七服目:病の正体と深夜の会話
久しぶりの更新になってしまいました汗
お話が分からなくなってしまった方は、前話からどうぞ。
「症状は腹痛、嘔吐下痢、食欲不振っと……。熱が出てる人はいないみたいですね?」
「そうだね。みんな苦しそうだけど、熱が出てる人は見ないねえ」
クレハに連れていってもらった家で、家族全員を診たイミナは、次の家に向かう。
木造の家は簡素で、寝室と居間と煮炊き場だけでできていた。煮炊き場にはかまどと作業場が一緒になったような台があり、みなそこで料理をしているようだ。
布団は布に藁を詰めたもので、あまり分厚くはない。南部は温かいので、衣類も布団も風通しのよい薄手のものが多かった。
横になった人々は、みな苦しそうに呻き、額に汗を浮かべている。イミナが家々を回る間も、病を逃れた村人が看病に走り回っていた。
ざっと見たところ、無事なのは村の三割ほどで、残りはもれなく倒れていた。
家々をまわって症状を確認したイミナは、クレハに「この村では、食べ物をまとめておいてある場所はありますか?」と尋ねた。
「ああ、あるよ。収穫した麦なんかをまとめてある倉がね」
「ではそこに連れて行ってください」
倉は村のはずれにあった。食べ物は生死に直結するので、民家よりも丈夫でしっかりしたつくりをしている。湿気がこもらないように高床式になっており、中には収穫された麦が保存されていた。
イミナは倉においてある麦をよりわけ、ひとつずつ調べていく。
そうして納得したのか、村の入り口で馬を休ませていたボルツたちのところへ戻った。
「さぁ皆さん、お仕事です」
「なんだ、原因はわかったのか」
「はい、わかりました。そこでみなさんで、これと同じ植物を探して集めてきてください。村の外にたくさん生えているはずです。あればあるほどいいですが、とりあえずはこのカゴに入るくらいで」
イミナは村人の家から拝借してきた中くらいのカゴを四人に配り、一本の植物を見せた。
赤っぽい筋の入った茎の植物は、ギザギザで裏が赤い葉を持ち、細かな毛が生えている。先端には小さな花が咲いているが、これも赤色で毒々しい。
カルロは、「おい、これ毒はないのか?」とたじろいだ。
「毒はありますよ、それもとびっきりのがね」
イミナはそう言って、ニヤリと笑った。
その後、騎士たちは日陰ひとつない村の外を、イミナに指示された植物探してうろつきまわり、イミナは一番大きな煮炊き場のある家を選んで、かまどに覆いかぶさっていた。
「あんた、これ一体なんなんだい?」
クレハはイミナに言われた作業をしながら、うさんくさそうに赤っぽい植物を見やっている。
「ジギリソウという名前の薬草です、バッチリ効くと思いますよ。急ぎで味は調整できないので、たぶんひどく苦いですが」
言いながら、イミナは水の中でジギリソウをこする。そうすると毛がとれて、表面がツルツルになった。クレハは隣でジギリソウの葉をむしり茎を刻んで、煮える大鍋に放り込んでいる。
大鍋の中では煮えたジギリソウが踊り、赤黒いエキスがしみだしてものすごい様相を呈していた。しかしその匂いは意外と爽やかで、鼻の奥をスッとさせるような清涼感があった。
あるだけのジギリソウを処理してしまうと、イミナは大きな桶に清潔な布を張り、大鍋に煮える汁を椀ですくってはそこに流し込んでこしていく。桶いっぱいにこした煮汁がたまると、布を外して村中から集めてきた瓶にわける。
「さあ、できました! クレハさん、村の無事な人たちで手分けして、これを病人に飲ませてください。お椀に半分以下でいいです。水分を受け付けない人にも、ほんのひとさじでいいので飲ませてくださいね。飲んだ量が少なかった人はあとで教えてください」
イミナの指示を受けたクレハのもと、村人たちは全ての家を駆けまわった。村の存亡の危機に、薬に疑問をさしはさむ余裕もなく、子どもには鼻をつまんで無理やり飲ませ、水分を受け付けない病人には辛抱強く薬を与えた。
ニクギソウを集め終えた騎士たちは、今度は村人の手伝いのために駆り出された。
「なぁ、グルジアよ。俺たちはなんだってこんなところで病人の看病をしているんだろうな」
カルロは汗に濡れた金髪をかき上げ、疲れた顔を見せる。
「そうだな。だが、こういうのも悪くない」
珍しく長文をしゃべったグルジアの口元は、かすかに緩んでいた。
看病がひと段落したあと、騎士たちは村長の村に招かれた。とはいえ村長一家も病にやられていたため、クレハが勝手に招き入れたという状態である。
さすがに王都の騎士が村にきているのに野営させるわけにはいかないし、いろいろと手伝ってくれた恩もある。ゆっくり体を休めてくださいと、寝具まで運んできてくれた。
ボルツ以外の三人は先に休み、ボルツは一人で囲炉裏に火をくべ、湯を沸かして茶を入れた。そうしてちらちら揺れる火を眺めながら、イミナの帰りを待っていた。
月も中天を過ぎたころ、イミナが戻ってきた。
「戻ったか」
「ボルツさん、まだ起きてたんですか。先に休んでていいって言ったのに」
「いろいろと聞きたいことがあったんでな」
そう言われて、イミナはうへぇと舌を出す。
「まず、この村を襲った病気はなんだったんだ?」
「ああ、正確には病気じゃありません。原因は虫です」
「虫?」
「はい。今ではあまり見ないんですが、ジキという虫がいてですね。こいつはだいたい植物にとりついて、その表面をかじって生きているんです。繁殖力はそこそこなんですが貧弱で、植物が健康だと生育の途中で勝手に追い出されます。ですが倉にある麦を見せてもらうと、どうにもこの地域の麦は病弱みたいでして、ジキをはじけなかったんですね。それで麦穂の中に住みついたジキが、そのまま口から入って、お腹の中で悪さをしていたのでした」
ボルツは腕を組んで、ふんふんと頷いている。
「ではジギリソウというのは、虫下しの薬草だったのか」
「その通り。昔は穀物を育てるのも楽じゃなくて、ジキの被害が多かったらしいんですよね。だからジキを切る草、ジギリソウはとっても大事な薬草でした。そういう知識がすたれていくのは悲しいことですねえ」
説明を終えて、イミナはふぅと息をついた。ボルツはイミナにも茶を入れ、湯のみをわたした。
「こりゃありがとうございます」
「いや、構わん。次だが、なぜ勝手なことをした」
あぁ、本命はこっちか。
イミナは苦虫を噛み潰したような表情になった。しかしボルツは逃がしてくれそうもない。
「我々の旅が先を急ぐものなのはわかっているはずだ。たまたまなんとかなったからいいようなものの、勝手な行動をされては困る。王子の命がかかっているのだぞ」
「…………」
「だんまりか」
不快げに鼻をならされ、イミナはボルツと目を合わせた。
「私にとっては王子も村人も、同じ命です」
「だがお前は今、王子の命を救うために我々と行動を共にしている。命の価値などどうでもいい、果たすべき役割についての話をしているのだ」
「どうして――」
イミナは唇を噛み締めた。
「人間は、目の前に役割だの目的だのをぶら下げた途端に、命の価値をないがしろにする。考えてみてください、病に倒れたのがあなたの近しい人だったら? 今日見捨てた誰かの死体を、明日目にすることになったら? どんな命も取り返しがつかないんです」
「そうして目的を達成しそこなっても、お前は後悔するだろう。すべてを救おうなどと、勝手にも程がある」
語気を荒くして言うボルツに、イミナはなんと言っていいかわからなくなった。
どちらかが正しいという話ではない、どちらにも真実があるのだ。ボルツには明確な役割と立場があり、そこから見た正義を口にしている。イミナが何を言っても、彼には届かない。
「……すみません、これからは勝手な行動はしないようにします」
肩を落として、イミナはそう答えた。