九服目:ゴナイとイスルガで虫払い
毎日更新のつもりが日付がかわってしまった…!
翌日から、湿地の探索が始まった。
目当てはニクギダケの寄生した魔物だ。
「ニクギダケは脳に寄生する菌類なので、頭を見れば丸わかりです。キノコが生えてる魔物を探してください」
ニクギダケの特徴を説明しながら、イミナは鍋の中身を野営地の周囲にまいている。
「おい、それはいいが、その撒いてる液体はなんだ。ひどい匂いがするぞ……」
「僕、この中で待たないといけないんですか」
野営地の留守番をまかされているバリーは、しょんぼりした顔をする。
「よくぞ聞いてくれました!」
対照的にイミナは、我が意を得たりと言わんばかりににっこりだ。
「これはゴナイとイスルガという植物を合わせて煮た汁で、獣避けに使えるんです。匂いはそのうちおさまるから安心してください」
最後の一言で、バリーはほっと息をついた。そして匂いを吸ってしまって、思い切りむせた。
湿地の中で馬を動かすのは厳しいということで、野営地の見張りにバリーを残し、イミナ、ボルツ、グルジア、カルロの四人で探索するというのが今日の布陣だ。
一人を残したのでは何かあった時に対応できないのではないかという意見もあったが、ニクギダケを採取するためにイミナを連れて行かないといけない以上、彼女の護衛も必要になる。野営地の見張りのために騎士二人を残す余裕はなく、現状ではこれが精いっぱいだった。
野営地になにかあった時は、バリーが「共鳴笛」という道具を鳴らす手はずになっている。共鳴笛は、以前使っていた水杖と同じく魔道具で、吹くと対になっている笛が鳴るという仕組みだ。
魔法使いも魔道具も少ないこの世界では、かなりの貴重品である。
「日が暮れる前に笛を鳴らせ。反応がなければすぐに野営地を捨てて、自分の馬に乗って湿地を出ろ」
「はっ、了解しました」
手短なボルツの指示に、バリーがしっかりとうなずいたのを確認して、一行は湿地の探索へ出発した。
視界の悪い湿地帯を、足元に注意しながら進む。騎士たちは慣れない環境に緊張しながら、少しずつ足を進めた。
時折襲い掛かってくる毒蛇は、素早く短刀で仕留められた。
「皆さんさすがですね、綺麗に首を落とせた蛇は持って帰りましょう。肉に毒がまわってなければ、いい夕飯になります」
周囲を探るというよりは物珍しそうに観察しているという風情のイミナは、ほくほく顔で蛇を懐にしまう。
騎士たちと緊張感に差がありすぎだった。
「あまり気を抜くなよ、どこから魔物が飛び出してくるかわからんからな」
「はい、ありがとうございます」
神妙に頷いて見せるイミナだが、どこまで伝わっているかは怪しいものだった。
ある程度日が昇ったあたりで、「いったん休憩をとる。ちょうどいい場所を探しつつ進む」とボルツから号令が飛んだ。
羽音を立てる虫と、散発的に襲ってくる蛇に辟易していたカルロとグルジアは、明らかにほっとした顔になった。
「あそこがいいんじゃないでしょうか」
カルロが見つけたのは、灌木が避けるようにしてひらいた空間だった。太陽が降り注ぎ、乾いた地面が見えている。
勇み足で踏み出そうとしたカルロの服の裾を、イミナが引っ張った。
「あそこはダメです」
「ええ、なんで! 休憩にはもってこいじゃない?」
「見ててください」
イミナは手近な灌木から折りとった枝を、その空間にむかってぽいっと投げた。
ぽとりと落ちた枝は、最初は何事もなかったが、やがて命を持ったように動き出した。
「なんだあれは、なにが起きている」
「サラチ火蟻にたかられています」
「サラチヒアリ?」
眺めていると枝に生えていた葉がじわじわと消え、本体も削れていく。よく目を凝らしてみれば、表面にざわざわと小さな生き物が這いまわっているのが見えた。
やがて枝は、きれいさっぱりと消え去ってしまった。
「地面に巣を掘って住むタイプの虫で、とんでもない大食らいなんです。ここだけ木が生えていないのは、彼らが食べつくしたからですね。襲われると人間だってひとたまりもありません」
三人の騎士は、ぞっとした目でさっきの広場を見た。温かい日差しの降り注ぐのどかな広場の下に、幾千ものうごめく火蟻の姿を想像したのだろう。
「別の場所を探すぞ」というボルツの言葉で、はっと我に返った騎士たちは、逃げるようにその場を後にした。
結局見つけたのは、葦が密に茂って絨毯のようになっている場所だった。地面も比較的しっかりしていて過ごしやすい。
短い休憩を終えたあと、再び湿地帯を歩き回る。途中から、カルロがやけに熱心に周囲を確認し始めた。一人だけ歩みが遅れるので、それに合わせて全体が少しのろくなる。やがてカルロが声をあげた。
「すみません、こっちに来てください」
言われて近づくと、そこにあったのは少し樹皮の削れた灌木だった。
「動物がこすったんだろう。随分低い位置にあるが、これがどうした」
「確かに位置からして、背の低い動物が歩くときにこすった痕に見えますよね。こっちを見てください」
カルロが指さした先には、同じような痕跡がある。
「最初は『小動物かなにかがこすった痕だろう』と思ったんです。ですが跡をつけている木々の幅を考えると、おかしくないですか?」
言われて、イミナも痕跡から痕跡へと距離をはかりながら調べた。うねりながら生えている灌木の肌に傷をつけながら進んでいるにしては、離れた場所にまで痕跡が広がっている。
「それから、ここです」
今度はカルロが上をさす。そちらを見ると、木の上に同じような痕跡があった。
「これってつまり、それなりの大きさのある動物か魔物が、這いまわったり木の上まで身軽に飛んだりしながら移動してるってこと、です、よね……」
説明するうちに、その存在に遭遇した場合のことを考えたのか、カルロの言葉が尻すぼみに消えていった。
灌木の枝は細く脆い。そんな木の上に素早くのぼる身軽さと大きさを兼ね備えた敵……おそらくは魔物だろう。ただでさえ足場の悪い湿地帯で戦うには、厄介な存在だ。
ニクギダケの宿主がそいつでないことを祈りつつ探索を続けるも、めぼしい成果は得られず、一行は一度野営地に戻った。
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