六服目:カショ村を襲う病
次の日の朝。イミナが起き出すと、あたりにはすでにいい匂いが漂っていた。
昨晩バリーにせがまれて、イミナ流のスープの作り方を教えていたのだ。ついでに調味丸とヒバの葉も渡しておいた。
「おはよう、ちゃんと日の出と同時に起きてきたね」
鍋を見ていたバリーが声をかけてきた。彼の色の薄い茶髪が、朝日をはじいてきらきら光っている。
夜の見張りの最後はバリーだったようだ。料理当番だから、自分の見張りの番はいつも明け方なんだと教えてくれた。
イミナも見張りをすると言ったのだが、騎士たちは基本的に四人での行動をするらしく、「お前は余りの人員だから必要ない」とボルツに断られた。優しさだと思って、ありがたくたっぷり寝させてもらった。
「おはようございます、鍋の具合はどうですか?」
「さっき味見してみたんだけど、とてもおいしかったよ。城の食堂で食べるご飯よりおいしいくらいさ」
おどけて言うバリーだが、まんざら冗談でもなさそうだ。
イミナより先に起きていた他の三人は、寝床に使っていた毛布を片づけ、荷造りをしている。まだ荷物を載せられていない馬は、のんびりと草を食んでいる。
昨日はヒバの葉の採取のために離れていたから、馬に与える水などはどうしているのかわからなかったが、今朝はカルロが桶に杖を向けて「水よ」と唱えているのが見えた。
水杖と呼ばれる、水を出すだけの単純な魔術を使える杖を持っていたらしい。
ぼーっとしているのが申し訳なくなったイミナは、彼らに声をかけた。
「なにか手伝うことはありませんか」
「大丈夫だよー、イミナちゃんは自分の荷物をまとめときな」
カルロが軽くそう返してくれるが、イミナの荷物は大きなリュックひとつと薬品のはいった木製のカバンだけだ。毛布はリュックを閉じるときに、丸めて上に挟むので、今はたたんでおいてある。
することもないので、バリーと並んで火の番をしていたら、荷造りを終えた三人が戻ってきた。
日持ちするように、固く焼き上げた水気のないパンを、スープにひたしながらもそもそと食べる。
朝から行動するのが当たり前な騎士たちだが、さすがに早朝は口数が少ない。カルロなどは隠すことなく大あくびをしている。
やがて食事を終えた一行は、馬に荷物を載せてカショ村へと続く街道に戻った。
丸一日を移動にあて、前日と同じように夜を過ごす。
そして三日目の朝、飯を食べる時にボルツが「今日の昼過ぎにはカショ村につくだろう。一日馬を休ませて、明日ナロニア湿地へと向かう」と今後の予定を告げた。
馬にまたがり、一行は再び街道を進む。
――旅慣れていない者は、村が近いとわかると先を急ぎたくなるものだがな。
ペースを乱さず、落ち着いて馬に揺られているイミナの様子を窺いながら、ボルツは考え事をしていた。
旅慣れた騎士に囲まれ、一日二回の休憩以外は休むことなく足を進めているにもかかわらず、イミナには普段と変わるところがない。当たり前のような顔をして旅をしている。
流れの薬師だと聞いていたが、それにしても娘らしいところがなさすぎではないだろうか。
少女は草原のかなたに目を向け、ぼんやりとした表情をしている。何を考えているのか、その顔から推測することはできない。
文句を言うことなく、黙々とついてきてくれるのはありがたいはずだ。しかし共に過ごせば過ごすほど、彼女に感じる違和感はぬぐえなくなるのだった。
太陽が中天を過ぎたころ、遠くにカショ村が見えてきた。
「見えてきましたね、あれがカショ村です」
バリーが振り返って、イミナのために説明してくれる。
「南部は穀倉地帯だけあって、どの村にも畑があります。土地があうところでは牧畜も行われていて、カショ村は豚を飼育しています」
「タイミングがよけりゃ、肉が食えるかもなあ」
カルロが期待をこめて言う。
基本的に豚は王都へ出荷されているが、怪我をしたり病気になった豚は村で肉にされるのだ。王都の騎士たちは治安維持や見回りのために村々を回る、ありがたい存在だと思われているため、村人は騎士にもこころよく肉をご馳走してくれる。
カルロの発言は、それをあてにしてのものだった。
「それよりも、パンや保存食をどれくらい買えるかですね。食料はたくさん持ってきていますが、ナロニア湿地までは遠いですから……」
冷静なバリーは、アゴに手を当てて思案気だ。
基本的にしゃべらないグルジアは、今日も特に発言しないまま最後尾をつとめている。
「お前らあまり気を抜くなよ。畑があるということは、作物を狙う生き物もいるってことだ。カショ村は昨年鳥型の魔物に襲われていたという記録もあるんだからな」
ボルツが気を引き締めるように促し、一行はカショ村へ向けて進む。
いよいよ村が近づいてくると、あたりの景色も草原から畑へと変わっていった。
風にさわさわと揺れる麦畑の中、歩みを進める。
「おかしいですね、人気がありません」
きょろきょろとあたりを見回すバリーは、違和感を口にした。
通常なら畑の世話をしている時間帯だというのに、村人の姿がまったく見えない。
畑の周りには背の低い雑草が茂り始めている。ここ数日はあまり手入れされていないようだ。
まだ問題になるほどではないが、このまま放っておけば収穫に影響が出るのは避けられないだろう。
「門にも番がいないな……」
村が近づくにつれて、いつもなら番が二人立っているはずの門にも、人がいないのが分かった。
いぶかしく思いながら、村の入り口にたどり着く。中ではバタバタと人が走り回っていた。
「そこの者! なにがあったのだ!」
ボルツが馬から降り、家から家へと走っている、白いエプロンをかけた太った女に声をかけた。
「ありゃ、騎士様かい!」
女はこちらを見ると、あわてて駆け寄ってきた。
ボサボサの髪の毛に汚れた服。肌はくすんで目の下にはくまができ、ろくに休んでいないことが分かる。
「ダメだよ入ってきちゃ、病が流行ってんのさ! もしよければ、どっかからお医者さんでも連れてきてくれんかね」
言いながら、視線がイミナの方へ泳ぐ。旅装をした騎士の中に少女がまざっていることが、興味をひいたのだろう。
しかし女がなにかをたずねようとする前に、ボルツが口を開いた。
「どのような病がはやっているのだ」
「どんなって言ってもねえ……」
女によると、数日前に村人の何人かが同時に腹痛に襲われたのが始まりだったらしい。
最初こそなにか悪い物でも食べたのだろうと、ベッドでおとなしくさせていたが、同じ症状を訴える村人があっという間に増え、気が付けば村の半分が動けなくなってしまっていたそうだ。
「不思議なことに、一人病人が出た家はみんな病気にかかるのに、他の家の人たちはピンピンしてるんだよ。家族にかかる病なのかなんなのか……アタシなんて、看病のためにあっちこっち動いてるけど、元気なもんさ」
症状が腹痛だけだったこともあり、そのうち治るだろうと高をくくっていたが、時間が経つにつれて症状が悪化。食べ物どころか、水でさえ受け付けなくなっている者もいるという。
おまけに罹患する家族が増え、人手が足りなくなってしまった。
「まだ死人は出てないけど、このままじゃ時間の問題でね。なんとか王都に人を出さなきゃと思ってたところに騎士様方が来てくれたのさ。なんとかならないかね」
後生だからさと、女に頭を下げられる。
しかし一行の旅は先を急ぐものだ。イミナが渡したヤエノコロモの丸薬で、エスト王子の病の進行が抑えられているとは言え、それも確実なものではない。
「すまないが……」
「それはちょうどよかった!」
ボルツが断りの言葉を口にしようとしたところで、いつの間にか横にきていたイミナが割って入った。
「なんとですねえ、わたくし王都で薬師をしておりまして、もしかしたらお力になれるかもしれません。詳しく症状を聞かせていただけま、むぎゅ――」
「貴様、なにを勝手に言っている……!」
まなじりを吊り上げたボルツに頬を掴まれたイミナは、ひょっとこのような間抜けな顔で、それでも憮然とした雰囲気を漂わせながら答えた。
「むぐ、は、離してください! 乙女の顔になにするんですか!」
「なにをするは貴様だ、我々の旅は先を急ぐということをわかっているのか!」
「大丈夫ですよ、今の話で原因はだいたいわかりましたし、あとは確認して薬を処方するだけです。私の考え通りなら、必要な植物もこのあたりにはあるはずです」
腰に手を当てて、ふふんと胸を張ってみせるイミナ。
なおもボルツが言い募ろうとすると、「アンタ、ほんとになんとかしてくれるのかい?」と女が口を挟んできた。
「はい、まずはどこか、病気にかかっている人の家に案内してください」
「わかったよ。ところでアンタ名前は」
「イミナと言います。お姉さんは?」
「やだねえ、お姉さんなんて年じゃないよ! アタシはクレハさ。一応、この村の長の嫁でね」
「なるほど、ではクレハさん。案内お願いします」
ボルツをよそに、あっという間に話を決めた二人は、村の中へと戻ってしまった。
「こりゃ、イミナちゃんを待つしかないッスね」
カルロの言葉に、ボルツは深いため息をついたのだった。
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