることはなかった。

 だいぶ下りてきたなと思い、ふと気がつくと、雨はずいぶん弱くなっていた。後方を振り返ってみると、ちょうどわずかな雲の隙間ができて、明るくなったところであった。その真下には濃いガスがあって、光は完全に尾根に注ぐことはない。だから、真後ろに聳える岩稜が黒いシルエットとなって見えた。鹿島槍ヶ岳だと思った。明け方にそれらしきピークを見て以来、山頂を越えてまた反対側から、シルエットを見たのだった。黒い岩稜は恐ろしくもあったが、神秘のヴェールに包まれているようで、神々しくも感じた。


挿絵(By みてみん)

(後方に浮かぶ鹿島槍ヶ岳のシルエット。雨の中の登頂であった。)


 こうして周囲に目を向ける余裕が生まれたのは、鹿島槍ヶ岳からの下降が、ひと息つける位置まで下りてきたことを示唆した。それを証明するように、前方の尾根がさっきよりも長く見通せるようになった。濃いガスの中で直線的に見えるということは、勾配が緩いことを意味していた。私が今いる位置は、鹿島槍ヶ岳のふたつの双耳峰をつなぐ吊尾根である。南峰から下って、また北峰へ登る尾根の、ちょうど最下点にいるものと思われた。しかし左右は切り立った斜面である。尾根芯の細い登山道を縫うようにして、歩いた。

 ほとんど勾配のない尾根はすぐに終わり、分岐点となった。登れば北峰ピーク、下ればキレットである。ちょうどガスが薄くなって、前方頭上の北峰ピークが見えた。私は初めから、北峰ピークはパスすると決めていた。今も、最高点である南峰の三角点を踏んだことで満足していた。意識は最初から、キレットの方に向いていた。いよいよ本番だと思い、分岐点の下降側の進路へ踏み込んだ。

 私は石車に注意しながらゆっくりと歩いていったが、すぐに、斜度にして七十度はあろうかと思われる岩稜が、眼前に出現した。ここをトラバースしなければならないのだ。岩の斜面上に、申し訳程度に平らに削られた道が付けられているが、こんな場所は序の口だぞと言わんばかりに、鎖などは設置されていなかった。私は手を伸ばして右側の岩に手を添えながら、足の置き場を慎重に見極めつつ歩いていった。左に足を踏み外すと、一気に急斜面を転がり落ちていってしまうであろう。

 そのトラバースを過ぎると、やや安定した路面になった。登山道が斜面にジグザグに付けられている。歩きやすくなったこともあり、私は重力に身を任せるようにして、道なりに細かく折れながら下っていった。

 すると突然、私の左足が谷側に向かって滑った。次の瞬間、私は落ちていて、右手で登山道にへばりついていたのだった。

 私はこの時、自分に何が起こったのか分からなかった。落ちた時に右半身をしたたかに斜面にぶつけていて、右ひざの外側をはじめ、身体の各所が痛んだ。私は斜面にへばりついたそのままの姿勢で、状況を思い出そうとした。左足が滑ったのは覚えていて、次の瞬間にこんな体勢になっているから、落ちたのだと分かった。幸いにして、細かいジグザグの斜面で落ちたのだから、落ちたといってもすぐ下の道先へ飛び降りたような落差でしかない。高さは約二メートル、ちょうど私の身長分だ。ただ、岩角などのある斜面に打ち付けた身体が痛かったし、何よりも、足を踏み外して落ちるという経験が初めてだっただけに、私はショックを隠せなかった。とくに、落ちながら目を開けていたはずなのに、意識が飛んだように何も覚えていないということが衝撃的だった。わずかな落差だからこうなのか、それとも、落ちるという事故を本能が察知して、なんらかの防御あるいは覚悟を機能させたのだろうか…。私は痛みが治まるまでの間、斜面に寄りかかって水を飲みながら、そんなことを考えた。

 痛みが引くと、立ち上がった。打ち付けた膝が心配だったが、関節の動きには支障がなかった。私はこのアクシデントによって、一歩をさらに注意深く踏むようになった。明らかに、油断をしていた私のミスであった。このような何でもない場所でミスを犯したことは極めて初歩的だったが、逆に言うと、このような場所で大事に至らないミスをしたことは、この後の行程を進む上で、たいへん大きな教訓を与えてくれた。キレット小屋で泊まってもいいし、急がなくても五竜山荘までは行けるのだという思いもあって、速度など問題にせず、慎重に足を踏んでいくことだけを考えた歩き方になっていった。

 ガスは、次第に流れ去っていった。代わって目の前に現れたのは、急峻な山岳風景であった。進行方向を正面に見ると、山々がタテ方向に連なっているのが見える。それらをつなぐ稜線が、まっすぐ真下に向かって、そして彼方でまたぐっと高度を上げているのだ。その上部はガスに包まれていて分からない。私のいる登山道は、稜線をやや富山側に寄った所を通っているので、すぐ東側の様子は目にすることができないのだが、下方へ延びる稜線は、左右ともに急な斜面によって、くっきりと浮かび上がっているように見えた。鹿島槍から四百の下りであることは分かっていたが、こうして見通すと、勾配は高低差では言い表せないのだという実感を新たにするのだった。


 すでに雨は完全に上がったので、安全な場所を見つけた時にレインウェアを上下ともザックに収納した。キレットを隔てて北方にある五竜岳と思われる山塊にはガスがかかっていたが、ちょうど眼下の八峰キレットはガスが取れて明瞭に見える。最下点付近に目を凝らして見てみると、キレット小屋であろう、小さく建物の姿を目にすることができた。建物を見つけた瞬間は、見つけた喜びと圧倒的なキレットの姿を実感して、思わず叫びたくなった。


挿絵(By みてみん)

(目前に展開する急峻な八峰キレットの全景。はるか最下点にキレット小屋が見える。)


 そんな稜線を進んでいくと、斜面はやがてハイマツ帯になった。ハイマツのほかは剝き出しの岩稜である。ギザギザの稜線に向かっての下降が続いた。一見すると、どこをどう歩いたらよいのか分からないほどインパクトのある稜線の姿だったが、稜線どおり忠実に道が付けられている。先ほどのアクシデントの例もあり、私は歩調を速めることなく歩いていった。これまで富山側を走っていた登山道が、一箇所、稜線の頂部に出るところがあった。私はそこから長野側を覗いてみたが、目のくらむような絶壁であった。さらに下ってから振り返ってその辺りを見上げてみると、垂直の岩壁が長野側を向いて立っているのが見えた。こんな稜線を歩いているんだと思うと、興奮と高揚を感じた。

 しかし、一歩、急な下り斜面に出ると、その興奮は緊張に変わった。かなり下方にキレット小屋と、そこへ至る尾根が見えていたが、その尾根まで急傾斜を下る場所が現れたのだった。最初に小屋の建物を見つけて以来、水平距離の接近ほどに鉛直方向の距離が縮まっていないことは既に気づいていたので、どこかで急な下降が出現するのだろうと思っていたが、その地点が始まるのであった。例によってジグザグに斜面を下っていくのだが、つんのめって落ちるのではないかと錯覚するほど高度感があった。周囲を見すぎると高低感覚がおかしくなりそうだったが、見ないわけにはいかないし、何よりこの絶景を目に焼き付けたい衝動もあって、高い緊張と興奮を感じながら、ゆっくりと下っていった。

 いよいよ核心部に到達した。門のように見えるほど岩壁に大きな切れ込みが入っていて、そこへ向かって岩壁をトラバースする箇所である。このポイントは八峰キレットを踏む上で欠かせないポイントだから、よく調べてあった。まずは、崖に架けられた水平の鉄ハシゴを渡った。それを越えて岩壁上のトラバース道から左側を覗いてみると、切り立った崖である。すごい高度感だった。しかし実際歩いてみると、水平ハシゴからトラバース道にかけては右手の岩壁に鎖が設置されていて、それを掴みながら歩いていくことができるし、正面の門に向かって道が閉塞していくものだから、進行方向を向いて歩く限りはほとんど高度を感じることがなかった。水平ハシゴは滑る可能性があったが、その後のトラバース道は思ったより幅があって、しかもほぼ水平の砂利道だったから、先刻のようによほど油断して足を踏み外さない限りは全く問題がなかった。

 門のように閉塞した突き当りの岩にはハシゴが架けられていた。それを登って越えればキレット小屋だ、そう思っていた。しかし、その門を境に長野側に出た登山道は、一転して岩壁の登りに変わった。剝き出しの岩壁に鎖が取り付けられて、足元は、岩壁上に丸太や鉄棒が固定されている。そこを登っていくのだ。十メートルほど上方にはさらに別のハシゴが見えていて、この岩稜を越えねばならないことが分かった。

 このエリアが最も厳しかった。急峻なあまり、かねてより長野側は避けられていたはずなのに、この箇所だけはここを通すしかなかったのかと思わせる登山道の配置だった。この線以外にはルートを付けることができなかったのだ。周囲には切り立った岩稜が林立していた。靴底が滑るかもしれないという懸念もあって、より慎重に岩場を登った。高度感があって、三点支持を行ないながらも恐怖心がつきまとった。久々の登りは、身体に対する負担も大きかった。そうして頭上のハシゴを登り切って岩稜を越えると、キレット小屋がなおもまだ眼下に位置していることを見て戸惑った。核心部はまだ越えていないのだとその時ようやく気付いた。登山道は再び富山側に転じた。こちらも岩稜である。ここでまたガスが出てきた。鎖が岩壁に沿って這わされていて、それを頼りに岩場をトラバースした。濡れた岩場を夢中になってトラバースしていくと、キレット小屋の直上に出た。すぐ下に小屋を見下ろしていても、安心などできない。焦らないよう、ジグザグの登山道を下りていった。


挿絵(By みてみん)

(核心部。手前の水平ハシゴからアプローチし、突き当りのハシゴから、正面の岩塊の右方を巻いて通過した。)


挿絵(By みてみん)

(核心部を越えてもなお鎖場が続いた。小屋は間もなくのはずだが。)


 ようやくキレット小屋に到着した。狭いコルのわずかな平地に建てられている山小屋である。よくもまあこんな所に建てたものだと、キレットを越えてきて、あらためて実感した。ガスに包まれて、眠るような静けさだった。

 登山道が小屋の前を通っていて、そこにベンチが置かれている。そこらで休憩しようと思い小屋の前を歩いていくと、どこからか突然、お疲れさまでしたと声を掛けられたのでびっくりした。声を掛けられた方を向くと、ちょうどそこの小屋窓が開いていて、そこから山小屋の主人と思しき人が、こちらを見ていたのだった。私は彼に笑って見せて、ちょっとベンチで休憩させてくださいと言った。彼は、どうぞどうぞと快く言ってくれた。

 私は三台ある四人掛けのテーブルの一角にザックを下ろし、ベンチに座ってようやく、ほっと息をつくことができた。八峰キレットを無事に通過したことに、胸をなで下ろしたのであった(キレットのはるか手前で怪我をしてしまったが)。腰を下ろすと、急に緊張が解けたことが自分でも分かった。文字通り一歩一歩が緊張の連続であった。昨日、あわよくば冷池山荘からさらにキレット小屋まで進出してやろうなどと考えていたことが、実にばかなことだったと思った。ここは、何かの延長線上で来るような場所ではなく、ここを専らの目的でやるのだという明確な意思を持って来るべき場所だった。


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

(キレット小屋。困難な立地に建つ小屋そのものが、キレットの厳しさを語っている。)


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