step1魔王助けてみた
「くそっ、なんなんだお前は突然現れて!!」
目の前の男が俺に剣を突きつけながらわめく。
俺は傍らにいる高貴そうな美少女を守りながら剣を構えた。
端から見ると俺は完璧に姫を守るヒーローだろう。だが――
「どうして人間の癖に魔王を庇うんだ!?」
そう、今俺の背後で子犬のように震える少女は魔王らしいのだ。
――どうしてこうなった?
「おーい!起きなさいタイガ!ダメ息子ーっ!」
リビングから母の愛の無いモーニングコールが聞こえてくる。
いつもは反抗して頭から布団を被るところだが、今日ばかりは俺もすぐに寝床から抜け出す。
「おーい!起きなさいって…、あら?起きてきたの?」
「流石に今日ばかりはな」
答えながら食卓につくと母は思い出したように手を打つ。
「あぁ!そういえば今日はあんたの転移日だっけ?」
「そういうこと」
俺はニヤリと笑ってホットミルクを一気にあおる。あちっ。
――この世界の若者には十八歳を迎えるとある手紙が届く。
その手紙の内容は転移するか普通に就職するかを問うもので、就職を希望すればもちろんそのまま就職ができる。
しかし転移を希望すれば言葉通り異世界に転移ができるのだ!
…少しテンションが上がってしまった。話を戻そう。
異世界へは基本的に助けを請われる形で転移される。
端的に言うと若者達は窮地を救う「勇者」としてよばれるのだ。
しかし、なんの変哲もない人間が異世界へ転移したとしても役に立たない。
そこで転移の際には何かしらの能力が与えられる。
それこそ魔法が使えたり身体能力がすごいことになったりとなかなか男心をくすぐる能力が与えられる。
そして、その能力でもって窮地を救い、異世界で大活躍…!
全く、就職を選ぶヤツの気が知れないな。
そんなわけで俺は堂々と転移を選んだ。
朝食を慌ただしく済ませ、母に見送られながら転移が行われる会場へと走った。
受付のおじさんに名前を伝えると、何やら大掛かりな機械の上に立たされる。
…おぉ、なんか緊張してきたな。
係員が装置に手を置きながらこちらを向く。
「あい、そんじゃ送りまーす。装備と能力は向こうに着いたら勝手に付いてるんでよろしくー」
「適当すぎないかっ!?」
俺のツッコミを無視しながら、係員は本当に適当そうに装置を起動させた。
途端に視界がグニャリと曲がり足場が一気に消えた。
慌ててじたばたと体を動かすが、特に落下しているような感覚はない。
フワフワとして何だか不思議な気分だ。
そのままじっとしていると、だんだんと周りの景色が光に包まれ始めた。
「とうとう異世界か!おおし!取り敢えず美少女を救って、人生初の彼女を手に入れるっ!」
そんな野望を抱きながら、俺は異世界へと渡った。
足がしっかり地面についているのを感じて、俺はゆっくりと目を開ける。
すると目の前には祈るように手を組み合わせる銀髪の美少女が。
少女は俺に気付き涙ながらに懇願する。
「あぁ…!奇跡が起きた!どうか…、どうか私を助けて下さい!」
あまりのテンプレートな展開に感動しすぎて涙が出そうだ。
しかしここはグッとこらえる。
俺は出来るだけイケメン風に答えた。
「お嬢さん、俺に出来ることなら何だってしましょう。何でも言ってください…。」
「…!ありがとうございます!」
少女は泣きながら続ける。
「今この城に恐ろしく強い男が入ってきて…!城内の方々は皆もう彼の手にかかって…、うぅっ…」
そこで声が嗚咽に変わり聞き取れなくなる。
本気で悲しそうな少女の様子を見て流石に俺の浮かれた気持ちも引き締まる。
「分かりました!必ず俺があなたを救います!」
そう宣言して改めて状況を確認する。
どうやらここは石造りの城らしく、床には直に豪奢なカーペットの様なものが敷かれている。
外には暮れかかった空しか見えず、ここがそこそこ高い場所に位置していることが分かる。王城の最上階とかだろうか?
次に自分の装備を見渡す。
少し線の細い鎧に、腰に長剣と言う騎士スタイルだ。
剣に関しては元いた世界で叩き込まれたているし、身体能力が強化されている為か鎧の重さも気にならない。
「よしっ、これならなんとかなるかもしれん!」
一通りの確認を終えたと同時に、階下からカツン、カツンという石段を上がってくる音が聞こえてきた。
途端に緊張で冷や汗が流れるが、気合いを入れ直して扉を見る。
「大丈夫だ…、これを切り抜けられる位の力は宿っているはず!」
足音が扉の前で一度止まりその扉がゆっくりと開けられる。
扉の先にいたのは豪華な鎧をまとった長身のイケメン。
俺は無言で斬りかかった。
「うおおっ!?」
男の顔ギリギリで剣は空を切った。
「ちっ……、運が良いな。」
そんな悪役感のある言葉をはきながら距離をとる。
しまった、俺としたことが理性を失ってしまった。
冷静にいこう冷静に!
改めて男を観察する、……やっぱりムカつくな。
なんかこう悪者感のある服でも来てりゃいいのに、コイツは勇者です!みたいな格好してて余計に腹が立つ。
男は驚きから回復し、こちらに叫ぶ。
「な、なんだお前は!?」
「てめえこそなんだ!その格好は!勇者の真似事かよ!?」
「正真正銘の勇者だよ!!」
……え?今なんと…?
男は衝撃から立ち直れない俺を放置して続ける。
「そういう貴様はなんだ?魔王軍はすべて倒し、残るは魔王のみのはず…、まさか!?お前が魔王なのか!?」
待て、待ってくれ状況が全くつかめない。
というかここはどこなんだ?王城じゃないのか?
幸いというかなんというか疑問はすぐに解消された。
「あ、魔王は一応わたし…、なんですけど…?」
それまで怯え続けていた少女がおずおずと教えてくれたからだ。
あ、なるほど!それなら色々と辻褄合うなあ。あはは……
「先に言ってくれよおおおおおおおっっ!!」
「聞かれませんでしたしいいいいいいっ!!??」
魔王城の最上階に二人の叫びが響き渡った。
一息ついたところで勇者が仕切り直すように咳き込んだ。
律儀なやつだなあ。
「それで?君はそこにいるのが魔王と知らなかったんだな?」
「あ、あぁ。まあな」
「ならばそこを退いてくれ、…そいつは僕が倒す」
そういうと勇者は剣先を俺の背後の少女に向けた。
途端に少女は怯えて俺の服の袖を引っ張る。
その様子を見ると気の毒で仕方がなくなり、勇者に話しかけた。
「なあ、いくらなんでもこんなに怯えてる女の子を殺すのは酷
じゃないか?」
「そいつは人々に害為す悪魔の王だぞ?外見など関係ない!」
彼の目は悪魔に対する憎悪に満ちており、どうやら交渉の余地は無さそうだ。
と、突然勇者がこちらに踏み込み、一気に斬りかかってきた。
慌てて少女を、庇いながら後退する。
「何故かばう!?人間の癖に!!」
彼は苛ついた様子でこちらを睨む。
勇者が魔王を倒すのは当然のことだ。
でもこの今にも泣き出しそうな、気弱そうな少女が人間に害を成したとは思えない。
ちくしょう、覚悟決めるか!
「悪いが、お前にこの子は殺させないっ!」
石畳を蹴りながら俺は勇者に躍りかかった――!
――数分後。
俺の前には完全にのびている勇者が一人。
……強っ。俺強っ!!て言うか俺のシリアスを返せよっ!
あの会話の後、最初こそ勇者に圧され気味だったが、どうやら
勇者は今まで与えられた聖剣を振り回すだけで勝ってきたのか、
本人の強さはそーでもなかった。
「なんだよもう!びびらせやがって!」
脱力しながら俺は石畳に豪快に寝転がった。
「あ、あのぉ……、ありがとうございました!」
「ん?あぁ、いいよいいよ。」
いきなり頭をガバッと下げた少女に苦笑しながら答える。
チート持ちで勝ったことを考えると、何だか申し訳ない。
というかそうだよ、取り敢えずこの子から事情を聞かないと!
「で、君って…、その、マジで魔王なの?」
「まじです。」
こちらの口調を真似する様子が愛らしい。
改めて少女を観察してみる。
髪は美しい銀色、目は澄んだブルー、肌は雪のように白く華奢で、胸は……おおっと、なかなかのものをお持ちだ。
俺が思わずその服を大きく押し上げる双丘をガン見していると
「あ、あのっ……」
と少女が恥ずかしそうに頬を赤らめながら俺に話しかける。
「あ、すいません。」
そう言いながらも俺が視線を外さないのを見て、少女が涙ぐみ始める。そろそろやめたげるか。
気になったことを色々と聞いてみる。
「君って何か悪いことしてたの?」
「父が最近病死しまして……、先日跡を継いだばかりで、まだ何もしてません…」
「病死?そっか…」
そりゃそうか。悪魔も生き物だもんな。
「ちなみに君の両親はどういう系統の悪魔なの?君は、全く悪魔に見えないけど」
「えっと、父は人間なんです……」
「ん?待ってくれ、元魔王って人間なのか?」
「あ、はい!父は母が魔界につれてきたんです。」
…マジか。何かもう王道からどんどん外れてきてるな。
気を取り直して話を戻す。
「それで?その母親って言うのはどういう悪魔なの?」
「……えっと、その……」
突然流暢に答えていた少女が口ごもる。
もしかして残虐系や姿がグロい系か?
そうなら無理に問い詰めるのは良くないな。
「あー、悪い。答えたくないならそれでも…」
「あ、いえ大丈夫です!恩人の方にそんなご無礼は!」
慌ててそう答える少女は本当に悪魔とは思えない。
「そのっ、…さ…き……です…。」
「え?何だって?」
小さすぎて聞こえない。
そんなに嫌なら無理に言わなくてもいいのだが。
だが意を決したように少女は顔を真っ赤にして叫んだ。
「だからっ…、サキュバスなんですっ!」
「えええええっ!?さっ、サキュバスだとお!?あ、あのエロの代名詞の!?世の中の男の夢の!?淫靡の象徴の!?」
そこまで言ったところで少女がガチ泣きを始めたので質問コーナーはお開きとなった。
「お、おーい。ごめんってば」
あれからずっと体育座りで部屋の隅にいる。
メンタル弱いなあの魔王。
「悪かったってー」
謝りながら近寄ってみると何事かブツブツと呟いている。
「やっぱりどうせ私も淫乱なんだ、将来はお母さんみたいになっちゃうんだ。そうですよねそうですよ。淫靡の象徴ですよ。あ、駄目だ。生きていける気がしない。そこから飛び降りてみたら楽になれるかしら?…」
この子病みすぎだろ!そして母親はこの子に何を見せた!?
俺はこの子を取り敢えず正気に戻すため必死で揺さぶる。
「はっ!私は何を?」
マジであの呟き無意識だったのかよ。
正気に戻った少女は改めてこちらに向き直った。
「恥ずかしいところをお見せしました。改めまして命を救っていただきありがとうございます。私はメアリーと言います」
言いながら握手を求める姿はやはりどこかお嬢様風だ。
「気にしないでくれ。俺はタイガだ。よろしくメアリー」
お互いに笑顔で自己紹介を終えた所ではたとなにか忘れているような気がした。なんだっけ?
「うぐっ……」
その時まるで存在を主張するかのように勇者が呻いた。
そうだよ、アイツだよ!
「なあ、あいつどうしよう!勢いで倒したけどあれどうしよ!」
「どどどど、どうしましょうっ!?せめて毛布でも掛けないと風邪を引いてしまいますっ!」
「いやそうじゃなくてっ!」
俺はこの優しい魔王にツッコみながら問う。
「あいつ放置してたらヤバイじゃん!仲間とか呼ばれると…」
「記憶改竄すればいんじゃない?」
と、突然何もない空間から声が聞こえた。
「え、誰かそこにいるのか?」
恐る恐る聞いてみると、突然今度は背後から聞こえた。
「いるよー」
「おわあああ!」
慌てて飛び上がる。
「あはは、ごめんごめん」
振り向くとそこには少し気だるそうな白衣を引っかけた黒髪ロングの少女がクスクスと笑いながら立っていた。
「驚かせてごめんね。私はシャルロット、シャルでいいよ」
「あ、あのねシャル!この男の人は……」
「あーいいよメアリー、タイガだよね?一部始終みてたから細かいことは省こう」
そうだ。この子はどうやったか知らないがいきなり何もない所から現れたんだった。
その事も気になるが俺はその前の発言の方が気になった。
「さっき記憶改竄って言ったのか?」
「そうだよー。そこで寝てる人の記憶適当に改竄してえ、お外にポイってしちゃおうと」
なかなかヤバイこと言うな。だが名案だ。
「起きるとマズい、手っ取り早く頼む」
「らじゃ」
そういうとシャルは白衣のポケットから緑色の液体で満たされた注射器を取り出した。
そしてそのヤバい色の液体を躊躇なく腕から流し込む。
そこまで見てメアリーが不安そうに問う。
「ね、ねえシャル。その薬ってまだ副作用があるとか言ってた薬じゃないよね…?」
「……(ニコッ)」
こわっ、シャルこわっ!!
そう思ったが他に手段もないので経過を見守る。
すると突然勇者の体がビクビクと痙攣し始めた。
すかさずシャルが耳元で何事かを囁く。
あれで洗脳してるのかな?勇者の体が段々と動かなくなる。
「よし、これでおっけ、ねえタイガ」
「んあ!?」
今の一連の作業を見ていたせいかこの子がすごく怖い。
「この人運んでくれる?私じゃ持ち上げられないから」
「あ、あぁ分かった」
手早く哀れな勇者を方に担ぎ上げ目の前の扉から一階までかけ降りる。途中勇者が「あぁ、魔王がぁ…」とか口走っていたが俺は聞いてない。なにも聞いてない。でもごめん勇者。
一階に着くと目の前には重々しい扉が半開きになっている。
勇者が入ってくる際に開けてからそのままだったのだろう。
俺はその隙間から勇者を引っ張りだし外に放置した。
罪悪感からしばらく見守っていると突然勇者がガバッと起き上がり猛然と町の方向に「魔王がでたぞおおおお!」と叫びながら走っていった。狼少年かよ。
一仕事終えて階段に向かおうとしたとき町の方からこちらへ向かってくる人影を発見した。
勇者でも帰ってきたのか?と内心少しビビるがどうやら人影は思っていたよりも小さい。
というか頭になんかついてる?
その正体がはっきりした時、俺は驚愕した。
「け、獣耳だとっ……!?」
「へ?」
見慣れない俺を不思議そうに見つめるその少女はまごうことなき獣耳美少女だった。金髪のクセッ毛の中に生える柔らかそうな耳、よく見てみれば尻尾もついてる。
感動に打ち震える。
「可愛すぎるだろ…っ!」
「えっ…、ええっ!!??」
少女は顔を真っ赤にして困惑する。
うむ、反応も初々しくて非常に良いな。
「俺はタイガ。よろしく」
取り敢えずスベスベそうな手を握りたいので握手を求める。
「あ、うん。ボクはアリスよろしくね」
そんな下心を知らず笑顔で挨拶してくれるアリス。
ボクっ子は全然ストライクゾーンだ。むしろポイント高い。
と、そこで自分が何のために降りてきていたのかを思い出した。
「あ、やべ。早くあいつらの所に戻らないと」
「?あいつらって、シャルとメアのとこ?」
「知ってるか。やっぱり君も魔王関係なのか?」
まあ魔王城にきた時点でそうだとは分かってたが。
「ボクは買い出しにいってきた帰りなんだよ」
そう言って両手に提げていた紙袋を見せてくれる。
「そっか、片方持つよ。あいつらの所に行くんだろ?」
「え?う、うん。ありがと。」
そういって感謝を告げるアリスはやはり可愛かった。
魔王軍って実は美少女を愛でる会じゃないだろうな?とガチで思いながら二人で階段を上っていった。
「お、お疲れー」
「お疲れ様です。あら?アリスも帰ってきてたのね。買い物ありがとね。」
「うん、ただいまー」
最上階に戻ると二人はせっせと椅子を並べていた。
どうやら何か話し合いが行われるようだ。
「さて!」
準備が終わったのかシャルが手を打つ。
「貴方は晴れて魔王軍に入ったことだけど…」
「ちょっと待ってくれ」
続けた言葉を遮る。え?俺はいつ魔王軍に入ったんだ?
シャルは不思議そうに続ける。
「え?勇者を気絶させて洗脳された彼を外に運んだりしたじゃない、共犯どころか主犯じゃない?」
「ぐぐぅ!」
こ、こいつ…、分かってて俺に運ばせやがったな?
シャルはあくまで笑みを絶やさず続ける。
「女の子三人残して逃げ出してもいいけど?」
「えっ」
途端に不安そうにこちらを見るメアリー。
やめてくれよ、そんな捨てられた子犬みたいな目で俺を見るなよ。
「どうするの?」
答えがわかっているくせにニヤニヤしながら聞いてくるシャル。
「~っ!分かったよ!いりゃいいんだろ!?」
俺の返答にわあわあ喜ぶ少女達。
なんだかんだみんな不安だったのだろう。
何だか妙な世界に飛ばされてしまったなあ。と今更ながらに感じる。
俺は勇者になる予定だったのに勇者をボコる側だった。ありえねーよ。
でも何だかこいつらとなら面白おかしくやっていけそうな気がした。